100話-欲張って行こうぜ
ジュ―ブルがネメスに攻められたという知らせを受け、トオルはすぐさまジュ―ブルへ戻ることにした。
砂漠を超え、船に乗るので時間がかかる。本来であれば、準備も含め最短で5日といったところだろう。
それをたった3日までに短縮させることができた。
短縮は偏にバネッサのおかげである。彼女の発明によってと言うべきか。
「これは」
ジュ―ブルに入ってステラが呟いた。港があるナザミ村から黒煙が見えているので単なるボヤ騒ぎではないだろう。
不幸中の幸いとでも言うべきか、リルたちが住んでいるミナ村ではなく、ツクモ村から煙が上がっているので、まだミナは安全のようだ。
しかし、今は、である。トオルはステラの手を引いた。
「急ごう」
「はい」
トオルたちがミナを目指し走っている最中、夜だというのにジュ―ブルの子供たちがナザミに向かって避難している列を何度も見かけた。
攻め込まれたというのに、阿鼻叫喚というわけでなく、それなりに秩序だった動きである。まだ国が死ぬというような傷を負っているわけではなさそうだ。
「おい、お前は」
トオルたちは声がしたので立ち止まると、列を先導していた男が彼女らを見ていた。
その男をすぐには思いだせないトオルだったが、彼が近づいてくるにつれ思いだしてくる。
「確か6柱のエンキさんだっけ?」
「そうだ。あんたらも避難しろ。夜が開けるまでにナザミに戦えないものを集めているんだ」
「ということはネメスが攻め込んできたのは」
「本当だ。たった2日でツクモが落された」
数ある村の一つではなく、ジュ―ブルには3つしか村がない。その一つをたった2日で落したというのだから戦力差は歴然だ。
それでもエンキの顔には恐怖はなく、立ち向かおうという気概に滾っていた。
この国で重要な役割を担っている人間がこのような顔をしているということは、行き先が真っ暗ということではないはずだ。そうトオルは考え、本題に話を進める。
「リルはどうしてる?」
「ミナの防衛に付きっ切りだよ。6柱を抜けたとはいえ、貴重な戦力だ」
「なら、行きましょう」
そう言ったのはステラだった。行先は口にしていない。が、トオルにはどこかなどわかっていた。
「呼び止めて悪かったね、エンキさん。それじゃあ、また」
「待て、あんたらがいくら顔が知れているとはいえ、この緊張状態で行くのは不味い。これを持っていけ」
エンキはそう言って、紙に案内状のようなものを書き、それをトオルに手渡した。
「リルもあんたらに会えば元気が出るだろう。助かるよ」
頭を下げ、列の先頭に戻っていく。それを見届けてからトオルたちはミナ村に向かって走り始めた。
案内状でミナに入ったトオルとステラが見たのは驚くべき光景だった。エンキを見た時にもしやとは思っていたのだが、確信は持てなかったのでここで衝撃を受けたのである。
男が戦場の最前列にいたのだ。
それに次の戦闘に向けた柵などで景色がまるっきり変わっている。人々の様子は言わずもがなだ。
「姉様!」
声がしたと思いトオルが上を見上げると、物見櫓から影が落ちてきた。
暗かったが、影の持つ銀髪は松明の光に当てられて温かな色味になっている。でも、それは間違いなく舌足らずな少女のものだった。
「リル! 無事だったか」
「はいです。マトイも無事」
いつもの口調に苦笑しつつ、トオルはリルを強く抱きしめた。
「トオル様、リル、ここでは人目が」
ステラの耳打ちでトオルとリルは離れた。
戦争の真っ只中ではしゃいでいれば白い目で見られて当然である。
「移動しましょう」
リルの提案にトオルは頷いた。
夜だというのに作業中で、忙しなく人が行き来していた。
その様子を見ていると、寂しさを覚えるトオルであった。牧歌的風景に物々しい柵ができていて、微笑みの絶えなかった人々が険しい顔をしている。
村の家々は守りを固める戦士たちの休息所として解放されていたので、リルとマトイの家ではなく、物資が保管されている小屋に入った。
村が1つなくなっているので、人を収容する場所が足りないのである。
それだけでなく、柵や櫓を作るためにいくつか家を解体したのか、トオルたちが出る時よりミナの家屋は少なくなっていた。
思わずトオルは顔をしかめていた。
が、すぐに切り替える。目につくことばかりに気を取られていてはならない。これからが正念場なのだ。
差し迫った危機を知る必要がある。
「たった3人に村を1つ落とされたというのは」
「本当です」
トオルが全て言い終える前に、リルが答えた。
「7日前に戦線布告をされたので、奇襲というわけではありません。本当に3人で倒した」
リルの顔に緊張が走った。6柱としてネメスに潜入していた並みの修羅場なら経験済みという小さな少女が、その小さな体躯を恐れで震わせている。それだけで相手の桁違いな力がわかるというものだ。
トオルの脳裏に、そんなことが可能な相手は一人しか思い浮かばなかった。
「もしかして騎士長か?」
顎を引きリルの小さな顔が揺れる。
「姉様たちは帰るべきです」
何故、と問う前にリルが答えた。
「神旗がなければ戦えない。だから、今のうちにネメスに戻るべき」
それは勝てる見込みがないと言っているようなものだった。ジュ―ブルに残れ、と言えないのである。
リルがただの村人であれば間違っているとも考えられるが、彼女は元6柱だ。ネメスで言うところの大神官に当たる国のトップがそう言うのだからほとんど間違いない。
トオルはステラの顔を見た。自分から見ようとしたわけではなく、気づけば彼女を見ていた。
「大丈夫です」
ステラはそう呟いて、微笑んだ。トオルが迷っていると、頼っているとわかって、貴方に託すと笑っていた。
その笑顔をトオルは直視する。目を逸らすようなことはしない。誓いは済んでいる。
彼女は心の中でこう叫んだ。
『さあ、欲張って行こうぜ』
リルを、ジュ―ブルに味方をする、という選択は愚かなことなのかもしれない。勝ち目があるわけでもなければ、ステラと逃げることを禁じられているわけでもない。最低限の幸せはまだ守れるのだ。
が、今のトオルにはそんな後ろ向きな選択は取れない。
ただ欲しいのだ。自分が守りたい人々が笑っていられる日々が。
それも足がかりに過ぎない。キスによる偽りだけでなく、他の点に魅力を感じてもらって愛してもらうという野望のための。
100話突破しました。このまま本筋のみ進めば200話はいかないと思うので、折り返し地点です。
これからも皆様が楽しんでいただけるような作品になるよう努力します。
この頃、剣ばかりでキスの要素が薄いのですが、この章が終わってからフル活用します。
他にもああいう描写が少ない、という意見があれば改善したいと思います。
区切りのいい数字だったのでペラペラと長く書いてしまいました……。