93 三島順平の失意
パラディンたちの襲撃から三日が過ぎた。
演習から数日後には迷宮に潜る予定と聞かされていた順平たちには、休暇が与えられる予定になっていた。しかしパラディンたちが去ってから、人が変わったようにアーレスのシゴキが始まったのだ。
彼は先ず、順平たちに頭を下げて謝った。
「すまない。お前たちを危険に晒すようなことをして、申し訳なかった」
「そんな、軍団長が謝るようなことじゃ・・・」
「いや。俺の責任だ。
平和な世界から来た若いお前たちを、俺たちの都合で振り回して良いのかと、ずっと思ってきた。
だが中途半端な優しさは、お前たちのためにならない。
頭では分かっていたんだが、心では納得していなかった」
アーレスの言葉に、クラスメイトたちは真剣に耳を傾けた。
自分達の中でもトップクラスの実力がある順平や冴が何もできずに敗北したところを見せられ、不安が広がっていたのだ。
彼らは心のどこかで自分達のチカラを過信していた。そして何かあれば三島順平が何とかしてくれる、そう思っていた。
しかしパラディンたちとの対決において活躍したのが黒澤和樹だった事実に打ちのめされたのだ。
だが、同時にクラスメイトたちは順平が万能ではないこと、自分達が彼に頼りすぎていること、そして工夫次第では自分達も何かの役に立てるのではないかということに気が付いた。それまでどこか受動的だったクラスメイトたちは率先して動くようになっていた。そのことを考えれば、パラディンたちとの対決も無駄では無かったと思うことができたのだ。
「こんな世界だが、お前たちが元の世界に帰れるよう、これからはビシバシいくからな。覚悟しておけ」
『はい!』
その日から以前にも増して厳しい訓練が始まった。
それと平行し、順平たちは黒澤和樹からゲーム知識を活かしたスキルの使用方法や対人戦闘についてのポイントについてレクチャーを受けていた。それをクラスメイト同士の実戦で試す。危険は伴ったが、順平たちは強くなる手応えのようなものを感じていた。
その中でも一番の収穫は、結城琢磨との距離が近付いたことだった。
一見すると彼は順平たちと対立していたように見えたが、その実は赤井と青木に祭り上げられていただけだったのだ。一匹狼のように単独で行動することが多かった琢磨だが、最近は和樹や冴たちと訓練をする姿をよく見掛けた。
再びクラスメイトたちが一致団結していくことに順平は胸を撫で下ろしていた。
そして迷宮に向かって旅立ちを控えた前日。
順平はアーレスの執務室を訪ねた。
「ジュンペイ・ミシマです」
「・・・入れ」
部屋の扉をノックし、返事を待って中に入る。
順平はゲルオグ将軍の執務室に入ったことがあるが、あの部屋の半分にも満たない広さである。
必要最低限の物しか置かれていないのは、アーレスの人柄を表している。もっとも、机の引き出しの中に酒瓶が入っていることは、軍部でも知られているのだが。
「どうした、ミシマ。何か用か?」
「はい。ダイチのことについてです」
アーレスは書類にサインする手を止めて順平を見た。
「・・・あの件か」
「ええ。演習から戻るときに、調査を依頼してもらった冒険者が帰ってきているから報告できるって言ってましたよね」
「・・・そうだったかな」
アーレスは引き出しから煙草を取り出すと、ランプの灯りで火を点ける。吐き出され空中に消える白い煙を順平は何となく目で追った。
「報告を聞かせてください」
「今か?」
「はい」
「明日から迷宮に向かってブリトニアを離れるだろ。迷宮から帰ってきてからに・・・」
「ダイチに何かあったんですか?」
「・・・」
アーレスが煙草を吸った姿勢で一瞬だけ動きを止めた。
演習からブリトニアに帰還後。パラディンとの対決や和樹たちクラスメイトとの実戦訓練、訓練メニューの変更など、アーレスも順平も忙しかったことは理解している。
しかし順平がアーレスに大地の話を聞きに行くと、「時間がない」「また今度にしてくれ」と避けられている印象すらあった。
長い沈黙が降りた後、アーレスは引き出しから報告書らしき紙の束を取り出した。
「・・・そいつが報告書だ」
机の上に置かれた報告書の束を順平は見た。
そこに書かれていたのは―――
「調査対象者、ダイチに関する報告書。調査対象者の死亡を確認・・・?」
順平は大きく目を見開くと、報告書が千切れそうな勢いで読み進めていった。
依頼者:アーレス
受注冒険者:レッドテイル(Cクラスパーティー)
依頼内容:開拓村にいるダイチという少年の身辺調査及び近況報告
調査対象者の特長:黒髪、黒目、黄色肌
年齢:14~17才
<依頼に至る経緯>
ブリトニア王国軍部所属アーレス軍団長よりレッドテイルに指名依頼。
内容は特定開拓民の調査依頼。
開拓村はブリトニア王国北西部に集中していることから、当該地を狩り場にしているレッドテイルにクエストの発注がされる。
追記:レッドテイルのリーダーであるザルグは元冒険者であるアーレス氏の後輩に当たる。
<調査報告>
レッドテイルは開拓村を回り、調査対象者であるダイチ氏を捜索。
黒目、黒髪、黄色肌という特徴と名前を頼りに聞き込みを行い、とある開拓村に住んでいるとの情報を入手。しかし、その開拓村は数日前に盗賊団の襲撃を受けて壊滅したとの情報を得る。
情報を受けてレッドテイルは襲撃された開拓村の生き残りに聞き取りを実施。黒目、黒髪、黄色肌のダイチと名乗る少年が開拓民として新たに加わっていたとの証言を複数得る。また盗賊団から逃げる際に、彼が盗賊の一人に斬りつけられ絶命したとの証言を数人から得る。
証言を受けてレッドテイルは当該開拓村を訪問。襲撃を受けて燃えた跡地の開拓村を確認。調査対象者の死体は確認できなかったが、複数の証言から死亡を確定。
冒険者キルドに報告した。
報告書を読み終えた順平は崩れ落ちた。
「ミシマ!?」
「大地が・・・大地が、死んだ・・・?」
その事実に打ちのめされ、同時に激しい後悔が押し寄せてきた。
何故あの時、大地を一人で行かせてしまったのか?
何故あの時、もっと強く全員で行動するべきと主張しなかったのか。
もっと早く大地を王国に呼び戻せなかったのか。
王国に逆らってでも彼に会いに行かなかったのか。
「う・・・ぐ・・・ああ・・・」
アーレスの目を気にすることなく、順平は嗚咽を漏らしながら涙を流した。
『全員で元の世界に帰る』
この報告書は、順平たちの最大の目標が崩れたことを意味している。
それ以前に大地という親友を取り戻すことが、順平にとっては目下の目標だった。
これまで自分がしてきたことは、いったい何だったのか?
「くそう、ちきしょう・・・!」
床に拳を打ち付ける。何度も何度も打ち付ける。床が壊れることも気にしない。彼の涙をアーレスは止めることもできずに、ただ見ていた。
「この報告書、おかしいですわよ」
そんな痛々しい空気を破るように、少女の声が響いた。




