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89 三島順平とパラディン

演習を終えて順平たちはブリトニア王城に帰ってきた。

最初の一ヶ月は魔力の操作訓練と、兵士たちとの訓練が主体だった。

二ヶ月目からは城の外に出ての演習がスタート。モンスターとの実戦訓練を開始した。


これはレべリングを兼ねたものでもあったが、事はすんなりとは進まなかった。

順平たち異世界人から見ればモンスターは文字通りの化け物である。また気性は野生の獣に近い。


自分達が普通には無い身体機能を得ており、強力なスキルを所持していることは頭で理解できている。だが、それと“戦える”かは別の話だ。

例えばライフルの扱い方が分かったからと言って、熊を至近距離で倒そうとする人間はいないだろう。また威嚇されれば、そういったことに免疫のない生徒たちは身動きすら出来なくなる。


彼らに圧倒的に不足していたもの。それは経験だった。


そんな中、頭角を現す生徒がいた。

それが結城琢磨だ。

単髪に脱色した金に近い髪の色。身長も高く体格も良い。クラスでは不良として恐れられていた。


演習開始直後、モンスターに物怖じせず向かっていったのは、順平でも冴でもなく彼だったのだ。

先頭に立ってモンスターたちを蹴散らす彼の姿に勇気付けられた者は多い。演習に参加している軍関係者も結城琢磨には一目置いていた。


しかし演習が進むにつれ、困ったことも起きていた。

彼らが演習を行っていたのはラングリッサ平原。

Eランクモンスターが中心であり、その先にあるテルジア森林ではDランクのモンスターが徘徊する比較的安全な地域だった。


だがDランクモンスターとはいえ、ブリトニア軍の兵士たちでも数人がかりで対処する必要はある。

しかしチートなスキルを所持している亜久通高校の面々にとっては、単騎でも十分に相手ができるモンスターしかいなかったのである。

それが一部の異世界人に慢心を生み、調子に乗らせる結果となった。

結果、異世界人たちはブリトニア軍の関係者に従わなくなる者が続出した。

そういったトラブルは三島順平に処理が集まった。

順平は天狗になったクラスメイトたちを諭して回ったが、一見すればブリトニア王国側に立っているようにも見える言動に、彼の求心力は徐々に低下していった。


その受け皿となったのが結城琢磨だ。

琢磨は順平のように口うるさく注意しない。先程のように、分かった分かったと一言か二言で終わってしまう。

もともと順平の姿勢に反発していた数名のクラスメイトは彼を中心に行動し始めた。結果、異世界人は三島順平を中心とするグループと結城琢磨を中心とするグループに分裂してしまっていた。

順平としては元の世界に、別れてしまった大地と一緒に全員で帰るためにも一致団結した行動を取りたいところだったが、こればかりは仕方無い。

急いては事を仕損じる。

幸いにも琢磨は順平と目立って対立しているわけではない。今のところは様子見でいいだろう。


ブリトニア城に戻った順平は、アーレス軍団長から大地についての報告を聞くため、迅速に行動した。

クラスメイトたちの点呼を終え、自分達の住まいである<異世界人宿舎>に帰ろうとする。

と、そこで宿舎の前に人だかりができていた。


「何かありましたか?」


このままでは宿舎の中に入れない。順平は最後方にいた騎士に話し掛けた。


「ミシマ、戻ってきたか!」


「ええ、先ほど。俺たちの宿舎に何か問題でも?」


「パラディンだよ。聖王国のパラディンが来てるんだ。しかも四人とも!」


パラディン?

その言葉には聞き覚えがある。


ブリトニア王国の南東。そこに首都だけの領地を持つ国、聖王国パラデキアがある。

パラディンとは、その聖王国に所属する最強の騎士四人のことである。

全員がSランクに相当する騎士であり、人類の最高戦力とも呼ばれている。


そんな彼らが、何故こんな場所に?


順平の疑問を他所に、彼らに気付いた人だかりが道を開けていく。

その先、異世界人宿舎の入り口に彼らは立っていた。全員が同じ白い鎧を身に纏っている。

その中の一人がこちらの様子に気付き、微笑を浮かべながら歩み寄ってくる。


「やあ。君たちが異世界の勇者諸君かな?」


順平はそう問われて答えに窮した。ブリトニア王国から、関係者以外に自分達が異世界人であることを口外しないよう強く言われていたのだ。

そこに助け船が現れた。


「ヴァンダイン様」


「おや、アーレスじゃないか。元気そうだね」


「ヴァンダイン様も、息災なご様子で」


「他人行儀だな。昔のように兄と呼んでくれていいんだよ?」


「血縁関係は無いので、誤解されては困りますから。それに昔と違って立場というものがあります」


「寂しいね」


口振りから察するに、二人は知り合いのようだ。


「御用件は?」


「ブリトニアが異世界人の大量召喚に成功したと聞いてね。

 法王様より直々に、様子を見に行くよう命じられたのさ。仕事だよ」


「・・・現存する聖騎士四人全員が、ですか?」


「声が掛かったのは僕だけなんだけど、他の三人も行くと聞かなかったからさ」


「それで良いのですか?」


「良いんじゃない? 法王様の許可は得ているし」


アーレスは頭痛を押さえるように、頭を抱えた。


「で、彼らが噂の勇者様?」


「そうです」


「へぇ」


ヴァンダインが順平に視線を向けたかと思うと、次の瞬間には目の前にレイピアが突き付けられていた。

場が騒然となる。


「み、三島くん!?」


「委員長、来るな!」


喉元に突き付けられた細剣。ヴァンダインが少し手を動かすだけで、順平の命は終わるだろう。


(まったく見えなかった)


順平とて異世界に召喚されて以降、必死に訓練した。チートスキルに胡座をかいていては、いつか足下を掬われると思っていたからだ。

その努力もあって、最近では軍団長のアーレスとも互角に渡り合えるだけの戦闘力は身に付いていた。

しかしそれでも、ヴァンダインの剣筋は全く見えなかった。


(次元が違う)


順平の背筋を冷たい汗が伝う。


「・・・ヴァンダイン様。剣を下げてください」


やや殺気のこもった威圧をアーレスが放つ。その額には汗が浮かんでいた。


「ふむ。反応も出来ず、か。召喚されてから四ヶ月ほどと聞いていたが、遊んでいたのかな?」


「返す言葉もありません」


「お遊びの一撃に反応すらできないとわね」


「ヴァンダイン様の剣に反応するのは、私でも難しいでしょう」


「これで帝国と戦えるとでも?」


「申し訳ありません」


「アーレスも丸くなったね」


「・・・そろそろ剣を下ろしていただけませんか?」


「一度、死ぬ体験をしといた方が良いんじゃない?」


「ヴァンダイン様!」


次の瞬間、ヴァンダインから爆発的な殺気が発せられた。

順平は比喩抜きで死を覚悟した。


慌てたアーレスが飛び出そうとするが、その身体が“くの字”に曲がる。

一瞬で走り込んできた男に当て身を食らわされたのだ。


「アーレス団長!」


冴と知子がアーレスに走り寄る。


「これが元Aランク冒険者、“鬼狩り”のアーレスですか?

 大したことありませんね」


「そう言ってやるなよ、レナード。こんな温い環境にいれば、腕も錆び付く。

 俺の殺気が本物かどうかも見極められないほどに、な」


「違いありませんね」


「アンタ・・・」


レナードと呼ばれた男は、長い金髪を後ろで括った軽薄そうな細身の男だった。

そのレナードに向かい、冴は本気の殺気を飛ばす。


「へぇ。なかなか心地の良い殺気だね」


「アンタらから手を出したんだ。文句は言わせないよ」


「や、やめろ。イチジョウ」


苦悶の声を上げたのはアーレスだった。


「そいつらは人間を越えた化け物だ。手を出すな」


「アーレスさん、喋らないで!」


知子がアーレスに治癒魔法をかけている。


「そいつは楽しみだね」


冴は不適な笑みを浮かべながら構えをとる。

こうなった冴を止めるのは、彼女の師である祖父を以てしても難しい。


「三島くん!」


全員の視線が冴とレナードに集まっていると思われたが、この男だけはヴァンダインの隙を永遠と伺っていた。

黒澤和樹である。

彼の言葉に、順平は意識をヴァンダインに突き付けられた剣に向けた。


「【マッドグラウンド】!」


「おや?」


ヴァンダインの右足から下の地面が泥沼となり、体勢を崩す。

瞬時に順平はバックステップでレイピアの先端から逃れた。すぐさま剣を抜き、構える。


「すまん、黒澤。助かった」


「いやあ、どうだろうね。サービスしてくれたっぽいよ?」


闇魔法【マッドグラウンド】は地面の一部を泥沼化し、闇の手がそこに引きずり込むという魔法だ。

しかしヴァンダインは事も無げに泥沼から足を引き出していた。


「ヴァンダイン様。お怪我は?」


「ルナリアか。無いよ、ありがとう」


「レガートが汚れております」


ルナリアと呼ばれた女性はハンカチを取り出すと、ヴァンダインの足具に付いた泥を拭き取り始めた。


「これでよろしいかと」


「ありがとう」


「いえ。しかし・・・」


翠色の瞳が黒澤和樹を睨み付けた。


「ヴァンダイン様のレガートを汚い泥で汚すなど、万死に値します」


「殺しちゃダメだよ」


「心得ております」


ルナリアがその体躯に似合わない大剣を抜く。


「ありゃ~。ロックオンされちゃったなぁ」


「お前たち、いい加減にしろ!」


叫んだのは天堂光輝だ。


「いきなり訪ねてきて、何をするんだ!」


「おやおや。それでしたらキミのお相手は、このピエロスターが務めましょう」


「!?」


突然、耳元で聞こえた声に、光輝は反射的に剣を薙ぐ。

しかし剣は空を薙ぎ、振り切った剣の上に男が立った。

人が一人、立っているとは思えないほど重さに変化が無い。


「くっ!」


光輝は更に剣を振るが、まるで舞い落ちる葉のように、ひらりとかわされる。


「あらあら。乱暴な坊やね」


その男は見るからに、ふざけた姿をしていた。

顔を化粧で白く塗り、目の回りには星と月のペインティング。赤い鼻の飾りを付けており、鎧を着ていなければ―――否、鎧を着ていても道化師にしか見えない。


「な、なんだよ、こいつは!?」


「しかも失礼な坊やね。お仕置きしちゃおっと♪」


「くそ!」


男から漂う不穏な空気に、光輝は油断なく構えをとる。

これが異世界人である順平たちにとって、初めての対人戦となるのだった。




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