80 タツマキVSシュナイダー
タツマキは<音速飛行>で一瞬の内に敵陣の真上へと来ていた。その顔は不機嫌そのものである。
その理由は、ダイチが一番強そうな気配のする方を選んだからだった。強者との闘いを望むタツマキとしては、ダイチの行動は抜け駆けにしか見えなかったのである。
(これが終わったら、しばらく食後のデザートを全部奪ってやる!)
そう心に決めていた。
さて。
敵陣にまで来たのはいいが、どうするか?
面倒だからブレスで吹き飛ばしてしまうか?
いやいや。ダイチから非戦闘員には手を出さないよう釘を差されている。
そうだ。堂々と真正面から乗り込んで名乗りを上げよう。それがカッコイイ。そうしよう。
空中で胡座をかくという器用な真似を披露しながら方針を決めた、その時だった。
殺気を感じて上を見上げた。両手に剣を構えた男が凄まじいスピードで迫ってきていた。
敵と認識する前に<旋風拳>を発動させ、両手をクロスさせて防御の姿勢をとる。
「<双天撃>!」
衝撃を受けてタツマキは落下していく。
攻撃の勢いを殺すことができず、地面に叩きつけられた。軽いクレーターが出来上がる。
「希少な飛行スキルも、扱う者がバカでは話しにならんな」
タツマキを強襲したのはシュナイダーだ。彼はダイチたちが<転移>で背後に出現したという報告を受けた直後、上空に飛び奇襲をかけるため準備していたのだ。
敵の狙いは分かる。
圧倒的な戦力差を覆すため、魔導人形に魔力を供給する自分たちを狙ったのだ。自分たちがを倒されれば魔力供給が断たれ、魔導人形は機能を停止する。
とんだ愚策だ、と思う。
魔公などと呼ばれる彼らだが、その実力は本物だ。ハッシュベルトのような紛い物とは違う。さらにロンダークやジースといった化け物までいるのだ。勝ち目などない。
それでも本陣に少数で奇襲をかけようとするぐらいだ。
どんな猛者が来るのかと思っていたら、少女と言ってもいいような子どもだった。
話しにならない。
希少な飛行スキルを持つが故に、この特攻隊に選ばれたのであろう。それならば自分と当たったのは不運としか言いようがない。
なぜならシュナイダーもまた、飛行スキル<音速飛行>の所持者だったからだ。
同じ飛行系統のスキルを持っていたハッシュベルトとは違い、彼は剣撃のスキルを保持している。このためハッシュベルトがシュナイダーだけは敵にすまいと動いていたのを彼は知っていた。
「いった~。まさか上から来るとは思わなかったぞ!」
陣に帰ろうとしたところに、飛び上がってきたタツマキの姿を見てシュナイダーは目を見開いた。確かに手応えはあったはずだ。
にもかかわらず、大したダメージを受けていないように見える。
だが、その背中に生える翼を見て納得した。少女は竜人種だったのだ。
言わずもがな、竜種は強さだけなら最強の種族だ。半分とはいえ、その血を引く竜人種は高い戦闘力がある。
「あの一撃に耐えるとは、なかなかやるな」
「この野郎! 不意打ちなんて卑怯なマネしやがって!」
「戦場で世迷い言を吐くな」
シュナイダーは双剣を構えた。
「俺は<天空双剣>の魔王シュナイダー。貴様も名乗れ」
「おお! カッコイイな、それ! え~っと」
タツマキは少し悩み、
「神龍王ウェルザルガルドの娘、竜巻龍のタツマキた!」
・・・。
聞き間違いか?
「竜巻龍だと?」
「そうだ!」
「ハッタリにしても、もう少しマシなものを考えろ。竜巻龍が貴様のようなガキであるはずがないだろう」
タツマキから笑顔が消え、すっと目が細められた。
その冷徹な眼差しに、思わずシュナイダーの背筋に冷や汗が流れる。
そしてタツマキの姿が掻き消えたかと思うと、その身が自分の懐に入り込んでいることに戦慄した。
「・・・ボクはガキじゃない。お前より年上だ」
ゴッ!
腹部に凄まじい衝撃を受けてシュナイダーは吹き飛ばされた。
「くっ!?」
ガキと思って侮った!
なんという攻撃力だ!
砕かれた鎧を見てシュナイダーは気を引き締めた。タツマキが迫って来たのだ。
「ちっ! <双連撃>!」
向かい来るタツマキに対し、二本の大剣が舞うように襲い掛かる。しかしタツマキも流れるような動きで全ての斬撃を<旋風拳>で防いでみせた。
「ガッ!?」
連撃の終わりを狙われ、強烈な回し蹴りがシュナイダーの頭を捉えた。飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止める。
「くそ!」
接近戦は分が悪いと見て、距離をとる。
「くらえ! <双刃剣>!」
空を裂き、飛ぶ斬撃がシュナイダーを追ってきたタツマキに向かっていく。
(よし、直撃―――なにぃ!?)
<双刃剣>が直撃する直前、タツマキは飛ぶ方向を直角に変えて避ける。
そのままの勢いでシュナイダーに突撃。すさまじいスピードで後ろに回り込み、背中に膝蹴りを叩き込んできた。
「かはっ!」
酸素を吐き出し、呼吸が止まる。
「っ!?」
シュナイダーは<音速飛行>を全開にして、とりあえず距離を開けるために飛んだ。
たった三発しか攻撃を受けていないのに、鎧は砕けてボロボロになっている。あと一撃もらえば危険だ。
(なんという強さだ! まさか、本当に竜巻龍なのか!?)
有り得ない、と思う。
竜種はプライドが高く、ただでさえ威圧系や従属系のスキルは効果が薄い。その上位種である龍種を従えるなど不可能だ。
だが、あの少女が攻撃でも防御でも、そして敏捷性においても自分を上回っていることは確かだ。認めたくはないが事実である。
これが地上での戦いだったなら、シュナイダーは逃走を選択していたかもしれない。しかしここは空だ。自分の領域だ。
彼が持つ<音速飛行>は飛行系スキルの中でもトップクラスのものだ。<音速飛行>でヒット&アウェイを繰り返せば勝機はある。
そんなことを考えていた時期がシュナイダーにもあった。
「どこに行くんだ?」
「・・・え?」
<音速飛行>で飛ぶシュナイダーの真横をタツマキが並走するように飛んでいた。
(バカな! ワイバーンですら振り切れる速度で飛んでいるはずだぞ!?)
シュナイダーは限界を越え、スピードを更に上げるがタツマキは平然と付いてくる。
「なかなか速いな。ワイバーンよりは速いんじゃないか?」
(なぜ話せる!?)
当たり前だが、空を高速で飛べば、とんでもない空気抵抗を受ける。
身体が強靭な竜種や<飛行>に適した体型をしている鳥類型のモンスターならともかく、人間や魔族のような者がその空気抵抗を受ければ気を失うだろう。
そうならないように、飛行系スキルを発動中は結界を常時展開しなければならない。
無論シュナイダーも結界を張っているが、これだけ速度が出ていると防ぐことのできる空気抵抗は僅かだ。そんな中で言葉を発するなどシュナイダーにはできない。
「なかなかの速さだけど、結界が甘いな。ちゃんと風に干渉しないと本来のスピードは出ないぞ?
ボクが<音速飛行>の使い方を教えてやろう」
(ふざけるな!)
シュナイダーは拒絶の意味を込めて大剣を横に薙ぐ。しかし軌道を変えたタツマキに、あっさりと避けられてしまう。
タツマキは更に加速すると、シュナイダーの前方に躍り出た。
「遠慮するなよ」
減速もできず突っ込んできたシュナイダーの腹に、ドンピシャで蹴りが入る。
それまでの勢いが嘘のように前方から上方へと跳ね飛ばされる。そしてその方向には何故か既にタツマキが回り込んでいた。
「ガッ!?」
上から叩き付けられる拳に、なんの抵抗もできず落下していく。
ここで気を失っていた方が、彼にとっては幸せだっただろう。
空気抵抗で摩擦し、火を放ちそうになっているシュナイダーの身体を、タツマキはしっかりと掴んだ。
「いくぞ」
「うわあああああああああ!!?」
シュナイダーの絶叫が響く。
かつて感じたことのない加速。空気抵抗はタツマキの結界に守られているために受けなかったが、重力は別だった。
その加速に、その重力にシュナイダーは恐怖を覚える。
「上手く着地するんだぞ」
「ぎゃああああああああ!!」
超高度の上空でアクロバットを決めると、タツマキは地面に向けて更に加速した。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
自分はこんな凶悪なスキルをそれては知らず使っていたのか。それで魔王を名乗るなどバカげている。
最初は霞んでいた地面が、だんだん大きくなっていく。しかしシュナイダーは、その地面が恋しくて仕方なかった。
「じゃあな」
タツマキが拘束を解いた。既に地表は目の前だ。
シュナイダーは落下していることも忘れ、恋しい地面に手を伸ばし―――激突した。
ドオオオオオオン!
大地が爆ぜ、大きなクレーターをつくる。その中心には、ボロボロで白目を剥きながらも幸せそうに笑うシュナイダーの姿があった。
「はあ。やっぱり、ダイチが行った方に強い奴がいたんだなぁ」
タツマキの関心は、既にシュナイダーにはない。凄まじい魔力を発する、別の方角へと目を向けていた。




