74 インテリジェンス・モンスターたちの戦い
先行する歩兵部隊であるポーンは、ただひたすらに前へと進む。敵があれば排除するが、その歩みは止まらない。決して早くはないが、着実に進撃していく。
しかし、その歩みを妨害する者たちは手強かった。
「ウキッ!」
ポーンが繰り出した岩をも粉砕する一撃を華麗に受け流し、
「ウッキャア!」
カウンターで喰らった一撃にポーン自体が粉砕される。
先行するポーンたちの前に立ちはだかったのは、猿武族だった。
猿武族はB級スキル<猿武>を得ている。
その真髄は敵の攻撃を受け流し、その力を相手に返すこと。故にポーンの単調で力任せな攻撃は、彼らにとって<猿武>の練習台にしかならない。
「ウキャキャ!」
木々を飛び回り、隙を突いては前後左右から嵐のような連撃が叩き込まれる。
原初の大森林において、彼らの前身であるクレイジー・モンキーは最悪のモンスターとされていた。強さ自体は対してことは無いが、とにかく遭遇率が高い。集団で襲いかかり、また動きも素早いため逃げることも難しい。連携し、木々を飛び回って攻撃されては並の冒険者には対抗すらできないのだ。
そして、前に進むことしか頭に無いポーンに、そういった複雑で立体的な動きに対抗できる術はない。
「ウッキー! こいつらチョロすぎ!」
クレイジー・モンキーの敏捷性とクレイジー・コングの剛力、そして<猿武>による技術。
これらを兼ね備えた猿武族にとって、同じCランクとはいえポーンごときは相手にならない。
嵐のような波状攻撃と<猿武>による近接戦闘で、前進するポーンはことごとく葬られていった。
魚人族は猿武族の後方に控えていた。彼らの役割は、猿武族が討ち漏らしたポーンを殲滅することである。
ポーンの特性は、前に前にである。一度進軍を開始すれば、引くことを知らない。いや“できない”と言った方が正解かもしれない。
そんな相手から本陣を守るため、二段階での防衛戦が張られていたのだ。
つまり第一陣が猿武族による迎撃部隊、第二陣が魚人族による防衛部隊である。
「敵部隊を目視で確認!」
「総員、戦闘準備! 盾隊構え!」
森の奥からワラワラと押し寄せるポーンたち。彼らに向かい、魚人族は盾を構える。
真っ直ぐに向かってきたポーンたちは彼らに接近すると、拳を放つ。拳といっても、その大きさはバスケットボールほどある。
ガツン!
盾に衝撃が走る。しかし盾には傷一つない。変わりにポーンの拳の方が砕けた。
「槍隊、貫け!」
『応!』
気合いの籠った掛け声と共に、盾隊が僅かに空けた隙間から槍が飛び出し、ポーンを貫いた。頭を射ぬかれ、ポーンが沈黙する。
「第二陣、来ます!」
「総員、迎撃用意!」
一子乱れぬ連携と、統率された行動。
これこそが魚人族の特長である。
魚人族は水中での活動を得意としている。
しかし陸での行動が苦手かと言われれば、そうではない。
彼らは他の種族に比べて、武器や防具の汎用性が高いのだ。
武器の扱いや戦闘能力で言えば、彼らは鬼人族に劣る。水妖族や妖狐族のように魔法は扱えないし、ライトニングタイガーやシャドーウルフのような高い敏捷性もない。
ただし、その鱗は魔法を弾くほどに硬く、また防具の扱いにかけては人族に引けをとらない。
そして高い統率力で結束した彼らは、兵隊として完璧とも言える行動ができるのだ。
「貫け!」
『応!』
何度となくポーンたちが向かってくるが、鉄壁の守りで寄せ付けない魚人族。
その壁を突破できるポーンは一体もいなかった。
左右に展開し、前衛を担当するルークは静かに盾を構えていた。動かざること山の如し。正に不動の要塞である。
しかし逆に言えば、動かなければ侵攻することもできないはずである。それでもルークは不気味なほど静かに盾を構えていた。
が、突然、その頭部が爆砕し、巨体が倒れ伏した。また別の個体の頭部が爆砕し、ゆっくりと倒れていく。
「ふん、木偶の坊め」
倒れたルークに、銀髪の青年が冷徹な目を向けた。
「・・・」
その隣には、やはり銀髪の女が何を言うでもなく立っていた。
その頭には狐を連想させる耳が生えており、臀部から伸びた尾がユラユラと揺れている。青年の尾は三本、女性の尾は二本だ。
エルフと比べても遜色のない美しさを持つ彼らは妖狐族である。
「次だ」
「はい」
二人は姿を消すと、沈黙しているルークを次々に破壊していく。
実のところルークは、ただ盾を構えていたわけではない。彼らは戦っていたのだ。自分達よりも大きな身体で、棍棒を降り下ろしてくる巨漢のモンスター、サイクロプスと。
だが原初の大森林にサイクロプスはいない。また、ルークたち以外にサイクロプスは見えていない。
種を明かすと、ルークたちは妖狐族が見せる幻術のサイクロプスと戦っていたのである。その猛攻を防ぐため、盾を構えていたのだ。
だがそれは、隙だらけの一言に尽きる。簡単に接近を許し、近距離から妖狐族の攻撃魔法を弱点である頭部に受けて機能を停止していった。
命令されたこと“しか”行動できず、防御に特化した特性を持つルークは幻術に対する抵抗を持たない。結果、一方的に破壊されるのみだった。
「さて、あと何体ぐらい破壊しようか?」
半ば作業と化している戦いに、妖狐の青年は欠伸を噛み殺したのだった。
ビショップ隊は混乱していた。ビショップの特性は強力な物理攻撃と遠方からの狙撃である。故に防御に特化したルークの背後に陣取り、そこからの一斉射撃でルークに足止めされている敵を打ち倒すのだ。
だがビショップたちは易々と自分達に接近し、物理攻撃をまるで受け付けない敵に為す術なく破壊の限りを尽くされていた。
「あははっ! そーれ、もう一つ!」
ドシュドシュドシュ!
ビショップの身体に散弾銃でも受けたかのような風穴が空き、後ずさる。
「今だ! 【ウォーターカッター】!」
そして真っ二つになるビショップ。
あまりにも凶悪な魔法を放ったのは、年端もいかない少年少女だった。
その身体は蒼く、スライムで構成されていることが分かる。水妖族だ。
ビショップは高い攻撃性とは裏腹に防御面は薄い。
しかしそれは、あくまで魔導人形の中で、という但し書きが入る。少なくとも魔鉱石を両断できる威力がなければ、ビショップを真っ二つになどできない。
「よ~し、次は・・・べぶっ!?」
はしゃいでいた水妖族の少年は、ビショップから放たれた極太の矢に頭を貫かれた。
「きゃはははは! 油断してるから・・・はべし!」
少年を笑い飛ばした少女も同じく頭を射抜かれた。
少しの沈黙の後、二人の頭部が再生する。
『なにするんだよ!?』
頭を再生した二人は、ビショップに向かって同時にA級スキル<酸弾>を放った。
先ほどのお返しとばかりに、ビショップの頭に綺麗な風穴が空く。そしてビショップは機能を停止した。
ヒュージ・スライムから<進化>した彼らの身体は、当然ながらスライムボディである。その特性は物理攻撃に対する完全耐性。バラバラにされても、コアが無事ならばノーダメージで再生が可能だ。
しかもヒュージ・スライムと違って知性を有する彼らは、コアを隠している。むやみに攻撃するだけでは、まず倒すことは不可能だ。魔法を扱えない者にとっては、天敵とも呼べる存在だった。
「ありゃ。ひょっとしてコイツら、頭が弱点?」
「な~んだ。魔法、要らないね」
「じゃあ、的当て大会だ!」
「サクサクいくよ~!」
『は~い!』
二人の言葉に呼応するかのように、地面から幼い外見の水妖族たちが姿を現す。そして四方八方に<酸弾>を乱射。それらは正確にビショップたちの頭を撃ち抜いていった。
蹂躙は始まったばかりだった。
左翼で妖狐族と水妖族がルーク・ビショップ隊を蹂躙している頃。右翼でも災厄はもたらされていた。
「どこを狙っている?」
「こっちだこっちだ」
「おいおい、俺はこっちだぞ」
目の前に現れたかと思えば消え、後ろから刺される。かと思えば右から必殺の一撃が飛んできて首を撥ね飛ばされる。
魔導人形にはレーダーのようなものが内蔵されており、敵の位置が分かるようになっている。そのレーダーに反応が現れたかと思えばすぐに消えてしまうため、魔導人形は襲撃者の位置を把握できずにいたのだ。
ガゴン!
ビショップの射った矢が別のビショップに命中し、破壊される。
「グオオオオオオオオ!」
後方に現れた反応に振り返ろうとして、足をもつれさせ倒れるルーク。その頭部に一瞬で幾つもの刀傷が走り、機能を停止する。
まるで幽鬼のように現れては消える襲撃者たち。
その正体はシャドーウルフたちだ。
彼らはA級スキル<影浸>を駆使してルークとビショップを翻弄。隙を突いてはブラックミスリル製のサバイバルナイフで切りつけ、まるで果実を収穫するように魔導人形たちを刈り取っていた。
「しかし、この武器の性能は凄まじいな」
「ああ。魔鉱石で出来ているはずの魔導人形が、話しにならんほど良く斬れる」
「族長が持っているオリジナルは、もっとスゴいらしいぞ」
「マジか」
「だがガンフォード殿によれば、それすらも間に合わせらしい」
「そのうち、きちんとした武器を配給するそうだ」
「そいつは楽しみだな」
こんな雑談をするほどに、彼らには余裕があった。
魔導人形部隊の中央にはナイトが控えていた。彼らの出番はポーンが切り開いた敵陣を突破し、城壁を破る際に訪れる。
出鱈目な跳躍力を持ち、A級スキル<天馬>を操る彼らに越えられない城壁など無いからだ。
そんな彼らの前に、騎兵隊が現れた。瞬時に敵と判断し、殲滅するための行動を開始する。
ドン!
地鳴りのような突撃に大地が揺れる。それを目の前にした鬼人族に畏れは無い。彼らが畏れるものは、ただ一つ。
敵を討ち漏らした場合にある、族長の“しごき”である。
また彼らを背に乗せるライトニングタイガーたちにも畏れは無い。
原初の大森林における最強の戦士。その<進化>した鬼人族を背に乗せ、誰を畏れると言うのか。
「迎え撃て!」
鬼人族のリーダーが声を張り上げた。
『うおおおおおおおお!!』
空気を震わせる声を轟かせ、鬼人族とライトニングタイガーの混合部隊<ライトニング・ライダーズ>と魔導人形ナイトが衝突する。
「はあっ!」
列迫の気合いと共に繰り出された斬撃がナイトの構える武器ごと一刀両断する。
「やあっ!」
閃光のような槍の突きは盾で防御しようとしたナイトをもろともに貫いた。
「な、なんだ、この武器は!?」
「ふはははははは! 魔導人形がまるでバターのようだ!」
魔導人形を構成する魔鉱石はレッサーメタルと呼ばれるものである。複数の魔鉱石や鉄などを混ぜて溶かしたものを固めたもので、魔鉱石としては下位に位置している。
しかし鬼人族たちが使用している武器はブラックミスリルを芯に据えた武器である。オリハルコンやアダマンタイトに比べると質は劣るが、魔鉱石としては最上位に位置している。
性能を比べるなら、鉄と銅ぐらいの差があるのだ。とはいえ、その性能差も彼らに達人級の腕前があるからこそ発揮されているのだが。
「これなら!」
「ああ、これなら!」
『ノルマを達成できる!』
これを聞いていたライトニングタイガーたちは、ズッコケそうになる足を全力で踏みしめていた。
鬼人族たちは間違いなく、原初の大森林における最強の戦士たちだ。そんな彼らからは想像とは掛け離れた姿だ。
安堵する鬼人族だが、戦いが終わった後に「武器に頼るとは何事か! 一から鍛え直しだァ!」と族長に言われて青冷めることになるのである。
(さて、我らも働くとしよう!)
鬼人族たちが武器を振るいやすいようサポートに撤していたライトニングタイガーたちだったが、自分達が活躍できる機会をみすみす逃すわけにはいかない。
「荒れ狂え! <雷鳴の嵐>よ!」
雷光が周囲を薙ぎ払い、ナイトたちを黒い塊へと変えていく。
ライトニングタイガーとなった彼らは稲妻のように疾走できるようになった他に、雷撃を操るスキルを得ていた。これは、その一つである。
「やるな! 稲妻の虎たちよ!」
「我らも負けてはおれん!」
ノルマ達成の手応えを感じて心に余裕ができたのか、鬼人族たちの動きは軽やかだった。瞬く間にナイト部隊は数を減らしていった。
ロンダークはもたらされる報告に立ち尽くしていた。
「前軍のポーン部隊、損耗率15%を突破! 進軍が止められています!」
「左翼のルーク・ビショップ部隊は損耗率20%です! ルーク隊、依然として沈黙しています!」
「右翼のルーク・ビショップ部隊、損耗率15%! ああ、また同士討ちを!?」
「ちゅ、中央のナイト部隊、損耗率30%です! 緊急の増援信号を受信しました!」
・・・どういうことだ?
ロンダークの目論見では圧倒的な物量で侵攻し、原初の大森林を仇なす者たちに鉄槌を食らわせるつもりだった。
というのも、インテリジェンス・モンスターたちではポーンを破壊できる者すら限られる。三尾ぐらいの多尾狐ならば魔法で破壊できるだろうが、それでもルークの防御を突破することは至難の技だろう。
それがどうだ。
彼らが相対するのはインテリジェンス・モンスターではなく、見たこともない様々な半妖種たちだった。
鬼のような角を持つ半妖種、銀髪の見目麗しい半妖種、神出鬼没の黒い半妖種、堅い鱗に覆われた半妖種、毛深く奇抜な武術を扱う半妖種、水の精霊のような出で立ちをした半妖種、雷を纏った虎型のモンスター。
どれもロンダークがこれまで見たことのない種族ばかりだった。そして、その強さは出鱈目という一言に尽きる。魔導人形がまるで歯が立たない。
ハッシュベルトが倒された時に見た鬼の半妖種については、もちろん警戒していた。しかし素手で魔導人形の大群を相手できるわけはないと思っていた。だが蓋を開けてみれば彼らは強力な武器を持ち、魔導人形を歯牙にもかけない戦闘力を持っていた。
「あれは・・・まさか・・・」
隣に立つジースが信じられないという様子で声を上げた。
「ジース、あの半妖種たちに心当たりがあるのか?」
「いや、まさかな。しかし・・・ううむ」
「何か気付いたことがあるなら話せ。現状の突破口になるかもしれない」
「む・・・。ならば進言しよう。あの銀髪の半妖種じゃがな」
今も沈黙するルークを次々と魔法で爆砕していく半妖種をジースは指差した。
「あれは、多尾狐ではないか?」
「なに?」
「あれは半魚族に似ている気がするし、雷光を纏った獣はサーベルタイガーではないかのぅ。あの水の精霊らしきモンスターはスライムに身体が似ておるし、鬼人の角はオーガのものに酷似しておる」
「何が言いたい?」
「あれらは、原初の大森林におるインテリジェンス・モンスターではないか?」
「なにをバカな」
「・・・<進化>」
ジースの呟きにも似た声に、ロンダークは目を見開いた。
「稀にじゃが、<契約>によって<進化>するモンスターがおることは、おヌシも知っておるじゃろう。我らのユニーク級スキル<魔獣契約>によって、引き起こされることもある」
「ああ。だが、モンスターが半妖種になるなど聞いたことが無い!
しかも一体や二体ではないのだぞ。種族全体を<進化>させたとでも言うのか!?」
「<堕天の祝福>」
その言葉にロンダークは憤慨する。
「ジース! この俺を怒らせないのか!?」
「しかし、このような規格外のことをしてしまう存在に、心当たりがあろう」
「言うな、バカバカしい! 奴は人間だぞ!」
ロンダークは机に手を叩き付けた。
「クイーンを出せ! 9体全てだ! 中央に3、左翼に3、右翼に3だ!」
「りょ、了解!」
沈着冷静ないつものロンダークからは想像もできないような怒りを感じ、魔族の技官は慌てて命令を遂行する。
「クイーン起動!」
「まもなく戦闘エリアに入ります!」
「あっ! て、敵の部隊、撤退していきます!」
「はっ! クイーンに畏れをなしたか。構わん、全軍を前進させろ」
「了解!」
「う!? て、敵の本陣より、高い魔力反応を検知!」
「数は7体! す、すべてAクラスです!」
「なんだと?」
「なっ! こちらの本陣後方に転移反応!」
「なにぃ!?」
「か、数は5! うっ!?」
「なんだ、どうした!?」
「ま、魔力レベル・・・推定Sクラス。5体全てです!」
ロンダークは言葉を失う。その様子にジースは、
「・・・確かめてみるか」
そう呟いたのだった。




