70 襲撃
夜の闇に紛れて、ガンフォード工房の周囲を黒い影が取り囲んでいた。影たちは手慣れた様子で工房の扉を開け、半数ほどが中に入る。
中に入ると、リーダーらしき男がハンドサインで指示を出す。その指示に従い、流れるように動き出す影たち。
そして工房に保管されていたブラックミスリルを見つけると、収納リングの中に収める。
「―――何をしている?」
ギョッとして振り返る。
闇に生き、気配の察知にも優れた彼らが、その存在を全く感じ取れなかったのだ。それでも素早く武器を構えたのは、長年の修練による賜だろう。
彼らに声を掛けたのは犬人族の少年だった。無表情でこちらを見ているが、左手には彼らの仲間が頭を鷲掴みにされて気を失っていた。
シュン!
ジリジリと間合いを測っていたが、少年に動きがないことを見て仲間の一人が投げナイフを投げた。少年の姿から、彼がターゲットの一人だと確信したからだ。
「あぶねーな」
またしても彼らは驚愕した。
彼らのナイフは黒く塗り潰されており、夜闇に紛れれば飛んできたことすら分からないはずだ。
そのナイフを彼は素手で掴み取ったのだ。
「しかも毒塗りかよ。陰険だね~」
「ぐっ!」
少年の手が動いたかと思えば、リーダー格の横に陣取っていた男が呻き声を上げて倒れた。彼が投げたはずのナイフが太股に刺さっている。
「外に8人、中に入って来たのが12人。中に入ってきた12人のうち、8人が邪魔者の始末で4人がブラックミスリルの確保か」
リーダーは驚愕を通り越して戦慄した。襲撃の人数まで正確に言い当てられている。
しかも彼らの始末に向かった者が一人、少年に頭を握られている。他の者たちが無事である可能性は極めて低い。
彼らが工房に侵入してから10分も経っていない。にも関わらず、少年は工房に入った半数以上の襲撃者を瞬く間に無力化したのだ。
リーダーの判断は迅速だった。ブラックミスリルの確保が第一任務である以上、収納リングを持つ者を外にいる者たちと合流させ、退却するのが最良だ。
ハンドサインで素早く指示を出し、収納リングを持つ者が窓を目指す。リーダーともう一人は少年を警戒した。
「ハズレはアイツか」
二人には理解できない言葉だったが、少年に仲間を追わせるわけにはいかない。リーダーは姿勢を低くすると、両手にナイフを持ち少年に向かって走る。
少年は頭を鷲掴みにしていた彼らの仲間を放し、蹴りを放ってくる。おそろしく速く、そして鋭い蹴りだった。それを躱し、片方のナイフで背中を斬りつける。しかしそこに少年の姿はなく、なぜかもう一人の仲間の背後に回り込んでいた。
「っ!?」
首を絞められ昏倒する仲間を見てもリーダーは冷静だった。ナイフを投げ、予備のナイフを構えて再び少年に接近する。
少年はナイフを危なげ無く避けると、肉薄してきた。
左手のナイフで突きを放つが、それを紙一重で避けると腕を取られた。慌てて右手のナイフで斬りつけるが、足を払われて体勢が崩れる。直後に世界が回転し、リーダーは背中から床に叩き付けられた。彼は知らないが、一本背負いである。
反射的に受け身を取ったのでダメージは少なかったが、息が詰まり呼吸が止まる。そしてそれは致命的な隙になった。
「はい終了」
顔面を殴られ、リーダーは気を失った。
「う・・・」
暗い水の底から這い上がるようにして意識が覚醒する。はじめに感じたのは強い頭の傷みだった。
頭を振って意識を覚醒させ、状況を把握するために周囲を見渡す。
どうやら自分は縛られているらしい。周りには彼の仲間たちが意識を失って同じように縛られている。
「目が覚めたか?」
声を掛けられ、彼は目の前に座る犬人族の少年を見た。邪気のない瞳からは悪意を感じないが、自分の末路については予想できる。彼は迷わずに奥歯を強く噛んだ。しかし、何も起こらない。
「歯に仕込んでいた毒なら取り除かせてもらったぞ。命を粗末にするな」
今日は驚かされてばかりだ。奥歯に仕込んでいた毒薬は、手術などで無理矢理取り除こうとすれば漏れだして命を奪うようになっている。また遠隔操作で毒が出るようになっており、主人に逆らえないようになっていた。もちろん逃走も不可能だ。
「全員の毒を取り除いたからな。安心していいぞ」
リーダーはもう驚かないことにした。とはいえ少年の言葉を信じたわけではない。
自分が気を失っていたのは一時間か二時間ぐらいだろう。部屋のカーテンは閉められているが、陽の光は漏れていない。つまり未だ夜は明けていないということだ。
彼らが襲撃を開始したのが丑三つ時。つまり夜中の2時ごろだ。そこから夜も明けていないということは、大して時間は経過していない。合計19人の毒薬を取り除くなどということができるとは思えない。
しかし、これは事実である。犬人族の少年―――ダイチにはスライムの先祖帰りであるアクアがいる。彼女の体内に取り込めば物質の<溶解>が可能だ。毒を無効化するぐらいは容易いのである。
「さて、ここからは交渉の時間だ」
リーダーに緊張が走る。
「俺は何も話さないぞ」
「それじゃあ交渉にならないだろ?」
「交渉? 尋問の間違いだろう」
「ああ、そういうことか」
ダイチは顎に指を当てながら答える。
「お前たちから引き出せる情報は無いだろうし、必要もない」
「なんだと?」
「ブラックミスリルだけど、一度盗まれてるのに無防備すぎるとは思わなかったのか?
前回、あれを盗んだのもお前たちなんだろ」
リーダーは答えない。これ自体が誘導尋問である可能性が高いと思ったからだ。ダイチにしても、返答を期待したわけでは無かった。
「あのブラックミスリルには探知の魔法が掛かっているから、どこに行ったのか、誰が盗んだのか分かるようになってる」
「そんな魔法の気配は無かった」
「気取られたら意味ないじゃないか。<隠蔽>のスキルで魔法の効果は隠せる」
嘘である。本当はチャーリーによる<情報操作>による偽装だ。
「・・・」
「それに俺たちは今日、この町に初めて来たんだ。関係者は限られている」
「ブラックミスリルを持っていれば、誰からでも狙われるだろう」
「国が招いた鍛冶職人の工房を20人で襲撃までしてもか?
リスクが高すぎるだろ。まあ、お前たちに盗ませたのはブラックミスリルじゃないけどな」
「なにをバカな―――」
リーダーは鼻で笑い飛ばした。
「<鑑定レンズ>で確認している。間違いなく本物だ」
「悪いが<鑑定>を誤魔化せるスキルを使えるんだ。まあ、そのうち騒ぎになるだろうから嫌でも分かる。
そんなことより、だ」
確かに不毛な議論だ。ダイチの言っていることをリーダーに証明する手段は今のところ無い。
「交渉だ、交渉。まず、お前たちには二つの選択肢がある」
「・・・」
リーダーは答えない。少し喋りすぎたと反省していた。
「一つは、このまま衛兵に引き渡すこと。どうなるかは、お前たちの方がよく分かってるんじゃないか?」
十中八九、始末される。
任務に失敗した上に仕込んでいる毒薬が無効化されたとあっては、彼らの雇い主にとっては邪魔な存在でしかない。獄中であっても殺害する手段は、いくらでもある。
「で、もう一つは、俺たちの町で働くこと」
「・・・奴隷になれ、ということか」
「奴隷は要らない。真面目に働いてくれれば、それで良い」
・・・何を言っているんだ、この少年は?
「お前ら、暗殺者か何かだろ。諜報活動なんかもしてるんじゃないか?」
なるほど。
自分達を戦力として取り込もうというわけか。
「この世界の情勢とか常識とかにも、いろいろ詳しいんだろ?
で、そういう連中は自分のことは大抵自分でできるから、色々な技能を持っているはずだ。それを俺の仲間に教えてくれ。教師としてな」
・・・。
「は?」
間の抜けた声が出た。
「いま俺たちが必要としているのは、世間的な“常識”という情報。あと生活に必要な技術だ。人手不足でね」
インテリジェンス・モンスターであるフォレストピアの住人は、この世界の暮らしにおける常識をダイチ以上に知らない。知恵があるとはいえモンスターだったのだから当たり前だ。
エスペランサ王国から都市整備に関する人材は派遣される予定だが、それとは本質的に教わる内容が異なる。また単一の国における情報よりも、いろいろな国の文化や風習を知っている者の方が客観的な見方ができるだろう。そういった意味では、諜報員としても活動してきた彼ら裏の人間ほど教師に適した人材はいないというわけである。
「どうだ? もちろん給料は出すぞ」
「・・・俺たちは、お前を殺そうとしたんだぞ?」
「命令されて、仕事だからだろ。それとも俺に個人的な恨みでもあるのか?」
「ない」
「なら問題ないだろ。まあ誰かが死んでいたら、そうも言ってられなかっただろうけど」
そうなのだ。
驚くべきことに、ブラックミスリルを持ち帰った者以外の全員が、この場に集まっている。それはつまり、建物の中から逃げ出してくる者を仕留めるために屋外に配置していた刺客も全て、無力化されていることを意味する。少年たちは自分達を殺そうと思えば、いつでも殺せるのだ。利用価値があるから生かされているに過ぎない。
「ふっ。ははは、あはははは!」
リーダーは笑った。こんなバカげたことがあるか。
命を助けられて暗殺家業から足を洗える上に、その後の仕事まで用意されている。話が旨すぎる。
こういう話しには裏があるはずだが、これを受けなければ彼らの人生は終わる。ならば、一縷の望みをかけても良いだろう。
リーダーはダイチを見た。突然笑い出した自分に面を食らった表情は、年相応に見える。Bクラスの冒険者に相当する実力を持つ自分を圧倒した化け物とは思えない表情だった。
「その話し、受けさせてもらう」
「本当か!? いや~、主人は裏切れないとか、そういうことを言われたら、どうしようかと思ったぜ」
「あの男に忠誠を捧げたことなど、一度も無い」
「ぶっちゃけるね~。じゃ、部下たちの説得も任せた」
「いいのか、そこまで信用して?」
「信用したわけじゃないぞ。その方が楽だからだ」
なるほど。
この雇い主も一筋縄ではいかないようだ。
そんな思いを抱きながら、彼の拘束は解かれたのだった。
一方、ブラックミスリルを盗み退却した男は、狭い路地を抜けてカモフラージュしながら、彼の主人の住まいに到着した。
彼の主人であるベルグライトは珍しく寝ないで彼らの帰還を待っていた。
「なかなか早かったな。キサマ一人か? 他の連中はどうした?」
「はあ、はあ、はあ。ぞ、増援を! 襲撃部隊は全滅しました!」
「・・・なんだと?」
ベルグライト商会の暗部である通称<梟部隊>は反融和派の裏工作を任されるほどの精鋭である。それが全滅など、にわかには信じがたい。
「ブラックミスリルは?」
「こ、こちらに」
男は<収納リング>からブラックミスリルを取り出した。ベルグライトはそれを奪い取る。
「こいつは手に入ったのか。不幸中の幸いだな」
そう言って立ち去ろうとするベルグライト。それを見て男は慌てた。
「ぞ、増援を!」
「バカかキサマは」
ベルグライトは冷ややかな目で男を見た。
「<梟>の半数近くを、この短時間で壊滅させるような相手だぞ。増援を派遣して勝てるのか?」
「そ、それは・・・」
「何らかの罠を仕掛けていた結果だろうが、それでも危険なことに変わりはない。19人もの<梟>を失ったのは痛手だが、このブラックミスリルには、それだけの価値がある」
犬人族の少年からこれを見せられた時、ベルグライトは何としてでもこれを手に入れなければならないと思った。一目見ただけで、かなり良質なものだと分かったからだ。
ブラックミスリルはミスリルが魔素を吸収してできる魔鉱だが、その純度は物によってかなり差がある。犬人族の少年が持っていたものは、かなりの高純度だった。ベルグライトが生涯見てきた中でも一、二を争うだろう。
これで武器を錬成し、反融和派に献上すれば、彼の地位は確固たるものになる。
あれがガンフォードの、亜人種の手に渡るなど許せるものではない。だからこそ、動ける<梟>を総動員してまで手に入れようとしたのだ。
結果的に相手の戦力を見誤り半数近い<梟を>失ったが、ブラックミスリルを手に入れたのなら失態を取り戻せる。がっくりと項垂れる<梟>の一人を見ながら、ベルグライトはブラックミスリルを撫でた。しかし、そこで違和感を感じた。
「おいキサマ。これは本当にブラックミスリルか?」
「え? は、はい。間違いありません」
「<鑑定>しただろうな?」
「はい」
ベルグライトは自分の<鑑定レンズ>を取り出して確認する。
<ブラックミスリル>
魔素を大量に浴びて魔力純度が高まり、黒く変色したミスリル。
確かにブラックミスリルだ。だが、この違和感は何だ?
すると突然、ブラックミスリルが発光を始めた。
「な、なんだ!?」
Report.
一定距離、一定時間、対象物が所有者から離れていることを確認しました。
防犯機能を発動。
10秒後に爆破します。
「なっ!? 爆破だと、どういうことだ!」
「わ、私にも何が何だか・・・」
WARNING!
カウントダウンを開始します。
10・・・9・・・
「くっ!? どうする!?」
ここですぐにブラックミスリルを手放して逃げていれば、結果は違っていたかもしれない。しかし、ベルグライトはそれをしなかった。
5・・・4・・・3・・・2・・・
「くそおおおおおおおっ!!!」
ブラックミスリルから発せられる光が強くなり、熱を帯びてきたことで危険を感じ、ギリギリのところでブラックミスリルを放り投げる。
1・・・ゼロ
轟!!
ブラックミスリルは爆裂すると、盛大な火柱を王都の夜空に打ち上げたのだった。




