61 クローズの受難
クローズは半ば呆然としながら部屋を出た。
<神薬>だけでも頭が追い付かないのに、原初の大森林に半妖種の国ができるなど理解の範疇を越えている。
タラゼアの町は原初の大森林に近い町の一つである。この町の周辺にはE~Dランクぐらいの比較的弱い魔物が多いのだが、AランクやBランクの冒険者が何名か常時滞在している。理由は原初の大森林があるからだ。
原初の大森林は最低でもCランクのモンスター、数で言えばBランクのモンスターが多数棲息している。Aランクのモンスターも多く、高いランクの冒険者にとっては稼ぎの見込めるエリアなのだ。
ただし危険も多い。Sランク相当のモンスターもいるし、いかにAランクの冒険者でもランクの高いモンスターと連戦するのは危険だ。実際、何人もの高ランク冒険者が原初の大森林で命を落としている。おそらく自分達のパーティーでは一日も生き残れないだろうとクローズは思っている。
そんな場所で半妖種たちは暮らしているのである。それがいかに凄まじいことか創造に難くない。彼らが半妖種だとすればポイズンウルフなど敵ではなかったろうし、一瞬であの数を撃退してしまったのも頷ける。
しかし実は、これはクローズの勘違いである。半妖種たちは真の魔王が残した<認識阻害>の技術を駆使して生き延びているに過ぎない。原初の大森林は魔素が濃いため人種にとっては住みにくいが、半妖種にとっては過ごしやすく、魔力が増すことも一因だった。決して半妖種が突出して強い訳ではないのだが、クローズのように誤解している人間は実を言うと多かったりする。
クローズはフラフラとギルドホールに向かって歩き、いつの間にか目的の場所に辿り着いていた。
「クローズ」
そこで声を掛けられる。金髪をポニーテールにして、革鎧に身を包んだ女剣士が彼を見つけて走り寄ったのだ。彼女はクローズのパーティーメンバーだった。見れば後ろから法衣を着た二人組も追いかけてきている。
「どうだった?」
「な、なにが?」
女剣士、ローザの言葉にドキリとする。
「何がって、デイビスのことに決まってるじゃないか」
「あ、ああ。そのことか」
三人はいつもと違うクローズの様子に顔をしかめた。
「クロだったよ。状況からして間違いなさそうだ」
「やっぱり・・・。あの野郎・・・」
ローザは拳を握り締めた。
「裏賭博の借金で首が回らないって噂も本当だったのかもな」
「まあみんな助かったんだし、クローズが気に病むことないよ!」
ヒーラーのサルファと魔術師のミリアムが続けて声を上げた。
ああ、そうかと思う。
三人は自分のことを心配してくれているのだ。デイビスのメンバー入りを決めたのはクローズだった。
クローズのパーティーはバランスが取れているが、偵察や索敵が苦手で何度か窮地に陥ったことがある。今回の依頼はギルドマスターからの紹介ということで失敗は許されなかったため斥候役を探していた時に、デイビスから自分をパーティーに入れてほしいと言ってきたのだ。
彼の能力については冒険者仲間からの評判も悪くなかったし、できるだけ早くカネがいると言っていたので同情したことが仇になった。
仲間たちは、そのことに自分が責任を感じていると思っているのだろう。間違っているわけではないのだが、紅葉の話が衝撃的すぎて頭から抜けていたことも確かである。
(しっかりしろ、オレ!)
クローズは自分に渇を入れた。ダイチたちに助けてもらっていなければ、確実に全滅していた。今ごろあの世で再会していたことだろう。そのことを肝に命じなければならない。
「みんな、すまなかった」
この謝罪には、いろいろな意味が込められていた。
「まあ、過ぎたことは仕方ないさ」
「焦らずにいきましょう」
「そうそう。命は助かったんだしさ!」
「お前ら・・・」
この仲間たちを失っていたかもしれないと思うと、クローズの背筋に改めて冷や汗が流れた。リーダーとして、もっとしっかりしなければならない。
「今回の件は俺の責任が大きい。だから昼飯は俺の奢りにしてやる!」
「本当かい?」
「さすがリーダーだな」
「じゃあピンチを乗りきったお祝いってことで、パーっとやっちゃおう!」
「お、お手柔らかに頼むぜ」
言って笑い合う。この日常が今も続いていることに感謝しながら、クローズたちはギルドの食堂に足を向けた。
タラゼアの町は、エスぺランサ王国の首都であるエスランサ・シティーを除けば、この国で一番大きな町である。このぐらいの町であれば、例外はあるもののギルド内に食堂がある。
アークノギアにおける主食はモンスターの肉である。なにせ勝手に増える上に放置すれば害にしかならないものも多い。魔素さえ洗い流せば問題なく食べられるし、高レベルなモンスターの肉ほど旨い。またモンスターの牙や皮などは武器や防具、マジックアイテムの素材にもなるので必需品である。このため家畜を食べるという概念事態がアークノギアには育っていない。
冒険者たちは主に、これらモンスターを討伐して素材を売ることで生計を立てている。どちらかと言うとハンターに近い。
狩ったモンスターをギルドに卸すのも自分で食べるのも自由だったが、食べるには調理が必要だ。それならば料理人につくってもらいたい。というわけで一定の規模がある町のギルドには酒場を兼ねた食堂があるのだ。
「でもダイチさんたちって何者なんだろうね?」
食堂に向かう途中、ミリアムが何の気なしに言った言葉にクローズは肩を震わせた。
「いくらなんでも、あの強さは無いよね」
「ああ。Dランクとはいえ、あの数のポイズンウルフを瞬殺だからな」
「やっばり、どこかのお抱え騎士がお忍びで旅してるとか? ローザはどう思う?」
「私は帝国の人間じゃないかと思うよ。あの国は一般兵ですらCランククラスの実力があるっていう話だし」
「なるほどね~。クローズは何か聞いてない?」
「お、俺は何も知らない!」
言って、自分でも驚くほど大きな声が出た。
「び、びっくりした~。なによ、そんなに大声を出さなくてもいいじゃない」
「す、すまん」
「別にいいけどさ」
ミリアムは口を尖らせると、別の話題に切り替えた。クローズがホッと胸を撫で下ろす。
そんなこんなで食堂に着くと、そこに桜花たちの姿があった。
クローズに緊張が走る。ミリアムたちは当然とばかりに彼らに話し掛けた。
「やっほー。桜花さん、タツマキちゃん、アクアちゃん」
「お、ミリアムじゃないか。元気そうだな」
「うん、おかげさまで傷も残らなかったよー」
ミリアムに応えたのはタツマキだった。
桜花やアクアは基本的に無口で、必要最低限のことしか話さない。ミリアムとタツマキは、帰りの馬車で意気投合していた。見た目の年齢が近いということもあり、仲が良い。
「あ、相席しちゃって良いかな?
クローズの奢りで、早いけど今から食事をしようと思って来たんだ」
「別に構わない」
ミリアムに尋ねられ、桜花が返事をした。三人の中では桜花が年長に見えるので、彼女が保護者だとミリアムは思ったのだ。
注文を済ませると、ミリアムはタツマキが積み上げている皿に目を移した。そこには10枚以上の皿が積み上げられている。
「タツマキちゃん、すごい食べるんだね」
「ああ! なかなか美味いぞ、このパンケーキってやつは!」
ミリアムがフォークとナイフを両手に、嬉しそうに答える。
「あ~、ここってデザートも美味しいからね。私のオススメはフルーツを乗せたやつかな」
「それは未だ食べてないな。お~い、フルーツ乗せを追加で10枚だ!」
「す、すごく食べるんだね」
「ああ。レッドブル一頭ぐらいなら朝飯前だな」
「本気でスゴいね!?」
レッドブルとは猛牛型のモンスターで全長3メートルほど。小型自動車ぐらいの大きさがある牛と考えてもらうといい。
運ばれてきた料理を食べ始める四人とタツマキ。
ちなみに桜花は紅茶を飲んでおり、アクアは綺麗な姿勢で座ったまま目を閉じている。寝ているのかと思うほどだ。
料理を口にしながらも、クローズはチラチラと桜花やタツマキを見てしまっていた。紅葉が半妖種なら、彼女たちも?と思ったのだが、どう見ても人間にしか見えない。
「・・・何か用か?」
「ふえ!?」
桜花に声を掛けられ、クローズは甲高い声を上げてしまった。
「さっきから、こちらのことをチラチラ見ているだろう。言いたいことがあるなら、言えばいい」
「い、いや、その・・・」
「あはは! クローズは桜花さんの美貌にノックアウトしてるんじゃないかな?」
「む、そうなのか?」
「い、いえ、その・・・」
「ダメだよ、クローズ。彼女たちはダイチさんのことが好きみたいだから」
「そうだな。悪いが、お主の気持ちには答えられない」
「う・・・そうですか、残念です」
誤解されてしまったが、これで丸く収まるなら良いだろう。ローザには足を蹴られたが、クローズは誤魔化せたことに安心した。それが油断だった。
「あ、そういえば皆さんの出身って、どこの国なんですか?
ちなみに私たちは、この国なんですけど」
「私たちの生まれは原初の大森林だ」
「そっかー、原初の大森林ですかー・・・って、はい?」
クローズは料理を運ぶ手を止め、口を開けたまま凍りついた。
ローザとサルファの二人も目を丸くしている。
「原初の大森林って、はい?
え~っと、そうか! ジョークか!
もう、桜花さんがジョークなんて言うキャラだと思わなかったよ!」
「ジョーク?
私が生まれたのも育ったのも原初の大森林だ。ジョークなどではない」
「ちなみにボクはシルバーピークかな。まあ原初の大森林では、よく遊んだけどね」
「あ、あはは。シルバーピーク?
原初の大森林で、よく遊んだ?」
シルバーピークと言えば原初の大森林にある竜たちが棲むとされる山である。ミリアムはどう返事をすれば良いのか分からなくなり、うわ言のように原初の大森林、シルバーピークと呟いている。ローザとサルファの動きも止まっていた。
(誰か助けてくれ)
クローズは天に祈った。
そして―――
「おう、クローズじゃねーか」
事態は最悪へと舵をきったのである。
 




