25 オーガ族
俺たちが現場に着くと、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。
オーガたちは、中央の少し背の低い桜色の個体を中心に据え、その周りを守るように三体が囲っている。
対してサーベルタイガーたちは4体のオーガたちを十数匹で取り囲み、頭上の木々の上ではゴブリン・インテリジェンスの戦士たちが<爆裂の矢>を構えている。
過剰戦力に見えるかもしれないが、一体がタイラント・ドラゴンに匹敵するならば決して多いとは言えない。彼らは警戒こそ緩めていないが、静かに目を閉じて佇んでいた。
「来たか」
中央のオーガが目を開けた。背が低いと言っても、2メートル近くある。
頭にはカーブした二本の角。さながら日本の『鬼』を連想させる。
「わたしの名は桜花。そなたが、この者たちの長か?」
桜色のオーガはサーベルトに向かって言った。周囲のコブリン・インテリジェンスとサーベルタイガーたちから、僅かばかり殺気が上がる。
「俺は王の忠実なる剣に過ぎない。我が王は、この方よ」
まあ見た感じ、サーベルトが一番強く見えるよね。
「これは失礼した。まさか人間が半妖種やサーベルタイガーを従えているとは思わなかったものでな」
桜色のオーガが興味深深といった様子で俺を見た。
「オレの名前はダイチだ。傷だらけのオーガが何の用だ?」
そう。
彼らはキズだらけだった。何者かと交戦した直後のようだ。
「一族の者たちが傷を負っている。薬があれば分けていただきたい」
「薬? ポーションで良いのか?」
俺は前に出て彼らに話しかけた。
先頭に立つオーガが「ほう」と声を漏らす。
「構わない」
「何があった?」
「話さなければならないか?」
「原初の大森林でも最強に近いオーガ族が、そこまでの負傷を負うような出来事だ。気にならないわけがない」
「話せば長くなる。できるだけ早く戻りたい」
「なら一つだけ答えてくれ。その件に、魔族のハッシュベルトは関わっているか?」
その言葉に、オーガたちの殺気が一気に増した。それに反応したエルゼフたちが、思いかけず武器に手をかけた。
俺は落ち着けという手振りをして、エルゼフたちに武器を下ろさせた。
「貴様、奴を知っているのか?」
「会ったことはない。だが仲間が世話になったから、それなりの礼をしないといけないんだ」
俺の言葉に、桜花は納得したようだ。
「なるほど。貴殿らも、奴の被害を受けたクチか」
「まあな。ちなみに俺が奴の手下だったら、どうしていたんだ?」
「殺していた」
わお、怖い。
しかしオーガたちはハッシュベルトに敵対していることが分かった。
「なら、こっちもアンタらを助ける理由ができた。アクア、出してくれ」
「・・・だるい」
いつもの言葉と共に、アクアがポーションを出してくれる。
「かたじけない」
「数はまだある。アンタらも飲んでおけ」
「ふむ・・・?」
彼らは顔を見合わせると、互いに頷きあった。
「では、私から」
そう言って、オーガの一人がポーションを飲み干すと、
「むうッ!?」
そのオーガの身体が発光し光が収まると、傷が全快していた。
「な、なんだ、今のポーションは!?」
やっぱり驚いてる。
彼の身体が光った一瞬、身構えていた他のオーガたちは呆然としている。
「回復したか?」
「あ、ああ」
「他のやつらも早く飲めよ」
「え? あ、うん」
他のオーガたちもポーションを飲み、全快する。
「凄まじい効き目だな」
「問題ないか?」
「ああ」
「なら、すぐにオーガの里に向かおう」
「ついて来る気か?」
「どうやってポーションを運ぶんだ? 俺なら、<スキル>でいつでもポーションを取り出せるぞ」
「むう。しかし人間が我らに付いて来れるか?」
「問題ない。というわけで、俺はオーガたちの里まで行って来る」
「わ、我らも、お供します!」
エルゼフが慌てたように言う。
「おいおい、そしたら誰がこっちを守るんだよ?」
「し、しかし!」
「心配するな。あとは頼む」
渋々といった感じでエルゼフとサーベルトが頷く。
「アクア、お前も待機しといてくれ」
「いや」
「こいつらを守ってくれると助かる」
「付いていく」
「いや、あのな・・・」
「付いていく」
「・・・」
諦めよう。
「引き離されるなよ」
アクアは小さく頷いた。
エルゼフたちが「え、いいの?」という顔をしているが、気にしてはいけない。
「話しはついたか?」
「ああ。待たせて済まない」
「では行くぞ」
オーガたちが地を蹴り走り出した。
一足飛びに木々の頭を越え、弾丸のように飛び出す。
その身体能力に舌を巻きながら、俺とアクアは彼らの後を追う。ジェットコースターも真っ青なスピードで木々を抜け、山を越える。
チラリと後ろを振り返ると、アクアがきちんと後ろから着いてきていた。スライムのネックは瞬発力と敏捷性で、特に長距離の移動には時間がかかる。
だからこそアクアを残して行こうと思っていたのだが、アクアは自身の身体を激流のように回転させ、後方に勢いよく水を噴射することでロケットのように移動していた。
後で聞いた話だが、タイラント・ドラゴンの時においてけぼりにされたことを悔やみ、素早い移動方法を研究したのだそうだ。
「我らが全力で走っているというのに疲れも見せないとは、なかなかやるな」
桜花が感心したように言う。
残りの三体は、少し息が上がっているようだ。
「あの傷で、よく集落まで来られたな」
「我らの里から最も近い村が、あそこだった。
最悪、脅してでも治療して貰おうと考えていたので、貴殿には助けられた」
「そいつは良かった。それで、アンタたちにあれほどの傷を負わせたのは誰なんだ?」
「・・・」
「ハッシュベルトって奴は、何をやりやがった?」
「・・・ハッシュベルトは我らオーガを魔族軍の配下に加えてやると言ってきたのだ」
配下に、ね。
「オーガは強く、そして武人として気高い。
見たことも会ったこともない者に忠誠は捧げぬと、我が父であるキング・オーガは返した」
・・・ん?
父であるキング・オーガ?
「奴は<魔獣契約>をしてやろうと言い出し、父の怒りをかった。
父はハッシュベルトを叩き潰そうとしたが、次の瞬間に悲鳴を上げたのは父だった」
父親がキング・オーガということは、この桜色のオーガは息子になるのか?
「父は悲鳴を上げた後、暴れ回った。
何故か身体は一回りも大きくなり、オーガの精鋭を蟻でも踏み潰すかのように蹴散らした。
私も、その中の一人だ」
それで、あの傷を負ったわけか。
「あの魔族が何かしたのは確実だろう。
だが父は今、理性を失った化け物と変わらぬ。父を止めるのは、私の仕事だ」
「勝てるのか?」
「なに?」
「ボロ負けしたんだろ。なら次も負ける可能性が高いじゃないか」
「勝てる勝てないではない。これは誇りの問題なのだ」
このオーガは自分がキング・オーガに勝てないことを分かっている。
おそらく死ぬつもりなのだろう。
しかし、それを許すわけにはいかない。
ハッシュベルトの思惑通りに進ませるわけにはいかないのだ。
H28.7.26
前話までの内容に合わせて修正しました。
 




