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【日常のあれこれ④】口にすると角が立つシリーズ「創作におけるジレンマ」

★★★注★★★

今回のエッセイには、個人の思想が強く滲み出ています。

個人的な感想であり、特定の人物を貶めることが目的でないことを理解したうえで、お読みください。

癇に障る、受け付けない、腹が立つ、等々、否定的な意見を持たれた場合は、私に対してのみ、意見していただきますよう、よろしくお願い致します。




創作。自身の考え、世に送り出した作品を示す言葉だと認識しております。


それこそ、文章、絵、音楽、料理など、様々な分野に通ずるものであると。


創作として世に送りだすからには、「他者に自身の作品を見て欲しい」、「どんな風に感じるのか感想が欲しい」、「あわよくば賞賛してくれないか」という自己承認要求が詰まっていると思います。


もちろん、作ることが自体が目的で、誰かに批評されることに興味はない、という人もいると思います。


だれが何と言おうと、自身の作った作品に愛着を持ち、作品を作り上げた自身に誇りを持つ。そういうスタンスの型には、尊敬を抱きます。


ですが、一方で。


「賞賛されてナンボでしょ?」、「売れなきゃ意味ないじゃん」、「自己満足で完結するなら、倉庫に閉まっとけよ」、と言う人も居ます。


耳が痛いです。


自身も創作の世界に足を踏み入れ、作品を世に送り出している身とすれば、このような意見を否定出来ません。むしろ、肯定気味のところもあります。


そんな、創作におけるジレンマについて、語らせてください。




そも、創作をするに至るには、文章にせよ、絵にせよ、それを好んだから、という背景があるのだと思います。


面白い漫画を読んだ、素晴らしい文章を読んだ、美しい絵を見た、心に響く歌を聴いた。


他にも言い表せない、表現しきれない感動があり、背景が生まれたと思います。


そして、いつしか受信するだけではなく、発信する側に回りたい、という欲が生まれ、創作に至ったのだと思います。


創作活動をしていく中で、作品を生み出すための労苦があり。反応を知りたくて送り出し、批評を受けるどころか、反応されずに打ちひし過れる。


そして、いつしか創作意欲が枯れ果て、創作自体を辞めてしまう。そんな人を何人も見て、知っています。


力不足、と言えば、そうなんでしょう。その通り、その作品に批評をしたい!と思わせるだけの力が無かった、と言われれば、何も言い返すことが出来ません。


批評を受けるための努力をしたのか?、と問われた際、Yesと答えられる人は、何人居たでしょうか?


作品に対するクオリティを上げるだけではなく、マーケティングにおいても全力を尽くしたのか?


文章、主に小説でいえば。


誤字脱字の修正。「てをには」の正しさ。適度な改行や空白。一人称と三人称の切り替えによる視点変更。句読点の位置。ルビの打ち方。


数え上げればキリが在りません。しかも、これは読んでくれる前提です。


そもそも読まれるために。


プラットフォームがPCかスマホか出版社かを意識しているか。投稿する時間に読者はいるのか調査したか。興味を引くタイトルになっているか。トレンドを汲み取っているか。


などのマーケティング要素を考慮する必要も出てきます。


昨今、少なくとも令和時代においては、娯楽があふれ、何をするにしても効率(パフォーマンス)重視になっていると思います。


それを鑑みると、作品のクオリティだけでは、批評を受けられない。厳しい言い方をすれば目に留まらず勝負にもならない、と言うことになるのです。




ここで、勘違いして欲しくないのですが。


私は、マーケティングは、作品を見てもらうための「手段」であり。マーケティングの傾向により創作するべきではない、と考えます。


まず、自身が創作したいモノがあり、そのクオリティを高めた上で、知ってもらうためにマーケティングに沿った戦略を立てて世に送り出す。そうあるべきだと考えます。


ですが、それで批評を受けられるか、賞賛されるか、と言われれば、否でしょう。残念ですが。


だって、創作の内容がニーズに一致しているとは、限らないのですから。


そこで、最初の言葉に戻るのです。「賞賛されてナンボでしょ?」と。


まず、マーケティングをしたうえで、求められているニーズ、トレンドを取り入れた上で創作する。


私に言わせれば、目的と手段が逆転している、と。


自身が創りたいモノではなく、世に求められているモノをこねくり回しているだけではないか、と。


自身の色が無いではないか、と。


もちろん、私の意見があるように、ニーズやトレンドを取り入れた創作をしている作者様にも意見があると思います。


「なんやかんや言うけど、それで批評貰えたの?」、「見て貰えて、読んで貰えて、感想貰ってから喋りなよ」、と言われたら何も言い返せません。


だって、それで結果が出ているのは、明白なのですから。


では、ニーズやトレンドを取り入れた創作を行えば良いのではないか。自身の色なぞ、読んで貰えた後に出していけばいいじゃないか。という意見もあると思います。


ですが、違うのです。少なくとも、私は違うのです。


ニーズやトレンドを重要視する必要があることを理解しつつも。自身の色を薄め、無味無臭に近い量産品の創作に走りたくはないのです。


自己満足と言われようと、努力不足と言われようと、自身の色で勝負をしたいのです。


そして、負けてしまうのであれば、全力を尽くして負けました!と胸を張って、誇りたいのです。




勝負事は勝ち負けに拘るべき。負けたら終わり。勝たなければ意味が無い。勝つことが全てだ。


現代においては、上記のように、様々な言葉が溢れています。


ともすれば、日常生活においても勝ち負けが発生し、日々疲弊に繋がっているでしょう。


そんな世知辛い暮らしを送る中、私たちが作り上げた創作により、一時でも心が安らげば。


例え批評を受けられなくても、心が軽くなれば。


創作(子供)を、世に送り出した価値はあるのではないでしょうか。


自己満足だろう、と言われれば、その通りです。


ですが、その自己満足を誇りに変え、私は創作を続けていきます。


願わくば、この創作に至る輪が、私と同じ作者様と、読者様を繋ぎ、優しい世界を作っていけたら良いなぁと考える次第であります。


長々とお付き合いいただき、有難う御座いました。


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