【勝手に考えてみた①】架空ゲームシリーズ「暇を持て余した神々の悪戯(いたずら)」
■タイトル
「暇を持て余した神々の悪戯」
■概要
2柱の神がいた。
1柱は創造を司り、1柱は破壊を司る。
創造の神が世界を創る。世界が発展し、停滞に至ると、破壊の神が世界を壊す。
壊された世界は発展した分だけエネルギーが増える。
増えたエネルギーを使用し、創造の神はまた新たに世界を創る。そして破壊の神が世界を壊す。
創造と破壊は、数えきれないほど繰り返された。
幾度目かの世界で、新たな生き物である、人間が生まれた。
ヒトは、今までの世界の生き物には無い動きをした。
喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。
そして、自身の手で何かを作り、壊す。
己が神であるかのように振る舞う。
創造の神と、破壊の神は、世界のヒトに夢中になる。
次は何をするのであろう、何を見せてくれるのだろうと、何を聞かせてくれるのであろうと。
やがて、世界は停滞に至る。
創造の神は言う。
―今すぐに壊そう。これほど優れた世界に至ったのだから、この世界のエネルギーを使えば、次はもっと優れた世界が作れるに違いない。
破壊の神は言う。
―もう少し様子を見よう。停滞には至ったが、これほどまで夢中になれた生き物は未だかつてない。壊すのは簡単だが、また同じような生き物が作れるとは限らない。
創造の神と破壊の神の考えが、初めて衝突する。
長い時間話し合った結果、創造の神、破壊の神はそれぞれ依り代を作り、世界へ送り込むことにした。
1年間の期限を設け、世界を旅させ、世界を破壊させるか、存続させるかを、依り代たちに選ばせる。
依り代たちが体験し、選択することで、世界が存続か、破壊か、決定する。
■ゲームシステム
プレイヤーは、創造の神、または破壊の神の依り代を操作し、世界の選択を行う。
どちらの依り代も、神の記憶は消されており、一般人としての記憶で行動する。
創造の神の依り代では、自己欲に塗れた人間の醜悪をこれでもかと体験し、世界は破壊すべきではないか?と思うようになる。
一方破壊の神の依り代では、人間の醜悪の中でも、自己を犠牲にしてでも相手を愛すという人間賛歌に触れ、世界は存続すべきでは?と思うようになる。
1年という時間を経て、邂逅した依り代たちが対決し、世界は破壊すべきか、存続すべきかを選択させる。
所謂マルチストーリーとして、創造神ルートでは人間の醜悪を体験させ、破壊神ルートでは人間賛歌を体験させる。
プレイヤーに対し、汚いところも、綺麗なところも、人間の両面を思いっきり体験させる。
■第三ルート解放
創造神ルート、破壊神ルートのそれぞれをクリアしたら、第三ルートを解放とする。
第三ルートで操作するのは、依り代ではなく、世界のヒトとする。
等身大のヒトが、依り代たちと共に行動し、時に共感、時に反発し、絆を深めていく。
1年後、依り代たちの対決時、破壊、創造とは異なる第三の選択に目覚める。
調停に目覚めたヒトは、依り代と力を合わせ、創造の神と破壊の神に立ち向かい、神からの自立を宣言する。
■神からの自立
2柱の神を打倒したことにより、世界は創造と破壊の理より脱却することになる。
だが、停滞に至った世界で、生き抜いていくことの難しさは、だれよりも理解していた。
困難に立ち向かい続けることこそが、人間の本質であるという締めで、第三ルートのエンディングになる。
■どんでん返し。
エンディングの途中で破壊の神と創造の神が涙を流しながら現れる。
口々に、
「感動した!良くやった!」
「キミたちには、もう何も言うことはない!」
と賛辞が贈られる。そして
「このノウハウを活かせば、もっとすごい世界が創れるんじゃない?」
「よし、すぐやろう、今やろう。ワクワクするなんて、いつぶりだろう?」
と言って、去ろうとする。去り際に、
「あ、この世界はキミたちのだよ」
「もう私たちは何もしないから、安心してね」
と言って姿を消す。
自身たちが死力を尽くして打倒したのは、力を抑えた神たちのバックアップ体であったことがわかる。
世界が破壊されず、自身たちに犠牲も出ず、望んだ結果を得られたのだが、神たちの手のひらで遊ばれていたと思うと、もやもやが消えない。
もやもやを遺したまま、エンディングが再開される。
■おまけ要素
エンディング後、
『クリアデータを保存しますか?保存するとマスクデータが解放され、最終決戦時の2柱の神の反応がスワイプで表示されます』
とメッセージが表示される。
保存して最終決戦に挑むと、スワイプされた神の反応が戦闘内容に応じて表示される。
また、プレイヤーの行動により神たちがコメントする。
この機能により、死闘を演じた最終決戦が、神たちのエンターテインメントであったことがわかり、脱力する。
が、コメント機能実装が本領発揮するのはこれから。
装備した内容、および行動内容により、神のコメントが変化する。
装備する内容が最終決戦に相応しければ、「よしよし、バランス良いよ」という肯定的なコメントになるが、
見合っていなければ「いやいや、そんな装備じゃヤバいって!」といった否定的なコメントになる。
もし隠し装備などで挑んでいれば、「よくぞ見つけてくれた!」といって喜び、初期装備で挑んでいれば、「ちょちょちょ!何考えているの!マズいってば!」と本気で焦る。
このように、神々の悪戯で遊ばれていたプレイヤーが、今度は神々に対して悪戯を仕掛けるということが出来るようになる。
■タイトル回収
神々の悪戯は、2柱の神だけではなく、プレイヤー自身も神となりゲーム内の神に対して悪戯をする、という意味であった。
■執筆裏話
妄想全開です。内容について語り合えたら嬉しいです。




