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第九十四話 禁術

保健室。


エルシアとの決闘から数十分後。


扉が静かに開いた。


「戻りました」


何事もなかったかのような表情でフィリアが部屋へ入ってくる。


制服には多少の埃が付いている程度。


息一つ乱れていない。


しかし。


保健室にいた全員は黙っていた。


言葉にしなくても分かる。


先程まで。


外から何度も轟音が響いていた。


窓ガラスが震え。


床まで揺れるほどの激しい戦闘音。


誰が戦っていたのか。


今となっては聞くまでもない。


エリナも何も聞かなかった。


ただ静かにフィリアを見る。


フィリアも何も語らない。


やがて。


部屋を出る直前。


フィリアは振り返り、小さく微笑んだ。


「エリナ」


「はい」


「頑張りなさい」


それだけ言い残し。


静かに保健室を後にした。


部屋へ静寂が戻る。


最初に口を開いたのはリリアンだった。


「ねぇ、エリナ」


「はい?」


「フィリアさんって、一体何者なの?」


ソフィアも興味津々といった様子で頷く。


「学園長と互角以上に戦うなんて、普通じゃないわよ」


マリアも苦笑する。


「あれだけ強い人、初めて見たわ」


エリナは少しだけ考え。


静かに答えた。


「フィリアさんは……元勇者パーティーの一人です」


三人は同時に固まった。


「えぇぇぇぇぇっ!?」


保健室へ悲鳴が響く。


エリナは苦笑した。


「参謀兼魔法使いを担当していたそうです」


「現在は世界冒険者ギルド総マスターの右腕で、参謀総長を務めています」


「それと」


少し照れ臭そうに笑う。


「私の師匠でもあります」


三人は顔を見合わせた。


「なるほど……」


「だから、あんなに強いんだ」


「納得したわ……」


◇◇◇


冒険者ギルド。


受付ではミサがいつものように事務仕事を片付けていた。


コンコン。


「ミサ」


「ん?」


フィリアだった。


「少し話があります」


「珍しいわね」


ミサは書類を片付けると、フィリアと共に応接室へ入る。


扉を閉める。


フィリアは確認するように周囲を見回した。


そして。


パチン。


指を鳴らす。


淡い光が部屋全体を包み込む。


防音魔法。


外へ一切音が漏れなくなる。


それを確認してから。


フィリアは本題へ入った。


「エリナが、あなたの術式を解きました」


ミサはペンを置く。


「へぇ〜」


驚きは。


あまり無かった。


フィリアは苦笑する。


「もっと驚くかと思いました」


「いつかは誰かが解くと思ってたもの」


ミサは肩を竦めた。


「それで?」


フィリアは真剣な表情になる。


「私が危惧しているのは別です」


部屋が静まり返る。


「勇者術式は世界中へ公開されています。ですが、あなたの術式だけは暗号化されている。だから今まで誰も使えなかった。ですが……」


フィリアは静かにミサを見る。


「エリナは、その暗号を解いてしまいました」


その意味は大きい。


一人解けたなら。


二人目も現れる。


三人目も。


やがて世界中へ広まる可能性すらある。


しかし。


ミサは落ち着いていた。


「ああ、そのこと?大丈夫よ。大半は現存する魔法だから問題ないわ」


フィリアは首を傾げる。


「現存する魔法?」


「そう」


ミサは頷いた。


「実際に私が新しく作った魔法なんて、十個か二十個ぐらいしかないもの。それ以外は、既存魔法を少し効率化した程度よ」


そして。


少し笑う。


「それに、本当に危険な魔法は絶対に解けないようにしてあるから」


フィリアは眉をひそめた。


「解けてしまった以上、それは無理でしょう?」


ミサはにやりと笑う。


「そう?」


机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。


「じゃあ、これを解いてみなよ」


フィリアは受け取る。


そこには。


20 08 21 14 04 05 18 00 20 08 18 15 23


見覚えのある数字が並んでいた。


ミサはもう一枚紙を差し出す。


「ちなみに、エリナへ渡した暗号の鍵はこれね」


フィリアは鍵へ目を通す。


アルファベット。


数字。


規則。


なるほど。


これなら。


エリナが解けた理由も理解できる。


「そして」


ミサは最後の一枚を机へ置いた。


「これが私自ら禁術指定した術式」


13812 20480 20043 20099 1 1907 1907 20480 20043 20480 13406 1 2568 1204 12884 9288


フィリアはその数字列を見る。


そして。


鍵と照らし合わせる。


「………………」


沈黙。


もう一度見る。


さらに見直す。


何度読み返しても。


意味が繋がらない。


単語にならない。


文章ですらない。


「……何これ」


思わず本音が漏れた。


ミサは笑う。


「でしょう?」


フィリアはようやく気付く。


これは。


暗号ではない。


暗号の前提そのものが違う。


エリナが解いた術式は。


"英語を数字へ置き換えたもの"


だった。


だが。


目の前の数字列は。


その規則では。


最初の一文字すら成立しない。


フィリアはゆっくりと紙から顔を上げる。


「……なるほど」


ようやく理解した。


「これは」


「誰にも解けませんね」


ミサは静かに頷いた。


「そういうこと。本当に危険な術式だけは、最初から別の暗号体系で管理してあるの。だから、エリナでも絶対に辿り着けないわ」


部屋には。


静かな沈黙だけが流れていた。


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