第七十七話 学園長
静まり返った演習場へ、土煙だけがゆっくりと舞っていた。
誰も口を開かない。
誰も動けない。
五対一。
誰もがライナーたちの勝利を疑わなかった。
それが、終わってみれば。
立っているのは、エリナただ一人。
「…………」
審判を務めていたバルト教師は、しばらく言葉を失っていた。
視線の先では。
ライナーを含めた五人が、仲良く気絶して転がっている。
反則ではない。
不正でもない。
決闘は最後まで正式な手順で行われた。
魔法を使用していた。
決闘規則にも、『近接戦闘を禁ずる』
そのような一文は存在しない。
つまり、エリナは規則を一つも破っていなかった。
バルト教師は小さく息を吐く。
(……致し方ありませんか)
本音を言えば面白くない。
エリナを敗北させる。
その為に、ライナーたち五人を用意した。
多少強引ではあったが、多人数戦へ変更までした。
それでも、敗れた。
それはライナーたちの実力不足でしかない。
(全く……折角ここまでお膳立てしてやったというのに)
胸の奥で苛立ちが込み上げる。
だが、教師として、審判として、私情を挟む訳にはいかなかった。
バルト教師は静かに右手を上げる。
「勝者――」
僅かな間を置き。
「エリナ・フォン・ラウル」
静まり返った演習場へ、バルト教師の声だけが響く。
しかし。
歓声は起こらなかった。
代わりに聞こえてきたのは、小さなざわめきだった。
「……勝ったのか」
「勝ちは勝ちだが」
「何だ、あの戦い方は」
「魔法使いでしょう?」
「近接戦闘なんて……」
「あれでは野蛮人ではありませんか」
「あんなの冒険者の戦い方だ」
「魔法学園でやる戦いじゃない」
「品がありませんわ」
貴族の子息や令嬢たちは、露骨に顔をしかめる。
魔法で競い合う。
それが魔法使い。
それが貴族。
幼い頃からそう教育されてきた彼らにとって、拳や蹴りを交える戦いは理解できるものではなかった。
「魔法使いなら、最後まで魔法だけで勝負するべきでしょう」
「近付いて殴るなんて……」
「冒険者ならともかく」
「ラウル家も落ちたものですわ」
教師席でも似たような空気が流れていた。
「決闘規則違反ではない」
「だが……」
「美しい戦い方ではありませんね」
「魔法学園の生徒としては、不適切でしょう」
バルト教師も腕を組み、小さく頷く。
(勝敗に異論はない)
(しかし)
(あれを学園の模範にはしたくないな)
演習場の中央。
エリナだけは周囲の反応を気にする様子もなく、静かに一礼した。
勝つために戦った。
ただ、それだけだった
◇◇◇
同じ頃。
学園本館最上階。
学園長室。
一人の女性が静かに水晶へ映し出された映像を見つめていた。
王立ヴァルディア魔法学園学園長。
リシェル・フォン・アルトリア。
年齢は四十代半ば。
長い銀髪を一つにまとめ、知性を感じさせる穏やかな瞳を持つ女性だった。
彼女の前に置かれた大型水晶には、先程まで行われていた決闘が映し出されている。
ライトニングランス。
魔法の切断。
中位魔法の受け流し。
そして、最後の瞬歩。
その全てを、リシェルは無言で見届けていた。
「…………」
やがて映像が消える。
それでも、リシェルは考え込んだまま動かない。
「似ていますね……」
ぽつりと呟く。
魔法使いにも関わらず、近接戦闘を主体とする戦い方。
その異質さ。
そして、魔法を常識に囚われず扱う発想。
その姿に、一人の人物が重なって見えた。
「フィリア……」
エルフの里を追放された天才エルフ。
現在は世界冒険者ギルド総マスター直属。
参謀総長。
Sランク冒険者。
フィリア・エルフェルト。
彼女もまた、魔法使いでありながら、接近戦を躊躇しない珍しい戦闘スタイルを持っていた。
もっとも、あそこまで徹底してはいなかった。
リシェルは腕を組む。
「偶然……でしょうか」
そう口にはした。
しかし、胸の奥では、それだけでは片付けられない違和感が静かに膨らみ始めていた。
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