第75話 新世界
世界が揺れる
ユグドラシルの古い皮がきしむ
その圧力に、爽太は立ち止まってしまった
ユグドラシルの叫びが脳を貫く
隣で雪乃がよろめいた
胸 が 締めつけら れる
ここは?
教室 机 中学校
担任教師の 声が 聞こえる
「お前は駄目な生徒だ」
視界が 揺れる
「この 知能指数で 並みの成績 とは」
「怠けて 私たちを 馬鹿にして いるんだろう」
「お前のような 人間を 私は 一番 軽蔑する」
ちがう そんなこと 知らなかった
クラスの者たちの目が 意地悪く 変わる
足が 動か ない
逃げたい 潰される
この 気持ち もう
いやだ
いや...違う
担任の あの 目
気味悪がっていた
恐れていた 目 だったんだ
雪乃が息を呑む。
「お前は黙って従えばいい」父の声
見下ろす 冷たい目
体が硬くなる
「雪乃 お前を見損なった」
身体が震える
ごめんなさい もっと 頑張る から
「しね・・・」
世界が揺れる
死んだのは お父さん だった
海外の赴任先 で テロに 巻き込ま れた
葬儀 で 親戚の叔母さんが 言った
「この子 父親が死んでも泣かないの 冷たい娘だ」
ごめん な さ い
ユグドラシルの古い皮が荒れ狂う
死を恐れている
剥がれ落ちることを拒み
世界を巻き込み暴れている
古い枝がきしみ ざわめく
たすけて・・・くるしい・・・
雪乃にはそう聞こえた
私と同じね...
雪乃はユグドラシルを見上げた
きっとユグドラシルは泣いている
隣に立つ 雪乃の細い指が、俺の手をギュッと握る
温かい
隣に寄り添ってくれる人がいる
手を握ってくれている
この事が、こんなに心強くて、嬉しいなんて
これでもう充分だ
ありがとう......
雪乃が俺を見る
初めて真っ直ぐに見つめ合った
柔らかな微笑み
ゆっくりと雪乃がうなずいた
そして、その目に涙が溢れ
こぼれ落ちた
俺たちは前を見た
行こう......
ユグドラシルから、悲鳴のような高音が響き渡り、大気を切り裂く
枝が暴れ、枯れた無数の葉が、黒い吹雪となって吹き荒ぶ
世界は地響きを立てて 崩れようとしている
それでも歩く
ユグドラシルは二人を退けようともがき
そして二人にすがった
トールが見ている
ロキが立っている
驚き 目を見開く
そして
目を細めた
静かな微笑み
二人は幹に辿り着いた
黒く硬いユグドラシルの古い皮
腐った匂い 深い裂け目
世界の痛みが溢れ出ていく
風が止み 枝がおとなしくなり 森が静まる
一瞬 世界が息を止めた
雪乃が 古い樹皮に 手を伸ばした
震えている樹皮 ほのかに温かい
「苦しかったんだね」雪乃が小さくつぶやき、手をそっと黒い樹皮に当てた
その手に爽太が手を添える
パキ......
幹の奥から小さな音が響いた
そして...
ゴゴゴゴゴオオオォォォォォ!!
ユグドラシルの分厚い古い皮が裂け始めた
巨大な音が天空を震わす
森が揺れ 海がとぐろを巻く
古い皮が、ゆっくりと 剥がれ 落ちる
山のように大きな 硬く黒い 皮が
バラバラと 大地に 降り注ぎ
やがて 全てが 静かになった
古い皮が剥げ落ち むき出しとなった 若い幹
若々しい樹皮が 緑色に輝く
枝が伸び 葉が萌える。
ユグドラシルが 新しい呼吸を 始めた
世界が、静かに 息をつく
爽太が横を見る。
雪乃がいる。
二人は見つめ合い微笑む。
そのままユグドラシルの根元に座る。
体の力が抜ける。
二人はそのまま眠りに落ちた。
手は、しっかりと握られている。
そのすぐ側では、土を押し上げて、
ユグドラシルの若い芽が顔を出している。
荒れ果てた大地にも若い草が芽生えている。
彼方ではヤギたちが跳ねている。
レスクヴァがいる。シャールヴィがいる。フレイヤが微笑む。
トールが歩み寄り、
肩からマントを外し、二人にそっとかけた。
小川にサラサラと流れる水
透き通っている
いつしか村の水も、黒くおかされていたのに
「あら...」小さく息を吐く
赤いほっぺたのおかみさんが、じっと水を見つめる
そして、顔を上げると
山の彼方、空の色に馴染むような遠くに
巨木のシルエットが美しく輝いている
世界樹ユグドラシル...
森の中のあばら家
老ヨッツンが外に出る
鼻を鳴らし、空気を吸いこむ
匂いが違う...
森を見ると葉が若々しく光っている
老ヨッツンが、空を見上げる
遠くの空
大きく枝を広げたユグドラシルが若い緑色に輝いている
「ほぉ...あんな大きなが木があったとは」
巨人の城ウトガルド
巨人の王が立っている
硬い木彫りの彫刻のような顔が空を見る
ユグドラシルが光っている
空を突き抜けるように枝を広げ
「おぉ......世界が...」
大海では巨大な蛇ヨルムンガンドが
世界をぐるりと取り巻いている
目を細めて眠たそうだ
風が吹く。
ユグドラシルの若葉が静かに鳴る。
トールのマントに包まれて、二人は風の粒子のように輝きながら消えていった...




