表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『余命三百六十四日の魔物です。』(連載版)  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話 それは、渡せるかもしれない

第五話です。

 寿命は、静かに減っていた。


【寿命:残り343日】


 洞窟の天井から落ちる水滴を、数える気にもならなくなってきた。

 減る理由は、もう分かっている。

 生きて、動いて、考えていれば、減る。


 問題は、

 増えるときの理屈が、いまだに掴めないことだ。


 誰かを助ければいいわけでもない。

 自分を犠牲にすればいいわけでもない。

 選んだ結果が、たまたま“増えた”こともある。


 運か。

 いや、それだけではない。


 俺は、洞窟の外へ出た。


【寿命:残り342日】


 もう、この一日の減少にいちいち驚かなくなっている。

 それが、少し怖い。



 森の中で、奇妙な集まりを見つけた。


 人間だ。

 だが、冒険者ではない。


 剣も鎧もない。

 代わりに、杖や本を持っている。


 祈っているようにも、議論しているようにも見える。


 俺は、距離を取って様子を窺った。


「……時間は、移ろうものだ」

「だが、奪えるなら話は別だ」

「奪うのではない。受け取るのだ」


 不穏な言葉が聞こえた。


 時間。

 奪う。

 受け取る。


 俺の身体が、無意識に強張る。


 そのとき、一人の老人が、倒れた。


「っ……!」


 周囲がざわつく。


「まずい、持たないぞ」

「まだ儀式は途中だ」


 老人は、息も絶え絶えだ。

 明らかに、寿命が近い。


 ――もし、俺が見えている数字が正しければ、

 この人間の寿命は、今、ほとんど残っていない。


 だが、人間たちは、慌てていない。


「……時間を、分ける」


 一人の若い女が前に出た。


「私が、少し渡します」


 俺は、息を呑んだ。


 渡す?


 女は、老人の額に手を当てる。


 次の瞬間――

 空気が、歪んだ。


 俺の目にだけ、

 はっきりと見えた。


 女の頭上から、

 何かが流れ出し、

 老人へと、落ちていく。


【???】


 文字は、表示されなかった。

 だが、確実に、移動した。


 老人の呼吸が、少しだけ安定する。


「……成功だ」

「ほんの数日分だが」


 女は、ふらついた。


「大丈夫か」

「ええ……少し、重いだけ」


 重い。


 時間が、重い。


 その感覚が、

 なぜか、俺には理解できた。


【寿命:残り342日】


 俺の数字は、動かない。

 だが、胸の奥が、ざわついている。



 彼らは、いわゆる宗教者らしかった。


 寿命を「時間の器」と呼び、

 分け与えることを、救済だと考えている。


「全員が少しずつ渡せば、

 一人は長く生きられる」


 その理屈は、

 どこかで聞いたことがある。


 助け合い。

 連帯。

 多数決。


 だが、俺は思った。


 それは、本当に“渡している”のか?


 それとも――

 奪われているだけなのか?


 俺は、岩陰から、動けずにいた。


 関われば、寿命が減る。

 だが、関わらなければ、

 この事実を知らないままになる。


 老人が、目を開けた。


「……ありがとう」


 その声は、弱い。

 だが、生きている。


 女は、微笑んだ。


 その微笑みが、

 なぜか、少しだけ、怖かった。



 集団が去ったあと、

 俺はその場に残された石を見た。


 儀式に使われたものだろう。

 触れれば、何か分かる気がした。


 だが、同時に、

 触れてはいけない気もした。


 俺は、前足を伸ばしかけて、止めた。


【寿命:残り342日】


 変わらない。


 ――まだ、触る時じゃない。


 洞窟へ戻る道すがら、

 俺は考え続けていた。


 もし、寿命が渡せるなら。

 もし、寿命を分けられるなら。


 それは、

 希望なのか。

 それとも、

 新しい地獄なのか。


 洞窟に戻り、

 苔を少しだけ食べる。


【寿命:残り341日】


 一日減る。


 いつも通り。


 だが、今日は、

 その減少が、

 いつもより重く感じられた。


 俺は、頭上の数字を見上げて、思った。


 ――もし、この数字を、

 誰かに渡せるとしたら。


 そのとき、

 俺は、何を選ぶだろう。


 答えは、まだ出ない。


 だが、

 選択肢は、確実に増えてしまった。


誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ