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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第一章
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城主の帰還

 夏の中頃、ヴェツアークの王であり、自分が送られた城の主であるジョルジュが、マニシッサ河に置かれている宿営地から戻る。

 長く黒い髪の毛を後ろで軽く縛り、血色の良い面長の顔に、口髭を残して綺麗に剃られているその姿だが、小奇麗な顔に似合わず、着込んでいる武具は泥で汚れ、外套には乾いて変色した血の跡が見えた。

 城主とその後ろに従う騎士たちの姿は、激戦を終えた様に見えるものの、後ろに控える従者が牽く騎馬に傷も血も付着しておらず、それどころか泥すら付いていないのを見れば、ジョルジュが国民の支持を集めるために、魔王の軍勢と立派に戦う姿を演出したのだと理解する。


 それもそうだ、ライオネルとの戦いは既に十年を越えており、当初の様に家族と共に、宮廷そのものが移動する事はなく、王都でも王の帰還が祝われる事はなく、城で雇われている者達の挨拶が終わると、皆は直ぐに通常の業務に戻り、城下でも王の帰還を祝う歌が微かに聞こえていたが、翌日には喧騒と雑踏のみとなった。


 ジョルジュにとっての日常も始まり、彼は翌日の昼から庭に使用人を集めると、自らの手で集まった者達に歯の治療を行う、彼はこの治療行為がとても楽しいらしく、穴が開いているだけで殆ど痛みのない歯には、何を素にして作られたか判らない丸薬を埋め込み、痛みが酷い者に対しては酒を飲ませた上で椅子に縛り付け、まるで拷問具の様な器具で口を固定し、大きな鋏を使い虫歯を抜き取っていた。

 次の日には城下町に下りて、病人を探しては歯の治療を行っているらしく、冬の時期になると、この治療を二十日の周期で実施しており、医者に行く金がない者にとても好評で、患者が列をなして治療の順番を待っているという。

 自分も抜けそうな乳歯の存在に勘付かれてしまい、大きな袋に自分の歯が入れられるのを見た。


 この城主は色々なものに興味があるらしく、過去には自国が海に面していない上に、マニシッサ河にも浮かべられない程の大型船の造船を命じており、各国から船大工を集めると、彼らに交じって自分で木材を切り、現場を取り仕切るなど職人と共に汗を流したそうだ。

 造った船を浮かべる池を造り、その池と運河を繋げる計画も練っていたらしいが、余りにも大規模な工事と、完成後の維持費を家令に見せつけられたので断念した、その様な話も聞いた。

 変わっているとの印象しか持てないが、嫌味な人物ではなく国民からの受けは良く、同じ小屋で暮らしている奴隷や雇われの使用人も王の悪口を言う事はなかった。


 夏が過ぎた頃、自分を含む下級の使用人が詰めている小屋に家令が来る、彼は丸焼きにされた鳥が置かれた大きな盆を持っており、自分に小刀を差し出して「切り取れ」と命じる、どういった意図なのか判らないが、取り敢えず差し出された小刀を手に持ち、其々の部位毎に切り分ける。

「もっと細かく綺麗に」

 そう言われ、幽閉されて以降エリザが切り分けていた様子を思い出しながら、肉を小さく食べ易い大きさに切り揃える、自分の作業を見ていた彼は満足そうに頷き、荷物纏めておく様に言うと去って行った。

 その日の夜、何時もは自分を馬鹿にしてくる同室の連中が、何故だかとても悲しそうな眼差しを自分に向けて来るのに気が付く、どうしてその様な顔をしているのか不安になるが尋ねる事はしなかった。


 翌朝に案内されたのは、城の内部を専門とする使用人の館であった、老使用人が急死してしまったのでその後任を命じられたのだ。


 今まで寝泊まりしていた場所は、城よりも城壁や兵舎に近く、離れに住む兵卒の雑用及び城外の環境整備を任されていたので、雇い主から信用されていないと感じていたが、ようやく王やその家族の世話をするまでに信頼され、寝泊りする場所も王の私的空間になるのかと思っていたが、それは違った。

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