崩壊・前
王の中の王であり人類の第一人者であるレムリニアス王の亡き後、各地で力を蓄えていた彼の子供達はお互いを侮り、己こそが玉座に相応しいと争う。
半神半人を親に持つ者達の戦いにより、豪華絢爛な都市は破壊され、それと共に数百年とも数千年と云われる長い期間を要して育まれた文明は消え去る。
世代を重ねる毎に父から受け継いだ神性を失い、政略により血統を分散させてしまったことで、力を蓄えた有力者と王の直系との間を隔てるのは才能のみとなり、何時しかレムリニアスの名よりも氏族名が王家を表すようになる。
レムリニアスの生まれ変わりとされるアービエル・ネイによって、神性も才能も失い血統しか拠所しかない者達が権力を握る時代は終わり、世界はパルミュラ王ライオネル・ネイ・ベイルの物となる。
パルミュラ王ライオネルの寛容により、諸王の所有物だった多くの土地が国民に解放されると共に、農奴の様に人が土地に縛り付けられる事が禁じられ、徒弟制度や親方の権限が制限される事で、村の隅で貧しく生きるか犯罪者になるしかなかった次男や都市の中で有産階級に雇われるしか生きる術がなかった無産階級の若者は希望を与えられ、自らの努力で森を開拓して土地を所有したり、自らの才覚を頼りに都市で商いを始めたりした。
裁判でも地方の有力者による私刑は禁じられると、全ての国民は裁判を三度受ける権利が与えられ、ライオネルとアービエルが最高裁判官となって各地を巡回して回った。
その判決も鉱山での強制労働や鞭打ち等の死を伴う罰は少なくなり、罰金や投獄が主流となる。
囚人の食費は国費で賄われると共に、一族の独占状態だった獄吏の職が民間に開放された。
酒を共に飲んではならない、結婚をしてはならない、その者達の仕事道具を触った者は穢れる等々、獄吏、刑吏、皮鞣し職人等、死に携わる者に対する差別と慣習による法は排除され、一市民と同じ様に王の下に平等に扱われる様になる。
徳と公正を求める温和な性格のライオネルと、残忍で疑り深いのに無欲なアービエル、この二つの頭を持つパルミュラ帝国は、その広大な土地と国民を管理するために巨大な官僚機構を持っていたが、その誰もが無法を行うかつての有力者を憎み、法に従う自らの行いを誉れ高いことと思い生きていた。
治安維持や建設のために一個軍団六千から一個大隊六百余が各地に駐屯させられるが、時が経ち景気と治安が軍団兵を頼りにする必要がない位に安定すると、給料の引き上げや退役後に与えられる恩恵を示されても若者にとって兵士は憧れの職業ではなくなり、軍団はその数を次第に減らしてゆくしかなかった。
アービエルが姿を消した後、退役した軍団兵で構成された予備軍も数が少なくなり、属州長官は己の権限で招集することができる補助軍を使い、治安維持と暴動に対処するが、この軍勢は市域内外の集落の住民まで登録されているので、集めるのに時間が掛かる上に、暴徒と心を同じにして命令に背く事が多々あった。
この補助軍の戦力低下を防ぐために、属州長官はアービエルが一度行った前例を基にして、悪意からではないが、任期の延長と恣意的な選抜を行うことで事態の変化に対応してしまう。
帝国全体が纏まりを無くしつつあるが、それでも定められた法を大きく変える程に王の権威は失われていない。
しかし、発展から停滞に移り変わり今までの法律が通用しなくなり始めると、都市を管理する長官たちは法律の解釈を変えて対応するが、これにより社会全体の規律は緩み、力を持つ有力者が王の名の下に無法を行うのを止めることができなくなる。
人間は彼らのことを魔獣の王の配下、もしくは堕落した妖精たちと呼び、恐れ関わることを拒んだ。
彼らが魔の森と呼ばれる森で暮らしていた時、いわゆる裏年が続いた年には木の皮や根を食べては冬を耐え、春になる前に多くが痩せ細っては衰弱して力を失い、これが回復する頃には次の冬が来る。
数年の間隔で木の実と動物が多く獲れる時期が来ると、彼らの間にも多くの子供が生まれるが、成長した子供の食糧を補う事ができず、多くの幼子が冬には死んでしまう。そんな貧しい生活を続けていた。
誰も確認したことがなかったが、彼らの間には、東に在るマニシッサ河の向こうには、常に果実と作物が実り、蜂蜜の流れる川が存在すると信じられていた。
しかし、その地に向かおうとする者は多くない、何故ならば彼らは恐れていたから、対岸に見えている自分達には作る事のできない建物に加えて、その建物に住む光り輝く体に六本の手足を持つ生物がこちらを睨みつけていたからだ。
彼らは子供達を寝かしつける際に話す物語に、恐れ知らずの同胞が河を渉ろうとしたが、渉る前に建物から巨大な槍の雨により河は血に染まり、生き延びた者も前進すれば六本腕の怪物によって切り刻まれるという内容の物がある。
狼に似た頭部は蛇の鱗で覆われ人間に似た巨躯を持つ彼は、大将軍アービエルが率いた軍団の中にいた。初めは小さな盾と槍を持ち騎馬に挑むだけだったが、やがて盾を構え隊伍を保つ事を憶えた彼は、六百名を指揮する大隊長の地位を与えられる。
彼ら魔獣の軍団兵は、剣と盾を持つために爪は短く削り、筋肉が付き過ぎると鎧が着込めなくなるので、早朝の訓練もそこそこに終わるが、人間の軍団兵とは違い余暇に賭け事に興じることはなく、余った時間で文字を覚えては本を読んでいた。その甲斐あってか、人間の行動を憶えているというだけだったが、同族の中では人間の気持ちを理解できる方だった。
世界がパルミュラ王の許に統一された後、各軍団は各地に移動を命じられる、彼とその大隊も同じ様に小さなある集落に駐屯する様に指令が下った。
初めの年は、周辺の都市と集落を繋げるために、森の中の道を切り開いては砂利敷き詰め、街道が完成すれば、周辺の森に巣くう無法者を追い出すだけの仕事を与えられた。
数年に一度巡回裁判で立ち寄るアービエルにより、陣営を囲う木の柵は石の壁になり、天幕は兵舎になり住み心地が良くなると、駐屯地が寄生する小さな集落の変化に気が付く、大隊よりも少なかった集落の人口は三倍に膨れ、周辺の森は小麦の実った畑になっており、十数年後には集落は都市となり、人々の賑わいが彼らの駐屯地にまで届くほどになっていたのだった。




