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第一人者  作者: 近衛 キイチ
最終章
59/63

大広間

 アービエルは使用人達の居住区と城主の私的空間を繋ぐあの頑丈そうな扉をもう一度通ると、今度は城の中を通る回廊へ歩を進める。

 陽の光が射し込む場所も在るが、鎧戸が閉じられた城の中は薄暗く、雨漏りによる腐敗で息をするのも辛いが、足音を立てずに歩いている私には目もくれずに、アービエルはわざと城の全体に響かせる様に靴の踵で大理石の床を鳴らしていた、だが誰かが私達を掴まえ様とやって来ることも騒めきが聞こえて来ることもなく、虚しく床を踏み鳴らす音が響くだけだった。


 このまま外に出るのかと思える位に城の奥へと進んでいると、部屋というには大きすぎる空間に出る。

 床には酒が入っていたと思われる瓶が割れて散乱しており、角や脚に彫りが施してある長机、詰め物が飛び出して綿が散乱する長椅子や、足が壊れて傾いている椅子が四つばかり並んでいる。室内のどれにも埃が積もっているが、乱雑に配置している訳ではなく、角が揃えられていることから清掃を行った直後に使われなくなったと考える。


 そして、私たちが今入ってきた入り口を加えて、四方の壁には出入り口が在るものの、私達が入ってきた扉とそれに対面する扉は質素な作りの物で、巨大で豪勢な扉と対面する出入り口には扉はなく、この城から出るにはあの扉のない出入り口に向かえば良いと想像し、そちらに向かい走り出したい衝動を押さえて、室内を観察する。


 壁紙は濁っているが金箔か何かで所々細工が施してあり、視線を上方にやると、天井の下あたりの壁に小窓が一つ在る、それは明り取りの窓とは別のもので、誰かがこちらをのぞき込んでいる様な気持ち悪さがあり、そこを見ているとアービエルが応える。

「この部屋で待たされる要人を覗き見るための窓だ。

 ここで待たされる相手を観察し、王自身が相手をするのか、それとも家令以下が相手をするかを決める。大抵は家令の執務室に通され落胆するが、次の際には大広間を通り、王の私的空間にある謁見の間に通されるかと期待するが、再び大広間で家令が立ちふさがれて王に会うことは出来ない、家令程度までならば買収などの根回しで済むから、殆ど意味のない装置だが、会えない思っていた大広間に王が居たら膝を折る早さも上がるものだろう、人というのは意外な事が起きると浮足立つものだからな」



 大広間へと続く扉、それは片側だけでも売れば大金が手に入りそうな扉で、一人で開けるための扉ではなく、衛士か何かに開閉してもらうための扉なのだろう、その位の大きさと重さが有る様に見えるのだが、アービエルは話を終えると、剣を鞘から引き抜くと扉に向けて左右に軽く振った、その動作に力強さという物は感じられなかったのに、扉は焼き菓子の様に切り刻まれ崩れ落ちる。


 扉の先に続く回廊は今まで通って来た回廊よりも広かった。

 十名が横に並んでもまだ余裕があるほどの広さを持ち、壁の漆喰は色あせて剥がれてしまっているが、壁や石柱に埋め込まれ所々に使われている色石や金はまだ輝きを放ち、床の絨毯は雨漏りにより腐りすり減っているが、元は金糸で縁取りがされ様々な色糸を使い織られている、精巧に造られた彫刻が通る人を歓迎するかの様に立ち並ぶ、それらは今まで飾られていた品々が、出来の悪い模造品であるかのように感じさせる。


 これらに光を当てたならば豪勢な景色を見る事ができただろう、そう思い全ての鎧戸を開けてみたいという欲求に駆られるが、長い回廊を黙り込んで歩き続ける。

 目の前を歩いている男が何者なのか、今どこに行こうとしているのか、凡その見当は付いている。

 そしてそれを考えると吐き気と震えが止まらない、回廊の奥まで歩くと大きな扉が道を塞いでいる、先ほどと同じ様にアービエルは剣を振り目前の扉を破壊する。

 そこは大広間だった。


 巨大な大広間だ、地方に住む小貴族の屋敷が一つ入りそうな位に大きなものだ。

 天井は天辺に向かいなだらかな弧を描き、その途中には左右に三つの天窓が付けられ、他にも見る事ができないが幾つもの明り取りが備えられている様で天井に反射した光が大広間を照らす。

 しかし、雨水を貯め込むために床に埋め込まれた水瓶の排水が悪い様で、天窓から落ちる雨水が溢れ周囲の絨毯が腐り惨めな姿を晒す、これだけ明かりがあるので空気は清潔なのかと思うが、悪臭とも呼べない重たく暗い気分にさせる何かが漂っていた。


 アービエルは私が気にする全てを無視し、目の前の三段ばかり高い壇上に置かれた黄金に輝く椅子に座る男の向かい歩く、右手には抜き身の剣を持ち、左手は固く拳を握り、胸を反り堂々と歩く、まるで自分が格上の存在であるかの様に。


 魔王ライオネルの姿は伝えられているものとは違い、むき出しの右半分の顔は反対側と同じ様に眉目が整い鼻筋は通り肌の色も人間のそれと同じ、肘掛けに置いている腕から生える右手も人間の物である、彼はライオネルではないのか、魔王に魂を売り渡した代わりに右半分を奪われたのではなかったのか、金糸で縁どられた真紅の外套や黄金に輝く鎧は堂々としており、切り揃えられた髪と口髭にその顔立ちは信用する事ができる人間である様に思えた。


「それが貴方の本来の顔か、いい顔ではないか、こうやって見ているとシーダ家の兄弟に少し似ているな、やはり親類ということか」

 この世界を支配する王に対して、アービエルは軽い口調で話し掛ける。

「それにしてもどうやって治した、精霊にでも顔を作り替えももらったか。

 しかし、あの顔のまま生きて行くと言っていたあの時の決意は何処にやってしまった」

 アービエル・ネイ・レムリニアスはパルミュラ王に語り掛ける、しかし、返事は帰っては来ない。暫くの沈黙が大広間に漂った後、予言の者が再び口を開く。

「何年無駄にしたのかな、お互いに同じ事を考えていたのかな、もしそうであるならば、こんなにも嬉しいことはない、それとも俺だけが期待していただけなのかな」

 アービエルは私には理解できないことを言う、恐らくパルミュラ王との間に何かがあったのだろう。

 

「ライオネル・ネイ・ベイル、お前はまだそこに存在しているんだろう、もう一度始めからやり直そう。

 完全に打ち解けた訳ではないが、奴とは話を付けた、もう二度とあの時と同じ過ちは繰り返さない、だから大丈夫だ」

 冷静であろうと軽薄な口調に努めていたアービエルだが、耐え切れずに叫び声に似た声色でパルミュラ王に訴えかける。


 誰と何を打ち解けたのか、彼はただ牢獄の中で独りだったではないか、それにあの時の過ちとはいつの何の事であろうか、パルミュラ王に対して剣を向け、叛逆を起こしたという話の事だろうか。


 アービエルの問いにライオネルは応えた、静かに低くよく通る声で応えた。

「もう遅いレムリニアスよ、ライオネルの魂は冥府へと消えた、今ごろ奴は苦しみの中でのた打ち回り、全ての希望を失いその消滅を望んでいる。

 もう遅いのだレムリニアス、この肉体も世界も我が物となった、お前がこの男に騙され世界中の憎しみ受けている間に、私はこの男の肉体と魂を奪い取る時間を得た」

 パルミュラ王は玉座から立ち上がり一歩前に出る、そしてアービエルに向けて右手を向け言い放つ、動かないと言い伝えられてきた右腕を動かしながら言い放つ。


「愚かな予言の者よ、お前のおかげで世界は絶望に押しつぶされ、やがては我々の物となる、お前達人間の血と肉を肥料として土地は豊かになるだろう。

 お前達の文明は我々が受け継ごう、お前達人間は凍り付いた大地で野蛮に貧しく生きて行け、そして勝手に滅びてしまえばいい、呪うならばお前達の神々を呪うのだな、何故ならば救世主アービエル・ネイ・レムリニアスは、女を助ける事も私を殺す事もできない弱き者だからだ。

 予言の者よ、貧相な土地から我が下僕を救い出してくれた事に感謝しよう、そして、神々の許に帰り自らの不甲斐なさを呪うが良い」

 ライオネルの突きだした右手の指と爪が伸び、頭、目、口、耳、肩、胸、腹、太股、脹脛、その肉体は膨張し変化する。

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