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2.3 会いたい

 これと同じ疑問に頭が支配された時期がある。


 それは俺が高一のときのこと、入学早々、ただ一人でこの世を生きているような孤独にとらわれたときのことだった。


 息苦しいこの世界のどこにも俺のことを救ってくれる人はいない、昔からそう思っていた。肉親に対してすら早々にあきらめがついていた。医者でもない平凡な彼らに何ができるというのか。それにこれは俺の肉親の性質ゆえのことなのだろうが、彼らは傍らにいる俺の悲しみを増幅させることはできても、減じることができない人たちだった。俺も人間だから、俺の悲しみのために苦しむ人がいることがことさら辛く感じられた。


 神も仏も俺のことを救ってはくれない。それもまた早い段階で悟っていた。奴らは俺を救うために存在しているわけではなくて、もっと崇高な目的のために存在しているのだ。世界平和とか、不変の愛とか、真理とか。


 それってつまり、自分たちが信じる世界を作り上げるために存在しているってことだろ?


 それってつまり、正しいことはこの世に一つしかなくて、じゃあいつか死ぬ俺は正しくない存在だってことだろ?


 俺はこの世にいなくてもいいってことだろう?


 そんな俺に、ヨウは退院以来、まめに、能天気にメールを送ってきた。


『今年は随分寒い! こっちは先週まで雪が残ってたんだけど、ようやく春らしく暖かくなってきたよ』


 どこが暑かろうが寒かろうがどうでもいい。

 今年の陽気もまた神の采配、きまぐれの証じゃないか。


 まるで俺の人生そのものじゃないか。


 なのに、ヨウのメールを読むと、そう単純に切り捨てたいとは思えない自分がいた。


 今ならその理由がはっきりと分かる。


 ヨウのその明るさが、その時の俺の唯一の光であり温もりであったからだ。


 たかがメール、たかがパソコン上に表示される白黒の明朝体の文字の羅列が、それだけが、当時の俺の心に入りこんできたからだ。


 天気なんてどうでもいい話――でも、そんなどうでもいい話をしてくれる相手が、俺には他に誰一人いなかった。俺はそのことを、孤独にさいなまれていた高一の春、突如実感したのだ。


 こういうとき、暗く落ちこんでいる人間であれば絶望してしまうかもしれない。たかがメールでしか人との繋がりを持てない自分を貶め、孤独をひしひしと感じ、暗闇から這い上がれなくなるかもしれない。


 真の闇は危険だ。人は暗闇の中では生きていくことは難しい生き物だから。


 だけど俺は違った。俺は絶望しなかった。むしろ逆で、俺は深く感謝した。


 ヨウ、ありがとう。

 俺といつも一緒にいてくれてありがとう。


 そう前向きに思えたのは、ひとえにまだ若かったからだろうか?


 それは俺にも分からない。


 分からないけれど、俺はヨウの存在を蜘蛛の糸のごとく頼り、闇からの脱出を果たすことができたのだ。


 高校生の俺は、それゆえヨウともっともっと繋がりたくなった。細い糸ではなくて太く頑丈な糸で繋がりたくなった。だからかける相手もいないのに携帯電話を新規契約し、四六時中ヨウとメールをするようになった。ヨウは俺が頻繁に送るくだらないメールにも律儀に返事をくれたし、パソコンを介していたときよりも二人の絆が深まった。そう思う。だから俺は自ら提案し、二人でスマートフォンに機種変更までした。


 そしてチャットツールを使うようになったことで、これ以上にないほど二人の距離が縮まっている。


 だけど今、俺はさらなる強い願いに心のすべてを支配されていた。


 ヨウに会いたい。

 ヨウに会いたい。


 ……文字だけじゃなくて。


 ヨウに――会いたい!

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