1.2 よかったね
「運命の人に!」
「出会ってしまった!」
その夜、俺はアパートで黙々とスマートフォンに向かっていた。その姿ははた目から見れば陰気そのものだろう。だが俺の顔はその真逆の表情を浮かべていた。実際チャット画面に埋めこまれていく言葉は書けば書くほど俺の心の高ぶりを助長していった。それほどに今朝の出会いに興奮していたのである。
画面が自動でスクロールされるように上がり、最下部に相手からの応答文が表示される。
『運命って(笑)』
『でもコースケが言うと笑い話じゃなくて本当のことに思えるね』
「(笑)じゃないっっつーの」
「本当だって何度も言ってるだろ」
『はいはい(笑)』
明らかに馬鹿にされている。むっと唇をとがらせていると、俺が応答する前に相手のほうから連続して書きこんできた。
『コースケ、前にもそういう夢物語を語ってたよな』
『運命の人と出会ってみたいって』
『男のくせにさあ』
『でも、そういうコースケ俺は好きだよ』
優しい文面に胸がじんわりと温かくなる。そう、こいつはいつもこんなふうに優しいんだ。だから俺はこいつにはつい何でも語ってしまう。
俺がこいつ――ヨウと知り合ったのは小学六年生のときだった。
とある事情で偶然出会い、俺たちは短い期間を共に過ごした。別れ際、ヨウのほうから携帯のメールアドレスを書いた紙を渡してきた。当時、俺はまだ携帯電話は持っていなくて、一応自室には母親の中古のラップトップがあったが、基本はネットサーフィン、日参サイトの会員登録用としてフリーのメールアドレスを持っているだけだった。
だから別れた当初、俺たちはちょこちょこと簡単な近況を交わすくらいの間柄だった。メール交換は初めてのことだから、確かに最初はやや興奮していたし、メールソフトを起動して「新着あり」と表示されるとにやりとした。けれどすぐに飽きるだろう、いや飽きられるだろう、そう達観する自分も最初からいた。
いつ自然消滅してもおかしくないようなもろい関係性だった。幼少時の友情なんてその程度の意味づけで終わるのが普通だろう。人生とは数々のすれ違いの積み重ねで形成されるものだ。
そんな俺たちの関係が今でも続いているのは、ひとえにヨウの献身によるものだと思う。ヨウは忍耐強く俺との関係を維持し続けてくれたからだ。
そんな折、高校に入学した俺はいろいろとあって孤独を感じるようになり――そんなとき、ヨウがメールをとおして俺の悲しみや苦しみに共感してくれたから、俺はヨウにいつしかなんでも語るようになってしまった。俺が携帯電話を持つようになってからは会話の頻度が増し、やがてお互いスマートフォンに機種変更してからはより顕著になった。
実は小学生時代における一時の濃密な接点の後、俺は一度もヨウとは会っていない。だけど、直接会うよりも、言葉を交わすよりも、こうしてチャットで文字だけで繋がっている今のほうが、俺はこの世界の誰よりもヨウと繋がっていると感じている。
催促するようにヨウからの新しい文面が画面上にあらわれた。
『その子、そんなにコースケの好みだったの?』
よくぞ訊いてくれました。
「そうなんだよ!」
「まさに俺の好みどんぴしゃ!」
「髪が長くてまっすぐで」
「目はぱっちりとしていて」
「でもケバくなくて清楚な感じで」
他にもいくつもの賛美を並びたてポンポンと送信していく。と、ヨウからの文面が割りこんできた。
『分かった分かった(笑)』
『前にコースケが言ってた好みのタイプそのものだね』
『それはまさしく運命だ(笑)』
『で、声くらいかけたんだよね』
その一言に俺の脳内はまた別の方向へとヒートアップしていった。
「おお、よくぞ訊いてくれた!」
続けて親指をぐっと突き出したアニメのキャラのスタンプも送信する。このスタンプもヨウとのチャットにしか使わない。というか、俺がこのアニメを好きなことはヨウしか知らない。今の時代には逆行するような数世代前の格闘技もののスタンプを使う十代は、きっと俺とヨウくらいしかいないだろう。
「実は!」
「なんと!」
「なああんと!」
『早く言えよ』
続けて同じアニメキャラのスタンプが送られてきた。怒りでこめかみに血管が浮かんでいるやつだ。思わずにやりと笑ってしまった。
「チャットのIDを交換した!」
今度はピースサインのスタンプを送る。
するとヨウから、口笛をふくアニメキャラのスタンプが送られてきた。「ひゅーっ」という吹き出しのついたやつだ。続けてカラフルな花束のスタンプ、続けて「Congratuation!」という踊る文字のスタンプ。
俺のことでこんなふうに喜んでくれるのもこいつくらいだ。でも、
『よかったね』
続けて送られてきたこの一言。これが一番ぐっときた。
よかったね。
ああ……本当によかった。
今日の夢のような出来事をあらためて思い出し、はああっと深いため息がでた。
「もう一生分の勇気を使ったよー」
「でも勇気だしてよかった!」
「今、めっちゃうれしい!」
するとやや遅れて返事がきた。
『うん、俺もめっちゃうれしい』
『お前が喜んでくれて俺もうれしい』
『あ、間違えた』
『お前が喜んでいるのがうれしい。そう言いたかったんだ』
高速でチャットをしていれば打ち間違うなんてよくあることだ。特段気にすることもなく、ベッドにあおむけに寝転がった。
「でさ、その子のことなんだけど、もっと聞きたい?」
『うん。聞きたい』
『というか、そう言ってほしいんでしょ(笑)』
「そう。聞いてほしいの(笑)」
『はいはい、どうぞ』
その言葉を引き金に、俺は今日出会ったばっかりの彼女について延々と記述していった。