第10話 光と水、交わる剣
門の内側で、若い騎士が四人を待っていた。
先ほど塀の外へ駆けてきた、赤金の髪の騎士だった。
「こちらを。通行許可の腕輪です」
差し出された金属の輪を、リリナは受け取った。
「本部の中では、外さないでくださいね。腕輪を着けずに歩いている方を見かけたら、事情を伺うことになりますので」
「事情を……」
「はい。身元が確認できるまで、お帰しできなくなります」
明るく言われ、リリナは腕輪を見直した。
「お帰りの際には、お返しください。数を確認しますので」
「分かりました」
リリナが答えると、騎士は人懐っこく笑った。
「では、こちらへ」
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廊下の高い壁には、四つの紋章が掲げられていた。
天秤と剣。
交差する双剣。
灯火と羅針盤。
そして、王冠を包む翼。
リリナは歩きながら見上げた。
天秤には、見覚えがあった。
街で見た騎士たちの胸にも、同じ意匠があった。
それぞれに、どんな意味があるのだろう。
前を行くレンセリオンは、足を止めなかった。
やがて廊下が開け、練兵場へ出た。
塀越しに見た場所だった。
今は、剣の音が身体の近くで響いている。
レンセリオンが武器棚から剣を取り、中央へ進んだ。
リリナがついていこうとすると、柵の手前にいた騎士が一歩進み出た。
灰色がかった金の髪をした、背の高い男だった。
「ここから先は、エリオン殿のみです」
静かな声だった。
「……エリオン様だけ、ですか?」
リリナが見上げると、エリオンは微笑んだ。
剣を一本取り、レンセリオンのもとへ歩いていく。
リリナは柵の外で、その背中を見送った。
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「珍しく、感情的になっていますね」
エリオンが言った。
レンセリオンは、剣を下げたまま彼を見据えていた。
「……俺を、試すつもりか」
エリオンはすぐには答えず、柔らかく微笑んだ。
「考えすぎでは?」
レンセリオンの眉が動いた。
「あの塀は、人の背丈を優に越える高さがある。なぜ、あんな高さまで彼女を持ち上げた」
抑えた声だった。
柄を握る指には、力がこもっていた。
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柵の外からは、言葉が聞き取れなかった。
リリナはふたりの顔を交互に見ていた。
「何を話されているのでしょう」
「男の矜持というものではなくて?」
アルメアが日傘を畳んだ。
「矜持……?」
「おふたりとも、引きそうにありませんもの」
隣で、レヴィアンが息をついた。
「エリオン殿が、私の代わりに罰せられているのでしょうか」
リリナは思わず柵を握りしめた。
自分も、叱られるべきなのだと思う。
「おふたりは、ご友人だそうです」
レヴィアンが顔を向けた。
「そうなのですか」
「長いお付き合いだと、伺いました」
言いながら、リリナはエリオンを見た。
いつもなら、相手の言葉を穏やかに受け止める人だった。
今は、何かを問い返している。
レンセリオンも、その視線をまっすぐ受けていた。
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「最悪の事態も想定した上で、安全は確保していました」
エリオンの声は静かだった。
「その保証はなかった」
「それだけですか? ……塀の上から、何が見えました?」
エリオンの口元が、わずかに緩んだ。
「……何が言いたい」
「ずいぶん早く駆けつけましたね。リリナ姫を、よく見つけられたものです」
「ルクシオンが塀の方へ向かった。それで気づいた」
「なるほど。では、ライゼル殿下がわざわざお出迎えになったのも、偶然でしょうか」
レンセリオンの目が細くなった。
「叔父上が客人を迎えることに、何か問題でもあるのか」
「いいえ。ただ、少し不思議に思いまして」
「お前は昔から、余計なことに首を突っ込む」
「あなたは昔から、都合が悪くなると話を終わらせようとしますね」
レンセリオンは深く息を吸い、剣を構えた。
エリオンも、それに応じる。
「問題をすり替えるな。俺は、お前の判断が正しかったのかを問うている」
「僕も、あなたがそうした理由を尋ねているだけですよ」
レンセリオンの表情が険しくなった。
「あれほど取り乱すあなたは、初めて見ました。もし、あの場にいたのがほかの姫君でも、同じように駆けつけたのでしょうか」
「……取り乱してなどいない」
エリオンは微笑んだ。
先に踏み込んだのは、レンセリオンだった。
剣が斜めに走る。
エリオンは受け止め、身体をずらした。
鋭い音が練兵場へ響く。
「そうですか?」
続く一撃を、エリオンが下から払った。
刃が離れ、ふたりの間にわずかな距離ができる。
「今も、ずいぶん力が入っていますよ」
「お前こそ、口を動かす余裕があるなら剣に集中しろ」
「ご心配なく」
エリオンが踏み込み、レンセリオンは正面から受け止めた。
剣が押し合い、互いの視線が近づく。
「その正義で、本心を覆い隠すつもりですか。……ほかに、何を隠しているのです?」
レンセリオンの肩が、わずかに強張った。
「……知らなくていい」
短い返事だった。
エリオンは、その顔を見つめた。
リリナへ向ける眼差し。
ライゼルによる出迎え。
そして今、問いを拒んだ声。
それらが、胸の内に残った。
エリオンはゆっくりと剣を下げた。
「……では、ここまでにしましょう」
レンセリオンも刃を伏せた。
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ふたりが離れると、リリナはようやく息を吐いた。
長い時間ではなかったはずなのに、柵を握っていた指が強張っている。
レヴィアンが、小さく呟いた。
「……すごい」
先ほどまでの心配とは違う声だった。
リリナには、どちらが優勢だったのかも分からなかった。
ただ、エリオンが戻ってくるのを見て、胸のつかえが少し下りた。
「お怪我は……」
「ありませんよ」
彼は答えた。
その向こうで、レンセリオンが剣を武器棚へ戻している。
振り返ると、リリナと目が合った。
レンセリオンの表情は変わらなかった。
リリナは声をかけようとして、口を閉じた。
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夕食の席で、レヴィアンがエリオンへ顔を向けた。
「私が見学を望んだばかりに、お手数をおかけしました」
「いえ。塀の向こうを確かめる方法を考えたのは、僕ですから」
エリオンはそう答え、微笑んだ。
「レンセリオン殿との打ち合い、見入ってしまいました」
「久しぶりでしたが、彼の剣は以前より鋭くなっていました」
「エリオン殿の足運びも、見事でした。グラシエル・ガードの称号を得られたと伺っていましたが……私も、いつかお手合わせをお願いしたいです」
レヴィアンが少し身を乗り出す。
「ええ。機会があれば、ぜひ」
リリナはふたりを見ていた。
グラシエル・ガード。
初めて聞く称号だった。
「グラシエル・ガードとは、どのような称号なのですか?」
「“白氷の盾”という意味です。剣技大会では、型の審査と対人戦が行われ、その両方で優れた成績を収めた者に授けられる称号です」
「白氷の盾……守ってくれそうな名前ですね」
リリナの言葉に、エリオンは少し目を細めた。
「僕を信じていた、あの子に……贈りたかったんです」
リリナは口を閉じた。
あの子。
誰のことだろう。
エリオンの視線は、少しだけ食卓から離れていた。
その横顔を見ていると、続きを聞けなくなった。
自分が知らないところに、大切な誰かがいる。
当たり前のことなのに、胸の奥が落ち着かなかった。
リリナは皿へ目を落とした。
アルメアが香草の小瓶を開ける。
昼と同じ香りが、食卓を渡ってきた。
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しばらくして、リリナは顔を上げた。
「あの……今日、おふたりで何を話されていたのですか」
エリオンが手を止める。
「リリナ姫様を危険にさらした、と。少し、叱られていました」
「でも、あれは私が手を離したから……」
「彼が怒るのも無理はありません。お怪我がなくて、本当に良かった……僕もそう思っていますから」
リリナは膝の上へ手を置いた。
落ちかけた瞬間の、足元がなくなる感覚を思い出す。
続いて、背を支えた腕の力も。
「……助けてくださって、ありがとうございました」
エリオンへ頭を下げ、それからレヴィアンにも向き直った。
「レヴィアン様も」
「ご無事で何よりです」
レヴィアンの言葉に、リリナはもう一度うなずいた。
アルメアが食叉を置いた。
「それにしても、あれほどお怒りになることかしら」
エリオンが苦笑した。
「ずいぶん賑やかな訪問になりましたね。次は門で待ちましょう」
「ええ。それがよろしいですわ」
リリナもレヴィアンもうなずいた。
ようやく、食卓の音が近く感じられた。
けれど、エリオンが茶杯へ目を落としたとき、リリナはもう一度、その横顔を見てしまった。
――僕を信じていた、あの子に。
尋ねられなかった言葉が、まだ胸に残っていた。
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『剣先に秘めた本心』




