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FLUORITE(フローライト)   作者: るなこ
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ルート分岐

時は遡り、数日前。


かつての賑わいはすっかりなくなってしまった、ぼろぼろのコテージ。

屋根も壁も吹き抜け、とても住居とは言えなくなってしまったその家で、ルシエラはマグカップを片手に、欠けた窓から見える半月をぼんやりと眺めていた。

ここは彼女にとってかけがえのない、二人の弟子との思い出が詰まった我が家だった。


「......何の用」


深き夜の森の闇の中から、音もなく一人の男が姿を現した。

白金製の重厚な鎧に、一つにきっちりと結んだブロンドの長髪。まるで古い物語に出てくる王子様のような、完璧なまでの立ち居振る舞い。

ルシエラはそれを見て、心底嫌そうな表情を浮かべた。


「用が無いと来てはダメなのか?」

「消えなさい」


男は表情を変えずルシエラの方へ歩み寄る。

ルシエラは生まれつき慎重で、かつ極度のめんどくさがり屋である。

こんな辺境の森で過ごしているのだ。山賊や夜行性の魔物が来ても、わざわざ自分が対処しなくて済むようにと、コテージの中や周囲には、魔力で発動する強力なトラップを数多く仕掛けていた。

だが、男がコテージの敷地に一歩足を踏み入れた瞬間、それらの罠が全て機能を停止したのだ。


「はぁ......それで、世界最強が落ちこぼれ魔王に何を教えてくれるの?」


ルシエラはマグカップのコーヒーを一口啜った。

男は淡々と、氷のように冷たい声色で告げる。


「一つ、忠告をしておこうと思ってな」

「......忠告?」

「貴様、かつて禁術に手を染めていたそうだな」


その言葉を聞いた瞬間、ルシエラの目が大きく見開かれた。

全ての現象を見通すと謳われるこの男が、あたしの過去を知らないはずがない。

だが、このタイミングで、しかも本(・)人(・)が、わざわざこんな辺境の地まで出向いてきたのだ。

その理由は、たった一つしか考えられない。


「声はかけてやろうと思ってな。突然弟子が殺されたと聞けば、貴様は余を恨むだろう」


その言葉を聞いた瞬間、ルシエラの指が、マグカップの縁に強く食い込んだ。

彼女は空になったマグカップを、鈍く重い音を立てて机に叩きつけるように置いた。

体内の魔力が、沸騰するように騒ぎ出す。今にも身体から溢れ出し、周囲の全てを壊さんばかりに。


「あの子らに触るな」

「心配せずとも甚振るようなマネはせん」


その言葉を聞いた途端、ルシエラは怒りに身を任せ、目の前の机を勢いよく蹴り飛ばした。

木製の机が宙に舞い、マグカップも弾け飛ぶ。一瞬、男の視界がそれらに遮られた。

だが男は、それを気にも留めない。

ゆっくりと鎧の下から片手を伸ばし、宙を舞う机とマグカップに向けて、軽く指をはじいた。

宙を舞っていた机やマグカップは、瞬く間に細かく分解され、まるで木くずや陶器の破片のように、バラバラと床に散乱した。

まるで、最初からそこに机など存在しなかったかのように。


ルシエラは、この能力を知っている。

奴の――『覇王』ラプラスの異能は物を構成する全ての要素を一瞬で分解させる。現象を操る概念系能力の頂点、”解体”。

その対象は無機物だけではなく、有機物や大気中に構成される酸素や魔力さえも、ラプラスが認識さえしていれば全て破壊できてしまう。

もちろん生き物も例外では無い。

弱点はある。対象の魔力が使用者と比べ、極端に高いと能力を発動することはできない。

しかし、この世にラプラスより高い魔力を持つものなど存在しない。


――片時も忘れたことはない。

幼少期、彼女の最愛の母親は、力によって世界から消されてしまったのだ。

だが、手の内がわかっていても対策のしようがないのだ。

どんな攻撃も、魔法も、武器も、こいつの前では一瞬で無に帰してしまう。


「わかってんのよ。あんたには勝てないってことくらい」


ルシエラはゆっくりと前に一歩踏み出す。その足は、少しも震えていなかった。

怖くないと言えば嘘になる。今にも逃げ出したい。

だけど、これまでさんざん楽な道に逃げてきたのだ。今頑張らなくてどうする。

家族の仇だなんて、とうに思ってはいない。長い年月で復讐心など薄れてしまったから。

彼女の瞳に、揺るぎない決意が宿る。


それは、ただ弟子たちの無事を祈る一人の師匠としての意地であった。


「『異能には異能を』――元は、あんたが教えてくれた言葉だったわね」


二人の周囲の空気が、大きく軋む音を立てた。

次の瞬間、周囲の重力が何十倍にも重くなり、床がギシギシと軋み、壁が歪み始めた。

ラプラスはその凜とした表情を、初めてわずかに曇らせた。


「下らんな」


ラプラスは”解体”でルシエラの”重力操作”を構成する魔力の奔流を、一瞬で分解してみせた。

ルシエラの異能である”重力操作”には、周囲に発動している間は自分自身もその影響を受けてしまうという、明確なデメリットがある。

ラプラスはその弱点を的確に見極め、自身の周囲のみ、その重力の影響を解いた。

そのほんの一瞬の隙。ラプラスの掌底が、ルシエラの鳩尾にめり込んだ。


「かはっ……!」


ルシエラは大きく吹っ飛び、コテージの木製の壁を突き破って、外の地面へと投げ出された。

土煙が舞い上がり、その隙間からラプラスが立っているのが見える。

ルシエラは血を拭いながらゆっくりと、手をラプラスに向けて水平に構えた。


「《凍てつく風》、《時を止める静寂》、《万物を貫こう》『零氷槍(クリスタル・ランス)』!」


ルシエラは、魔法に関しては紛れもない天才だった。

前提として、彼女は魔法を行使する際、通常の詠唱を短縮したり、あるいは完全に破棄する技術を有している。

一般では『無詠唱』と呼ばれる高等技術。それは魔法唯一の弱点である「発動してから放つまでの溜め時間」を短縮できる一方で、威力がいささか落ちてしまうという代償があった。だからこその詠唱だ。

零氷槍(クリスタル・ランス)は魔法学校では下級クラスで習う、中級に値する基本魔法だ。

生成した一瞬で凍らせ、小さな氷柱を作り出して相手にぶつけるだけの、単純な魔法。だが、ルシエラの濃蜜な魔力がこれでもかと含まれた氷柱は、亜音速で射出され、文字通り全てを貫く。

しかし、


「そりゃそうよねぇ...」


それは、当たればの話だ。

ラプラスはわずかに身をかわすだけで、零氷槍を易々と躱してみせた。

まるで、異能を使うまでも無いと言っているかのように。


「終わりか?」

「もーいいわよ。殺しなさい」


ルシエラは呆れたように肩を落とし、ラプラスを煽るように笑った。


「...余は侮辱されているのか?なぜ小手先の技しか使わないのだ」

「残念だけど、私はもう『魔女』とは名ばかり。ただの後進に道を譲る魔術師なのよ」

「まさか…!」


ラプラスの凜とした表情が、初めて大きく崩れた。


「私の能力は覚えているでしょう? 喜びなさい。もう数年もすれば、私の後継(サイドキック)があんたの前に現れるわ。これはその布石なの」

「...興が削がれた。終わりにしよう」


ラプラスはへたりと座り込むルシエラの頭に手を添えた。


「さらばだ。『悲願の巫女』」


ルシエラは意に介さずに大きく声をあげて煽るように笑った。


「...あは!あんたが油断するなんて珍しいじゃない!」


ラプラスが掌から”解体”を発動し、ルシエラの頭部がゆっくりと、細かく崩壊し始めた。

だが、その崩壊はいつもより明らかに遅かった。

そして何より、ラプラスの手がルシエラの頭から離れない。

ラプラスが異変に気付いた時には、すでに遅かった。


「......ッ!」


そして、轟音と共に周囲のすべての物体が、不自然に歪み始めた。

”重力操作”と”何か”を組み合わせた複合魔法、それこそがルシエラの切り札だった。


(せめて、これが致命傷にでもなれば上々ね。)


肉体が細かく崩壊していく、これまでに感じたことのない痛みと絶望感に包まれながら、ルシエラは最後に、空を見上げた。

欠けた月の光が、崩れゆく体を優しく照らす。


「長い夜になりそうね」




・・・




ラグータから少し歩いた、穏やかな海岸。

潮風が髪をなびかせる中、ボクたち三人はこれからのことについて歩きながら話していた。

まずはフローラと共に、一度師匠の元へ、コテージへ帰る。そして、師匠から直接助言をもらうのだ。

私たちには言葉がある。わからないことがあるなら、直接本人に聞けばいい。


リーナはそう言って息巻いていた。だけどボクは本当にそれでいいのだろうかと、思わずにはいられなかった。

とはいえ、フローラのことを託されたのはボクではなくリーナなのだ。ボクにとやかく言う権利など、どこにもないだろう。

フローラは、あの小屋での一件から、少し口数が減ったように見える。

ボクが色々と探ろうと話しかけてみても、いつもうまくはぐらかされてしまった。

彼女は間違いなく異能使い、魔術師だった。詠唱と同時に、周囲の植物が次々と魔物へと変異を遂げ、それを彼女が自在に操っていたのだ。

まさか、小屋ごとあんなに破壊してしまうとは思わなかったけれど、彼女自身もあの時は、そんなつもりはなかったのだろうか。

大事に育てていた植物たちが枯れてしまったことに対して、彼女は深い後悔の言葉を何度も口にしていた。

おそらく、彼女はまだ自分の能力をしっかりと操れていないのかもしれない。


「私が言うのもなんだけど…… 本当に、ここを出てきてよかったの? 師匠に、『待ってて』って言われたんでしょ?」


リーナが、またいつものようにデリカシーの無い発言をしている。

だけど、その言葉の裏には、フローラへの心配が隠れているのが、ボクにはわかった。


「いいのよ。その『待ってて』って言われたお家は、もう住めなくなっちゃったわけだし。それに、それも全部、私のせいだから」


フローラは、少しだけ寂しそうに笑った。

だけど、この笑顔が嘘だということを、ボクは知ってしまった。


それは、昨日の夜のことだった。


隣で寝ているリーナが、すぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。

なんだか喉が渇いてしまい、ボクは静かにベッドを抜け出して、リビングへと向かった。

夜中のリビングは、月の明かりだけが差し込む、ひっそりとした空間だった。

だけど、隣の部屋で寝ていたはずのフローラが、小さなテーブルライトに照らされて、何かを黙々と書いている姿が見えた。

フローラは小さくため息をつくと、手帳をそっと閉じて壁の本棚にしまい込み、椅子を引いてゆっくりと立ち上がった。

思わず物陰に隠れてしまったボクは、彼女が再び自室に入ったのを確認した後、悪いことだとわかっていながらも、その手帳を手に取り、開いてしまったのだ。


手帳には、植物の成長記録や研究内容の他にも、ちょっとした日記が書き記されていた。

今日はどんなことがあったのか。どの植物がどれくらい伸びたのか。花を咲かせたのか。

ページをめくって読み進めていると、あるページに、他とは違う、びっしりと書き込まれた殴り書きが目に飛び込んできた。


そこに書き記されていたのは――ボクたちの師匠、ルシエラに対する深く、激しい怨嗟の念。


なぜ、私を創ったのか。

なぜ、私が人を殺さなくてはならなかったのか。

――なぜ、いつまで経っても、会いに来てくれないのか。

”あの日”の感情を、決して忘れないようにと。

ありとあらゆる出来事が、生々しく、鮮明に書き連ねられていた。

それは、モーグさんから聞いていた話よりも、ずっと悲惨で、凄惨な内容だった。

彼女は、記憶を失ってなどいなかった。

モーグは、嘘をついていたのだ。

もしこれが本当なら――ボクは師匠を、もう「師匠」と呼べなくなってしまうような、悪行の数々。

ボクの手が震える。手帳を持つ指が、冷たくなっていくのがわかった。


ボクは、この真偽を確かめなくてはならない。

まず最初に考えたのは、リーナにどう説得するかだった。

普通に言ったところで、にわかには信じてくれないだろう。

それに、たとえ信じてくれたとしても、リーナは絶対に「師匠を信じよう」と言うに決まっている。

それでは、フローラさんが報われない。

そして今はその気がなかったとしても、いつかフローラさんが師匠を殺してしまうかもしれない。それを阻止するためにも、ボクは十分な証拠を集めてから、リーナを説得するべきなのだ。

あの手帳は、あの騒動の後で紛失してしまったようで、探しても見つけることはできなかった。

ならば、まずはモーグ。次にルヴァーナ帝国跡地。次に他の魔王だ。

きっと、長くて辛い旅になるだろう。

だけど、ボクだって信じたいのだ。自らの師匠を。育ての親を。

そして、ボクははっきりと予感するのだ。ボクは今、あの人に会うべきではない、と。


「リーナ、フローラさん」


ボクはゆっくりと足を止め、背負っていた荷物を地面に置いて、二人の方を向き直った。

師匠に教えてもらった、貴族の使用人がする上品なお辞儀の作法。

左足を右足の後ろにゆっくりと下げ、スカートの裾を少しだけ持ち上げながら、静かに膝を曲げる。

これが、ボクのできる最大限の礼儀だった。


「ボクは、どうしてもやらなくてはいけないことができてしまいました。少し、出かけてきます」


二人はきょとんとした顔で、ボクを見つめ返した。


「何か忘れ物? よかったら、私も一緒についていくけど……」


リーナが不思議そうに首をかしげる。フローラさんも、同じような顔でボクを見ている。


「いえ、大したことではないので大丈夫です。私のことは、どうか気にしないでください。すぐに追いつきますから」


潮風がボクの頬を優しくなでる。

後ろから、リーナとフローラさんの困惑した気配が伝わってくるのがわかった。


リーナは、本当に凄い人だ。

特別に強い力を持っているわけでもないのに、自らが危険な目に遭ってでも、周りの人を守ろうとする。

彼女には勇気がある。それは、ボクにはまだ無いものだ。

あの時だってそうだった。ボクがピンチに陥った時、リーナは真っ先に飛び出してきて、ボクを助けてくれた。

ルヴァーナ地方には、強力な魔物が多く潜んでいると聞く。

きっと、これから先、ボクが一人で乗り越えなければならない困難が、たくさん待ち受けているだろう。


――ボクも、強くなろう。

そして次に会った時は、ボクがリーナを守ってあげるんだ。

どうせ、最低でも三月は帰れないだろう。その間に、一回りも二回りも強くなって、必ず戻ってみせる。

リーナには悪いと思う。だけど、ボクはリーナと一緒にいると、つい甘えてしまう。いつまで経っても、自分の足で立てるようにならない。

だからこそ、ボクは一人で旅立つしかなかったのだ。


砂浜に残るボクの足跡が、潮風に少しずつ消されていく。

それでも、ボクの一歩一歩は、確実に前へと進んでいた。

こんにちは、るなこです。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


最近体調がすぐれないので五話はもしかしたらだいぶ先になってしまうかもしれません…

しかし、次の五話でやっと序章が終わるかなと言った印象ですかね

私の飽きの問題もあるので、鉄は熱いうちに打とうと思います。


今回、リーナはそこそこ空気でしたが、次は少し描写を増やしたいとも思ってます。

しかし、いかんせん書きたいシーンが多く、まとめないとごちゃごちゃになってしまいそうで…

新キャラが大量に出てきてよくわかんないみたいなことは絶対に避けなきゃとは思ってますので、続きも読んでいただけると嬉しいです。


では、二話、三話と続き、四話を読んでくれた皆さんありがとうございました!

感想、誤字報告などなどよろしくお願いします!


では、次の話でお会いしましょう!

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