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最初の『猫』  作者: 炎華
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居場所 その4


 たとえ、どんなことがあったんだとしても、

 それは兄貴とおねえちゃんの問題で、

 俺の関知することではない。

 だから、それが原因で、おねえちゃんを嫌いになったり、軽蔑したりはしない。

 おねえちゃんは、おねえちゃんなんだから。



 それが、義弟の、猫に対する最後の言葉だった。


 ご主人様が、伝えてくれた言葉だった。


 ご主人様から離れることが決まっていたときに、伝えられた言葉だった。



 ご主人様がどんなつもりでその言葉を伝えたのかはわからない。

 出て行くのを止めるなら今だぞ、と。

 今なら、まだ許されるぞ、と?



 ごめん。

 もう、だめなんだ。

 このまま、ご主人様の傍にいるのは。


 頑張っても頑張っても、報われなくて、

 いつまで経っても、代わりでしかないのは、

 もう、いやなんだ。


 身の丈にあってない力を、いつまでも出してはいられない。

 もう、疲れたんだ。


 何も、与えられないのに、

 どこからも、補給できないのに、

 いつまでも、力を出し続けることはできないんだ。



 ご主人様とすぐには会えないという時期が何年か続いたある日、

 猫はいなくてもいい、突然言われたことがあった。

 重いんだ、と。

 いない方がいい、と。


 やはり、と思った。

 いない方がいい、とまで言われるとは思っていなかったが。

 いつかはそう言われると思っていた。


 苦しい。

 息ができないくらいの悲しみ。


 でも、

 もう待たなくて済む。

 振り回されないで、済む。


 しかし、すぐに

 「やっぱりいて欲しい」

 と、言われ、ご主人様は人が変わったように優しくなった。



 それから、ずっと 、ご主人様に愛されていると、想われていると思っていた。

 思い込んでいた。

 だから、頑張ることができた。

 でも、そうじゃなかった。

 それを知ってしまったから、

 もう、だめなんだ。

 ごめん。



 今の暮らしが辛いなら、ここへおいで。

 猫のままでいい。

 猫のままがいい。


 そのひとは、そう言って両腕を広げてくれた。

 猫のために。


 誰の代わりでもない。

 『猫』が、いい、と。


 そのひとは、そう言った。



 同じ事を、ご主人様に言って欲しかった。

 でも、言ってくれたとしても、その言葉は猫に向けられてはいない。


 猫が、ずっと言って欲しかった言葉。

 想って欲しかった心。

 そのひとは、猫にくれる。

 そして、待ってる、と言う。


 行きたい。

 そこへ。

 猫の他愛のない話を、ちゃんと覚えていてくれる、

 猫の居場所をくれる、

 そのひとの所へ。


 でも、ご主人様が、独りになってしまう。

 猫がいなくなったら、誰もいなくなる。

 親しい人もいない。

 友達もいない。

 『家族』以外に信じる人もいない。


 そして、猫がいなくなったら、

 誰も、味方がいなくなる。

 猫は、ご主人様を置いていけるのだろうか。



 この、長い間、

 辛いことばかりじゃなかった。

 楽しかったことも沢山あった。

 ずっと会いたいと思い続けて、会えたときの喜び。

 二人で、いつまでも街中を歩いたこともある。

 何をするでもなく、ぼんやり公園のベンチに座っていたこともある。

 二人で笑ったことも、沢山ある。

 春と夏と秋と冬と、何度一緒に過ごしたのだろう?

 その時間を捨てて、行けるのか。

 そんなことが猫にできるのか。


 今だったら、まだ、ご主人様の傍に居続けることはできる。

 黙って、あの優しい人達と連絡を絶って、

 猫に『居場所』をくれる人達全てと、縁を切って。

 『ここ』が居場所なんだと、今まで通り思い込んで、

 猫が、猫のままでいたいと望まなければ。


 そんなことができるはずがない。

 考えただけでも、壊れそうだ。


 それでも、

 もし、ご主人様が、本当に猫を必要としてくれているのだったら。

 あの優しい人達が代わりをしてくれていることを、当のご主人様が取り戻してくれるなら、

 猫の『居場所』を取り戻してくれるなら、

 『ここ』にいられる。


 でも、どうやって、伝えればいいのか。

 どうやって?



猫は、思い切ってご主人様に訊いてみた。


   「猫を、欲しいって言う人がいるんだけど、行ってもいいかな。」


 ご主人様は、猫をまじまじと見た後、言った。

 「行けば。」


 目の前が真っ白になった。

 ご主人様の言葉は、聞き間違いと疑うことなく猫の心に響いた。


 「行けば。」


 空しさと冷たさが心を浸食していく。


 「なに、それ?」

 と、怒ってくれたら、

 冗談、と、笑うつもりだった。

 そして、話すつもりだった。

 猫の居場所をください、と。

 わかってくれるまで、話すつもりだった。


 でも、

 心のどこかで、ご主人様はそう言うだろうと思っていた。

 聞き間違いと少しも疑わなかったことが、その証拠だった。



 終わった・・・

 なにも、かも。



   「うん。行く。」



 テーブルに視線を落として言った。

 テーブルに落ちた水滴を見ながら、言った。


 ご主人様にとって、猫の存在って、なんだったんだろう。


 もう、何も聞こえてこなかった。

 音のない、白い世界に、猫は座っていた。





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