第75話 始まる、ASMR練習配信
熾天使バトラの予定に都合がついた。
俺も予定を合わせて、そこでコラボ配信が行われることになる。
とは言っても、向こうが忙しいだけで俺は自由が利く身である。
マシロがダンジョンをラーフで駆け抜ける配信をしているのを見つつ、のんびり準備を進めていたのだった。
飛頭蛮マイクよーし。
魔導書収納用バッグよーし。
『私達、変身後は近くを飛んでますけど?』
『ん現場まで運んでいくためだなぁー! それとこれを忘れるなぁー』
かつては融合しないとイグナイトモードにはなれなかったりしたが、慣れてくると分離で全然いけるようになる。
「おっ、そうだったそうだった! ファイアボール用のスポンジ弾と、トーチ用の筒! 色々道具があるとイメージが楽になって、魔法が使いやすくなるんだなあ」
『魔法とは言ってもあくまで技術の一つですからねー! 普通の技よりも才能に依拠するだけで!』
その才能に寄るところが大きいんだよねえ。
ということでやって来ました、コラボの当日。
三日前くらいから匂わせをやり、本日はバトラの宣伝ツブヤキが。
『謎のゲスト現る! 熾天使バトラのダンジョンASMR塾!』
となって話題を呼んでいた。
彼女、業界の配信者相手にこうやってASMRを広めてもいるんだそうだ。
そしてASMR活動をするようになったり、音声を発売する配信者には有償で脚本も書いてくれる……!
では現場に向かうとしよう。
本日はラフな服装。
仕事で使うから、汚れてもいいようにね。
前回とは違うのだ。
流石にマシロと遭遇することはないだろうし、俺とバトラの関係も理解しているだろうからおかしな勘ぐりをすることもあるまい。
電車に乗って現場最寄りの駅へ。
鉄道交通網が発達している街は、こういうところが本当に便利だ。
で、そこからバスに乗り換える。
ちょっと行くと、目的地が見えてきた。
古びた町工場みたいなところだ。
俺が降りると、どこに隠れていたのかバトラがひょこっと現れた。
「待ってたよー」
「あーすみません、お待たせしました」
「いいんですいいんです。私、早くついて中を確認してるところだったんで。ほら、入口が封印されているでしょう? ダンジョン化した時点で迷宮省が術的封印を施してます。同接数を持った配信者でないと破れないようにしてますけど、いかんせんちょっと敷地が大きめなので……封印が綻びたところから中にワンちゃんが侵入したりしてるみたいです」
「あ、そのワンちゃんは助かったんです? 良かった! じゃあそういう危険が無いようにさっさと攻略してしまわないとですね」
「そうなりますね。元気にやっていきましょう!」
「はい、了解です! 本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。ASMR広めてね!」
社会人モードは終了。
明らかに人気の少ない町工場ダンジョン。
この構造物の入口に、人払いの結界と一般人侵入防止の封印が施されているんだとか。
だから安心して変身ができる。
「メタモルフォーゼ・スパイス!」
俺が宣言すると、白黒の光が螺旋状に体を包み込み、黒胡椒スパイスに変身するのだ。
対するバトラも「バーチャライズ!」と宣言。
配信者、熾天使バトラの姿になった。
紫とピンクを主体とした衣装の、ちょっとセクシーめな元魔法少女のお姉さんという印象になるんだよな。
普段はもっと可愛らしいお嬢さん然としてるのに、配信時はお姉さん的な喋りにもなる。
「天界よりごきげんよう。もうすぐこんばんはね、使徒のみんな~」
配信が始まったぞ。
本日はバトラのチャンネルがメインになる。
スパイスはゲスト参加だねー。
なお、熾天使バトラは天界から降り立った天使という設定であり、ファンネームは使徒たちということになっている。
で、バトラは配信で仏教徒ということを公言しているので、ブッディストの熾天使という複雑怪奇な属性に……。
※『こんしと~!』『バチョ様が光臨なされた!』『バチョ今日もかわいいありがたやありがたや』『バチョ様ナマンダブナマンダブ』
「コメ欄カオスだな~」
※『枠外からカワイイ声がしたぞ!!』『この声を我々は知っている!!』
「ちょっとちょっとー! 私が呼ぶまではお静かに。ね? お願い」
セクシーボイス!
スパイスはお口チャックするのだ。
そうしながら画面端にスパイスのツインテールがゆらゆらと覗く。
※『いるw!』『明らかに誰かいるw!』
「ええ~? 声が聞こえないからいないんじゃなーい? なーんてね。じゃあみんなに紹介するわね。本日のゲストは……なんと魔法少女にお越しいただいたの。自己紹介いいですか?」
「はーい! どーもー!! こんちゃ! もうすぐこんばんはかな? 黒胡椒スパイスでーす!!」
※『うおーっ!!』『スパイスちゃんだった!』『クリスマスのコラボ見てた!』『ついにサシコラボかあ』
うんうん、あそこで繋がりができてから長かったねえ。
もう半年くらい経過してるし。
六月を夏だと考えると、もう目の前まで迫っている。
ああ、クリスマスにはこんなことになるとは思ってもいなかったなあ。
自分の外堀と内堀が埋められて天守閣まで到達されるとは。
※『スパイスちゃんが突然遠い目をしたぞ!』『何か物思いにふけってるんだ』『幼女にも悩みは多いんだな』
「スパイスちゃん! 積もる話はダンジョンの中でやっていきましょ。ちゃんとアレ、持ってきた?」
「あっはーい! もちろん! じゃじゃーん! 飛頭蛮マイク~!!」
カバンから取り出した飛頭蛮マイクが、ふわっと浮かび上がる。
本当に飛んでるところを見ると、知らない人にはホラーだよねえ。
『動きをコントロールします』
「フロッピーよろー」
『かしこまりました。大船に乗ったつもりでいて下さい主様、フロッピーは完璧ですから』
「スパイスちゃんのAフォン、本当に喋るのね!! うちのは公式だけどそんな機能ないなあ。AI音声でも、もっと事務的な受け答えくらい」
※『かわいいよね』『ジェーン・ドゥで開発できないのかな』『ジェーン・ドゥは設定上は地上に降り立った人外たちを集めた、何者でもない者たちの機関だからな……。ソフトウェア開発とかは専門ではない』
なんか詳しい人とかコメント欄にいる!
大きい箱は、ファン層も色々なんだなあ。
ではこれから、ダンジョンへ突入します!
バトラとスパイスで結界に手を触れて……。
「えいっ!」
「おりゃー!」
これをビリビリーっと破る!!
物理!
頑丈なはずの結界が、破けて消えたよ!
これぞ同接力のパワー。
ここからは配信しながら、ダンジョンを攻略しきる必要があるのだ。
あっ、攻略しきれない時は、迷宮省を呼ぶとまたやって来て貼り直してくれるからね。
「それじゃあ先生! ASMR練習、よろしくお願いしまあす!」
「任せて。スパイスちゃんを、聞いたものの脳を蕩かす一流のASMR者に仕立ててみせるわ!!」
心強い。
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