第74話 埋め合わせデートと飛頭蛮マイク
「よしとしましょうッス……」
一緒に映画を見た後、ショッピングモールを練り歩き、最後に予約していた中華ビュッフェでランチを食べたらマシロは満足したようだった。
「ううー、食べすぎた。苦しいッス」
「俺と同じくらい食べてたじゃん。その小さい体のどこに入るの?」
「一応お腹が膨らむんで」
「ははあ。婚約者的にはその腹をつついても?」
「こ、公衆の面前でやめてほしいッスー」
満腹で動きが鈍いぞ。
よろよろと移動するマシロを、「はっはっは、どこに行こうと言うのだね」とのんびり追いかけたりなどして腹ごなしをしたのだった。
「結局あれはお仕事だったんスねえ」
「そうだぞ。俺がASMRをやるんだ」
「スパイスちゃんの!? 先輩のは聞きたいような聞きたくないような」
誰が生身でやるか。
とにかく誤解は完全に解け、わだかまりもない。
基本的にマシロは自分より長身でナイスバデーの女性にコンプがあるようで、俺がそういう相手と歩いているとショックを受けるようである。
気にしなくていいのに。
正直、そういうシモ関係で問題を起こして炎上し、謝罪や活動停止に追い込まれる配信者はちょこちょこいる。
アホである。
そういうのは大体、配信が目的なのではなく、配信をダシにして美味しい汁を吸いたいだけの輩だからな。
こういうのがいると俺みたいな配信そのものが目的の側が迷惑するのだ。
……あれ?
もともとは配信が目的ではなかったような……。
スパイスで配信するのが実に楽しくて、今はいかにして配信を続け、リスナーを飽きさせずに盛り上げるかに心を砕く日々だ。
色恋に力を割いている余裕はない。
ということで、マシロとくっついてしまえばそう言う事を一切考えなくて済むし、距離を置けることに最近気づいたのだ。
合理的かつ、相手もよく知った仲なので安心。
いくらでもご機嫌を取ってあげようではないか。
「うー、まだくるしい」
「ほらほら帰るぞマシロ。夕方にマイクが到着するんだ。それともうちで俺がASMR練習するの聞く?」
「き、聞くッス!」
そういうことになった。
モノレールに乗って駅まで行き、そこから電車に乗り換えて少し。
マシロの腹もこなれてきたようで、ちょっとずつ饒舌になって来たのだった。
「今度の夏に初ボーナスが出るんで、そしたら親になんか買ってあげようって思うんスけど」
「配信は収益化してないんだっけ」
「全然ッス~。あれは趣味の延長なんで。週イチくらいでしかやらないッスし」
たまーに夜の突発雑談をするくらいで、紅野シロコとしてはちょっぴりしか活動してないらしい。
俺は本業なんで、週に六日は活動しているな。
「それでそのー、ボーナスが出たら今度、某遊園地で一泊とか……」
「えっ、お前自分で自分の分出すつもりなの!?」
「そ、それはそうッスよ! 先輩のは先輩が稼いだお金じゃないッスか! あんま使わせるのはもったいない……」
「いーや、奢っちゃる。そのうち共有財産だからな」
「うほー」
顔を綻ばせるマシロなのだった。
殊勝に自分から持ち出しするよなんて言う女、奢る気がもりもり湧いてくるに決まっているだろう。
だが、俺としては精神の魔女とのバトルが近々あるだろうし、そんな順調にいけるかなあと思ったりもするのである。
ま、なんとかなるであろう。
カバンからフロータがにゅっと角を覗かせて、
『そういう主様のハッピーをお手伝いするのが私達魔導書ですからねー。今回のASMRだって主様の日常を守るための武器なんですよ』
「そうなんスか!?」
そろそろ魔導書に慣れてきたマシロが、フロータとおしゃべりを始める。
端からは、俺とマシロが座ってるところから女性の声が二人分聞こえてくる状況であろう。
声は抑え気味になっているから、周囲には気にしないでもらいたい。
フロータに説明を任せながら、俺は今後について考える。
近々、熾天使バトラとのコラボだ。
あそこでASMRを身に着け、リスナーに強烈に印象付ける。
それが終わると夏だろう。
いよいよ統制されたモンスターたちの動きが活発化してきているということで、精神の魔女は痺れを切らしているのではないかと睨んでいる。
向こうも近く、大きな動きを見せるに違いない。
なにせ、ファーストコンタクトで散々挑発したのに、以後こっちからは無視してるからな。
魔女は俺の配信を見ている可能性が高い。
そして次に攻略すると思われるダンジョンに、手当たり次第に統率モンスターを派遣しているようだ。
統率モンスターの強さだが……。
統率されているだけで実力的にはモンスターなので、それなりの配信者にとってはむしろ動きが読みやすいカモ扱いされている。
そこまで怖くはないな。
恐らくこれはまだ準備段階で、もっと大きな事を魔女は企んでいると思うんだが。
例えば……。
ダンジョンと異世界を直接繋げてしまって、そこからスタンピードを送り込んでくるとか。
ありうる。
統率されたスタンピードというのは、考えるだけでとんでもないことになると分かる。
うん、さっさと精神の魔女を叩くべきだな。
こちらの準備が整い次第、攻撃を仕掛けよう。
我が家のある駅に到着。
マシロと一緒に降りて、自宅へ。
家に向かうまでの道にコンビニはないので、駅で飲み物などを買っておいた。
そうしてから、自宅で待機。
しばらくすると予定時間ギリギリに、玄関の呼び鈴が鳴った。
到着したのだ、飛頭蛮マイクが!
巨大な段ボールがそこにはあった。
「でかい!!」
「うおー! 大きいッス!!」
「手伝えマシロ!」
「うッス!」
二人で段ボールを開け、梱包材をぽいぽい引っこ抜くと……。
発泡スチロールに包まれた飛頭蛮マイクがあった。
これを設置し、コンセントに繋ぐ。
「ではやってみるぞ」
「はいッス」
「その前に……メタモルフォーゼスパイス!」
俺は……スパイスに変身だよー!
どれどれー?
マイクは充電が半分くらいされた状態みたいだ。
通電することでスリープが解除されるんだね。
まずはマシロにヘッドホンを付けてもらいながら、スパイスが右耳から囁く……。
「ハミチキください……」
「ふわあああああ右耳からスパイスちゃんの甘い囁きがああああああ」
マシロが横に倒れて悶絶した。
うん、威力は抜群だ!
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