第73話 なんだマシロ偶然だな
熾天使バトラの圧倒的ASMRに脳みそをかき回されたスパイスはその場で買ったよ!
飛頭蛮マイク!!
これ、本当に業界人には飛頭蛮って呼ばれるらしい。
配信者しか使わない仕様だもんねえ、空を飛んでついてくる人間の頭型マイク。
カード決済をしたら、エラーが出た。
さすがに三桁万円は不正使用を疑われたか……。
その場でカード会社に連絡をして、OKを出してもらう。
これで購入!
後日我が家に送られてきます!
というところで……。
メタモルフォーゼを解く俺なのだった。
うおお、スパイスから戻ってもASMRの衝撃が脳を離れない。
「いい買い物だと思うよー。届いたら連絡してね。私とコラボしよう。今回の案内は先行投資なんだから」
「いや、本当に今日はありがとうございます。感謝ですよ。これで首の皮がつながった気分だ」
二人で外に出る。
すると、なんか見覚えのあるのがいた。
スーツ姿のマシロが、同僚の女性と二人でラーメン屋から出てくるところだったのだ。
談笑していた彼女がふと視線を上げたら、俺が目に映ったのだろう。
笑顔のままピタッと固まった。
視線が俺の横を見ているな。
ああ、バトラを見ているのか。
「せ、せ、先輩」
「おっす」
「その横の人は……」
ぷるぷる震える指先がバトラに向く。
バトラがニッコリしながら手を振った。
ここで俺の脳細胞に電撃が走る~!
ASMRの余韻でぽーっとしている場合じゃねえ!
これは修羅場一歩手前だ。
「マシロ。同業者だ。この店で機材を選ぶ手伝いをしてもらった。後日コラボもするのでその相談も兼ねてる。つまりお前の同業者でもあり、俺たちの大先輩でもあるということだ」
マシロがハッと我に返った。
「な、な、なるほど~! し、失礼しましたあ! 先輩、後で詳しく教えて下さい」
「おう、きちんと教えるからな。こういうのは誤解を残したら絶対あとが地獄になる」
ということで、マシロとその場は別れた。
同僚に色々聞かれているな。
どう答えるつもりなのか……。
「いやあ……これがアニメやドラマなら、浮気を疑われてすったもんだするところだよねえ。今生まれる三角関係~! 愛憎渦巻く恋愛模様の先には何が~!」
ニコニコするバトラ。
「いやあ笑い事じゃないですよ。後で説明しなくちゃ……。バトラさんだって明かして大丈夫ですか?」
「いいよー。同業者っていうことは、彼女も配信者なんでしょ? だったらそのうち私がASMR仕込んであげちゃう。台本だって書いてあげるからね」
強い!
この状況でも自分の配信に絡めることができるのだ。
こうして俺はバトラとも別れ、帰途につく。
バトラにザッコでお礼を言っておくのだ。
『なんのなんの。気にしないで。また一人ASMRの沼に浸からせたことで私は大満足だよ』
気さくないい人だった。
配信者としての第一印象は謎めいた美女という感じなのだが、話してみると打ち解けやすくて、気遣いのできる女性だ。
お互い社会人経験者同士だったから、やりやすかったのかもな。
我が家最寄りの駅まで、乗り換え含めて一時間。
東京はこういうところが便利だ。
電車の本数も多いしな。
だがそれだけ、この街の中で人の行き来がしやすいということ。
それはダンジョンの発生しやすさにも関係している。
日本全国で、東京、大阪、名古屋の順でダンジョンが多く発生する。
人が集まればそれだけ恨みつらみもあり、負の感情はダンジョンを呼び起こすのだ。
「ふむふむ……統制されたモンスターか……。徐々に強力になってきているのは間違いないよな」
内心で呟く。
フロータと念話ができればやり取りしたいところだが、今はショウゴの姿だ。
口に出さねばならないから、人気がなくなるまではこのまま。
乗り換えて、自宅へ向かう電車へ。
ここでもスマホに届くニュースを確認しながら、時間を潰す。
「イカルガエンターテイメントの新人が二名デビュー、お花見配信でお披露目……ふんふん八咫烏の相方の斑鳩が作った会社だろ。そしてあのきら星はづきがいるところだ。新人も只者じゃないんだろうな。いやあ、企業勢の世界は華やかだ」
家がかなり近くなった辺りで、同じ電車にほとんど人がいなくなった。
こっくりこっくりしているお年寄りが数名である。
「フロータ、どう思う? ダンジョンについてだけど」
『そうですね。あのアバズレ2が主様の活動範囲を特定すべく、モンスターを派遣してダンジョン化を引き起こしていると見て間違いないと思います』
「魔女ってダンジョンも発生させられるのか……」
『あいつは精神の魔女ですからねー。操れる対象は生きているものの精神ばかりでなく、残留思念みたいなのもあるんです。まあ、あいつが無理やり発生させたダンジョンは長持ちしませんよ。残留思念なんか一ヶ月くらいで燃え尽きちゃいますから、そうしたらダンジョンハザードになることなく、ダンジョンは立ち消えです』
「ああ、なるほど。どこにでもダンジョンを発生させられるけど、入らなければ危険度が低いままなんだ」
『そういうことですねー。魔法ってそこまで便利なものじゃないですよー』
魔導書が言うなら含蓄がある。
ふんふん頷きながら帰宅した。
「スパイスはーん」
「おや、シノさんモード」
「これくらいのサイズが、和室でくつろぐにはちょうどええんですよー」
狐耳、狐尻尾の巫女の少女がにっこり笑って出迎えてくれる。
当たり前みたいに屋内にいるけど、俺は鍵を締めて出かけたはずなんだよなあ。
「ダンジョンASMRの準備はどうです?」
「順調。バトラに実際にやってもらったけど、想像以上の破壊力だった。これは脳に染み付く。たとえ本人を忘れても、これを聞いたら思い出すわ……」
「はぇー、そないに凄いものなんですねえ。あ、うち、お土産を持ってきたんですけど、お茶淹れますから一緒に食べません?」
「いいね、いただくよ。……しかしこの光景もまた、マシロに見られたら勘違いされそうだよなあ……」
「ああ、同業者の後輩さんですやろ? 配信者なら、世界の裏側の神秘に触れたってええんですから、堂々と正体をばらしたらよろし。うちだって狐の姿を晒すのも全然構わへんですよ」
「シノさんは今の姿が一番神秘だと思う」
「ええーっ! 一番楽な姿ですのにぃ!」
ちなみにお土産は、京都の生どら焼だった。
渋いお茶と実に合う……。
さて、あとは夕方にマシロに詳しい状況説明の連絡をして……。
飛頭蛮マイクの到着を待つばかりである。
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。




