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2 欠けた魂

 ティアナは、七歳の時から巫覡見習いとして神殿に仕えるようになった。

 毎日早朝から、神殿に赴き掃除をすることから一日が始まる。掃除を終えると、食事の支度を手伝い、食事を摂る。午前中は巫覡になるための勉強。午後は巫覡の元で雑用をこなす。一日、体と頭を振る活動させる日々が続いていた。

 そんな急がし日々を送りながらも、ティアナは自分の事よりも周りの人の事を思いやれる優しい少女へと成長した。

 そして、ティアナは十五歳のお誕生日を迎えた夜。

 その人は、いつものようにゆっくりとティアナに腕を伸ばし抱き上げる。そして、ティアナの耳元で話始める。

「十五歳のお誕生日おめでとう。僕の種族では、十五歳は成人なんだよ。そのお祝いに、これを君にプレゼントするね」

 その人は、ティアナの左耳に紅い石を付けた。その人にも、両耳に紅い石が付いている。一つは、私との記憶の欠片。もう一つはなんだろう?

「――」

「僕の、ところへおいで」

「――」

「待っているから」

「――」

「ずっと、ずっと君を待っていたんだ」

「――」

「もうすぐ、会えるかな?」

「――」

「僕は、君に会いに行く事が出来ないから……」

「――」

「だから、待っている」

「――」

「ティアナ、待っているよ」

 その人は、私をギュッと抱きしめ頬にキスをすると、スッと消えてしまった。

 毎晩見る夢が変わったのは、お誕生日だったからなのだろうか?

 ティアナは、目を覚ますと鏡に自分の姿を映した。両耳に紅い光を放つ石が見えた。

 あれは、夢ではなくて実際の事なの? 

 あの人は、誰なのだろう? 

 どうして私の名前を知っているの? 

 あの人は、私をいつから待っているのだろう?

 あの人は、何処にいるのだろう?

 あの人は、とても優しい。でも、とても寂しそう……。

 私が傍にいけたら、その寂しさもなくなる?

 私は、あの人のところへ辿りつけるのだろうか?

 不安が後から後から、膨れ上がってくる。でも、もうそろそろこの村を出なければいけないような気がした。



 両親に朝の挨拶をして、神殿に向かう。

 両親も、巫覡見習いの仲間も、巫覡の先輩方も誰も、ティアナの右耳の石に気付かない。

 誰にも見えない石なのだろうか? 

 ティアナは、不思議に思いながらも朝食の席に着いた。いつものように、静に食事が終わると、プシュに声を掛けられた。

「ティアナ、食事の片付けが終わったら私の部屋に来てちょうだい」

「はい」

 何の話だろう? 

 プシュ様にはこの右耳の石が見えるのだろうか?

 ティアナは、急いで食器を片付けるとプシュの部屋を訪ねた。

「どうぞ、お入りなさい」

 いつものように、ノックもしないうちから入室を許可する声が聞こえた。

「失礼します」

 ティアナは、落ち着かない心臓を宥めるように、胸を二回軽く叩いて部屋に入った。

「ティアナ、少し話をしましょう」

 プシュは、いつものように穏やかな笑顔でティアナに椅子に掛けるように促した。

「あ、あの……。どんな、お話ですか?」

「そんなに緊張する事はないわ。ティアナとこうして話をすることが、もうすぐ出来なくなってしまうでしょうから……」

 プシュの表情が、少し歪んだように見えた。

「ティアナ、あなたは毎晩同じ人物が貴方に会いに来ませんか? その人との間に何か変化があったのではないですか」

 ティアナは、言葉が出ないほど驚いた。夢のことは、誰にも話したことがないからだ。

「そんなに驚く事はないでしょ。この村を行き来する魂を、私が知らないとでも思っているの?」

 プシュは、おどけた表情を作ってみせた。

「そ、そんな事は、ありません。ただ、夢なのかそうでないのか私には分からなかったものですから……」

「そうよね。眠っている時にしか訪れて来ないものね。あれはな、夢ではないのよ。あなたが生れた時から、毎晩ティアナに会いに来ている魂なの」

「魂……」

「あなたは、あの魂のパートナーになるために生れて来たの。彼は、ずっとあなたが大人になる日を待っているはずよ」

「はい。夢の中でそう言っていました」

「いつ迎えに来ると言っているの?」

「迎えに行けないから、来て欲しいと言っています」

「迎えに来れないの?」

「はい。毎晩そう言っています」

「困った人ね。……その人が、何の種族かは判る?」

「判りません。ただ、とても紳士的な人だなと思うくらいです」

「紳士的?」

 プシュは、それだけ聞くと考え込んでしまった。暫く考えた末、プシュは立ち上がり書棚から一冊の本を取り出して、ティアナの前に置いた。その本はとても古く、縁がボロボロになっていて、表題すら読み取る事が出来なくなっていた。そして、片手では持ち上がらない程の厚さをしていた。

「ティアナ、この本の中にその人が載っているかもしれないわ。探してみてくれる?」

「?」

「この本はね、あらゆる種族のリーダーになった人物とその子孫や側近達が全て掲載されているの」

「判りました。探してみます」

 ティアナは、重たい表紙を開き、今にも破れてしまいそうなページをゆっくりと丁寧に捲っていった。本は種族ごとに、歴史が古い一族順に掲載されていた。種族によって掲載されている一族の数が違う。頻繁にリーダーが変わる種族もあれば、あまり変わらない種族もある。リーダーとして君臨していた年数やその一族の生存者数なども書かれている。ティアナは、初めて見る様々な種族に興味がわき時間を忘れて見入ってしまった。

 本も半分以上ページを捲った頃、夢に出てくるあの人に似ている一族が現れた。

 夢に出てくるあの人は、黒い髪に赤い瞳、黒のフロックコートを品良く着こなしている。でも、この本の中の一人に断定する事は出来なかった。それは、この一族の生存者が一人もいないと記載されていたためだ。

 その後、数ページ捲ってみた。先程と同じ種族だが別の一族が記載されていた。

 やはり、この一族では無いような気がする。

 さらに先へページを捲り、他の種族も見た。やはりさっきの一族が一番近い様な気がした。ティアナは、ページを戻り、気になる一族のページを開きもう一度じっくりと見た。

 見れば見る程、この一族に思えてくる。

 ティアナは、まだ頭の中で悩みながらもプシュに声を掛けた。

「プシュ様、私に会いにくる人はこの一族の方のように思います。でも、この一族の生存者は一人もいないと……。どういう事なのでしょう?」

 プシュは、ティアナが指し示したページの一族を見て驚いた。

「ティアナ、少し昔話を聞いてね。今から百年前、このヴァンパイアの王子と、ある人間の国の王女が恋をしたの。しかし、王女の父親はその恋を歓迎しなかった。王女は特殊な部屋に閉じ込められ、この一族の王子はヴァンパイアハンターに追われる事になったの。そんなある日、王女は自らの命を絶ってしまった。それは、自国の民を争いから守る為だったと言われているわ。そして一族の王子は、深い悲しみのあまり生きる気力を失い、長い長い眠りについたの。その王子の名は、ルナディクト・ポイニーブラッド。この本では一族の一番最後に記載されている人物よ。ポイニーブラッド家は、とても穏やかな性格の一族で他種族との共存を図る事がとてもうまかったわ。でも、それを良く思っていなかった者がいたの。王子が長い眠りにつくと、王に人間への報復を訴える者が出てきたわ。ヴァンパイアハンターによって、多くの同胞が命を落としていた事もあってね。それでも、王は人間に牙を向ける事を許さなかった。しかし、その王が暗殺されてしまったの。王の一番の側近だったメランブラッド家の者によって。その後、メランブラッド家がこの種族の実権を握るようになったの。それからは、大変だったわ。ポイニーブラッド家は、次々に惨殺された。歯止めが効かなくなった者が、次第に他種族の領域へ雪崩れ込み、争いが始まってしまった。その争いが、三十年前にやっと終わった。終わったと言っても、まだ小さな火種が幾つも燻ってはいるのだけれど……」

「では、その王子も、メランブラッド家の者によって殺されてしまったのですね」

「その様に伝えられているわ。だから、この本にもそう記載されている。でもね、それは違うと言う者もいるのよ」

「違う?」

「そう、メランブラッド家によってバラバラにされてしまった後、王子を慕っていた者によって、こっそり再生されたと言う話もあるのよ」

「再生?」

「力の強いヴァンパイアはね、心臓の欠片一つでもあると再生が可能らしいの。きっとあなたを必要としている人物は、ルナディクト・ポイニーブラッドでしょう。でも困ったわね。彼が迎えに来られないとなると、どうやってあなたをこの村の外に出そうかしら?」

 この村を出る為には、外界からの迎えが必要だ。この村を出て行く者の多くはそうやって出て行く。

 しかし、ティアナの場合その迎えが無い。

 プシュは、壁にかけられていた鏡を外し膝の上に置いて呪文を唱えはじめた。 

 その鏡は、顔が映し出される位の大きさで、装飾は一切なかった。

 プシュは、呪文を唱え終わると鏡をそっとテーブルの上に置いた。

 鏡の中を覗き込むと、真っ暗で何も写っていなかった。

 ティアナは、訝しげにプシュを見つめた。

 プシュは、ニッコリと笑うと右手をかざし円を描くようにゆっくりと動かした。すると、鏡の中に電球でも灯ったかのように、よく見えるようになった。 

 その鏡の中に、数名の人物が動いているのが見えた。

 プシュは、鏡の中の一番奥を指差した。そこには、大きなベッドが置かれ誰かが横になっている。

 プシュは、また右手をかざしゆっくりと動かした。すると、鏡いっぱいにベッドに横たわる人物の顔が映し出された。ティアナは、ハッと息を飲んだ。夢に出て来る人物が、頭の中いっぱいに思い浮かんだ。

「プシュ様、この人です。間違いありません」

 プシュは、ニッコリと微笑むと鏡の上でもう一度右手をかざしゆっくりと動かした。

 鏡の中では、数名の人物がテーブルにつき何かを話しているようだった。プシュは、鏡の端に左人差指と中指を置き話し始めた。

「私は、女神プシュ。魂を守り導く者。この声が聞こえたら答えてください」

 鏡の中では、何処から声がするのかとキョロキョロしている。その中で初老の男性が、ゆっくりと席を立ち、膝をついてお辞儀をした。その他の人物は、訝しげに初老の男性を遠巻きに見ている。すると、初老の男性が、周りの者にも頭を下げるよう声をあげた。

『躾が行き届きませんで、申し訳ございません。私は、アルス・フェデルと申します。代々ポイニーブラッド家に仕える執事です。この者達は、ポイニーブラッド家の使用人達です』

 初老の男性は、疲れきった声を少し震わせるように話し始めた。

「アルス、ベッドに横たわる人物は其方の主ですか?」

『さようでございます。ポイニーブラッド家嫡男ルナディクト様でございます』

「今、私の側に彼の魂のパートナーがいます。彼女の話では、彼は迎えに来られないと話しているようなのです。なぜか分かりますか?」

『ルナディクト様のお体は、元の様に再生されています。しかし、今だ一度もお目覚めになっておりません。私共もどうしたものかと思案にくれていたところでございます』

「そうでしたか。では、ルナディクト氏の体をみさせてもらいます」

 プシュは、右手をかざしゆっくりと動かした。鏡の中に横たわるルナディクトが映しだされた。そして、鏡の上に両手を重ねてかざし呪文を唱えた。すると、ルナディクトの体は金色の淡い光に包まれた。ルナディクトの側にいたもの達から、驚きの声が上がった。

 プシュは、呪文を唱え終わるとゆっくりと両手をはなし鏡の中を覗き込んだ。そして、一つ大きく頷き、左手の中指と人差指を鏡の端に添えた。

「目覚めない理由が判りましたよ。ルナディクト氏の魂が欠けています。今の状態では、生命を維持するのがやっとでしょう。その事について何か知っていますか?」

 プシュの声に動揺が広がった。鏡の中では、あれやこれや言い合いはじめた。しばらくして結論が出たのか、アルスが周りの物達を沈め、プシュの問いに答えた。

『憶測でしかありませんが、ルナディクト様のお体がバラバラにされた時に敵の手に落ちてしまったのかもしれません。私共は、お体を再生する事は出来ても、魂をお体に留めておく事は出来ませんので……』

「分かりました。……あなた方は、ルナディクト氏が目覚めたら何をする予定ですか?」

『私共は、ルナディクト様に従うのみです』

「そうですか。では、先ずはルナディクト氏に目覚めてもらいましょう。少し、時間を頂きます」

 プシュは、そう言うと鏡から左手を外した。鏡にはプシュの部屋の天井が映しだされた。

 プシュと鏡の中のアルスの会話をじっと聞いていたティアナは、鏡に天井が映しだされると、大きく息をついた。会話中、知らず知らずのうちに体に力が入り、呼吸も控えてしまっていたようだ。

 プシュは、ジッとティアナを見つめていた。

「あの、プシュ様、私はどうしたら良いのでしょう?」

「ティアナ、あなたの左耳の紅い石はいつ付けたのですか? 昨日までは無かったわよね」

 プシュは、ティアナの問いには答えずそう聞いて来た。

「これは、昨晩の夢であの人がお誕生日のプレゼントだと言って付けてくれたのです」

「そうですか。これは、血液の結晶のようね。誰の物かしら? ……そう言えば、鏡の中のルナディクト氏の両耳にも紅い石が付いていましたね」

「夢の中ではいつも付いています。私の記憶がある時からですけれど……」

「そうですか。これは、使えるかもしれませんね。ルナディクト氏は、この事も見込んであなたにこの石をプレゼントしたのかもしれません」

 プシュは、一安心したかのようにニッコリと微笑んだ。

「どういう事ですか?」

「ティアナ、あなたはルナディクト氏を助けてあげたいですか? 彼の力になりたいですか?」

「は、はい。私で出来る事なら」

「そうですか。では、あなたの魂を彼に預けてみましょう?」

「えっ?」

「何も怖がる事はありません。私に任せて。では、今晩実行します。あなたの部屋では狭くて術がかけにくいので、もう少し広い部屋にしましょう。部屋の用意が出来たら、声を掛けます。それまで、いつもと同じ様に過ごしてください」

 ティアナは、まだ頭の中が整理しきれていないまま部屋を出た。



 ティアナはその日の仕事を終え、帰り支度をしている時、プシュに呼ばれた。

 その部屋は、鏡の間だった。その部屋の真ん中に大きめのベッドが置かれていた。そのベッドの周りに女性の巫覡が三名。

 ティアナは、プシュにそのベッドに横になるよう促された。普段使っている物とは比べ物にならないくらい、とてもフカフカのベッドだった。

 ティアナが横になると、プシュはティアナの左側に立ち、三名の巫覡は向かい側に並んだ。

「ティアナ、これからあなたの魂を体から取り出します。そして、あなたの魂をルナディクト氏に預けます。彼は、あなたの魂を得る事で体を動かす事が出来ます。そして、自分の奪われた魂を取り返す事が出来るでしょう。彼に預けたあなたの魂は、彼を助け彼に安らぎや勇気を与える事ができるでしょう。あなたの体は、ここで眠り続けます。彼があなたの体を迎えに来るまで……」

「あの、プシュ様、私の魂は彼の魂と一緒になれるのですか?」

「なれますよ。元々あなたのパートナーですから。それに、あなたの左耳の石。これがきっと、手助けになります」

「分かりました」

「では、ティアナ眠りなさい。深く深く……」

 ティアナが目を閉じると、プシュと巫覡達から複雑な呪文が唱えられはじめた。

 




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