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エピローグ

 見上げるほどの大きな鏡の前でプシュは、ホッと胸を撫で下ろした。

「ティアナ、良かったわね」

 プシュは、鏡の裏の小部屋に眠っているティアナの顔を思い浮かべた。ティアナの体を預かってからそんなに月日が経ったわけではないが、魂が離れてしまった体は様々なものに晒されてしまう。それらから守るために、この小部屋に置かれた。小部屋は、プシュの力によって作られた物で、いかなる者も入室が出来ないようになっている。その部屋からティアナを出す日も近いだろう。


 プシュが胸を撫で下ろした日から数日後、鏡の間に二つの魂が現れた。

 一つはこの地の者、もう一つはとてつもなく大きな力を持つ者。その大きな力に、神殿で働く者たちは金縛りにあったかのように動けなくなった。

「ティアナ、お帰りなさい。ルナディクト、いらっしゃい」

 プシュは、驚くこともなく笑顔で二つの魂を向かえた。

 二つの魂は、うっすらと人の姿をとった。その姿を見ても、巫覡(かんなぎ)たちは動き出す事が出来なかった。プシュは、その光景に呆れたように溜め息を一つついた。

「プシュ様、ただいま戻りました」

「ティアナ、無事で良かったわ。ルナディクト、ありがとございます」

 プシュは、ルナディクトに丁寧に頭を下げた。

「いえ、僕の我儘をお聞き入れ下さいまして、ありがとございます。ティアナの体を引き取りに来ました」

「ええ、待っていましたよ。では、準備をします。少しお待ちください」

 プシュは、そう言うと動けないでいる巫覡(かんなぎ)たちの肩をポンポンと叩いて歩き準備の指示を始めた。


 大きな鏡の裏の小部屋からティアナの体が運ばれて来た。その姿を目にしたルナディクトは満面の笑みを浮かべた。そんなルナディクトを見たティアナは、恥ずかしくて頬を染めた。すると、体もそれに反応するように赤く染まり体温が上がってきた。

 プシュが、ティアナの魂に両手をかざすと何の抵抗もなく体へと入っていった。ティアナは、ゆっくりと瞼を開いた。

「ティアナ、どうかしら? 違和感はない?」

「はい。大丈夫そうです。でも、とても体が重いです」

「暫く、動かしていなかった体は急には動かないわ。ゆっくり慣らしていってね」

「はい。でも、あまりゆっくりも……」

 ティアナは、不安そうな表情をルナディクトに向けた。

「大丈夫よ、心配いらないわ」

 プシュは、にっこりと微笑むとルナディクトに話し掛けた。

「あなたの体は何処にありますか?」

「僕の国の北西、クレイオ先生のご自宅です」

「分かりました」

 プシュは、大きな鏡の前で両手を一度叩いた。すると、その鏡の中にクレイオの姿が映し出された。

「クレイオ、ルナディクトの体はどの位保てますか?」

『そうですね、あまり長くは保てませんね』

「情けない事ですね。分かりました。では、もう一つベッドを用意してもらえますか?」

『それなら、用意してあります。ルナディクトの体が置いてある部屋に』

「あら、用意が良いのですね。では、そのベッドをお借りします」

 プシュは、クレイオとの会話を終えるともう一度鏡に向かって両手を叩いた。すると今度は、ルナディクトがベッドに横たわっている姿が映し出された。その隣には、空のベッドも見えた。

「ルナディクト、あのベッドにティアナを寝かせましょう。手伝ってくださいね」

 プシュは、大きな鏡に向かって右手をかざし、大きく左右に一度揺らした。すると、鏡は中央から波紋が広がるように波打った。

「さあ、ゆっくりティアナを抱き抱えて下さい。そしたら、この鏡の中へ」 

 ルナディクトは、そっとティアナを抱き上げると鏡の中へ歩みを進めた。鏡面は、何の抵抗もなくルナディクトを飲み込んだ。鏡を通り過ぎると、そこは鏡に映し出されていた部屋だった。

 ルナディクトは、空いているベッドにそっとティアナを寝かせた。そして、音もなく自身の体へと入った。そして、上体を起こし、ゆっくりとベッドから降りると、ティアナの枕元に椅子を引き寄せ腰をおろした。そして、じっとティアナを見詰めた。

 その表情は、今までティアナが見たことのないほどの穏やかなものだ。しかし、あまりにもじっと見詰められるのは恥ずかしすぎる。ティアナの顔は、みるみるうちに赤くなった。

 それをルナディクトは、何をどう勘違いしたのか、両手でティアナの両頬に触れ顔を覗き込んで来た。

 ティアナは、ルナディクトのその行動に声を出すことも出来ずに、顔だけでなく体までも熱を持ち始めた。

 すると、ルナディクトは一度首をかしげ考えるような表情を浮かべたが、すぐにベッドに上りティアナを抱き締めた。

 これには、ティアナの頭はパニックを起こし意識を手放した。

 そんなティアナの様子に今度はルナディクトが慌て出した。

「ティアナ、ティアナ!」

 大きな声で名前を連呼し、体を揺すった。それでも、ティアナの意識は戻らない。どうしていいのか分からなくなったルナディクトは、クレイオを大きな声で呼んだ。

「どうしたのですか?」

 クレイオは、のんびりと部屋に入って来て、部屋の中の光景を目にすると驚いて固まってしまった。

「先生、ティアナが、ティアナが……」

 クレイオの様子など眼中にないルナディクトは、なおもティアナをギュウギュウ抱き締めていた。

 クレイオは、ゆっくりと瞬きを一度すると大きな溜め息を一つついた。そして、ティアナからルナディクトをひっぺがし、床に放り投げた。

「ティアナ、ティアナ!」

 それでもルナディクトは、両手を広げてティアナに走り寄ってきた。それをクレイオは意図も簡単に床に座らせ、ルナディクトが動けないように抑え込んだ。

「ティアナ、ティアナ……」

 それでも、ルナディクトは動こうともがいた。おまけに、涙まで浮かべている。クレイオは、また大きな溜め息を一つついた。

「ルナディクト、落ち着きなさい」

 クレイオには、珍しく大きな声だった。その声に、ルナディクトは涙を流しながら黙った。

「ルナディクト、ティアナは大丈夫ですよ。ただ、びっくりしただけです」

「びっくり? びっくりするような事は、何もありませんでしたが……」

「あなたの行動にびっくりしたのですよ」

「僕は、何も……」

 ルナディクトは、思い当たることが無いらしく、ポカンとしていた。


 クレイオは、この地に悪魔の血をひく者が居なくなったら、この地を離れようと考えていた。しかし、ルナディクトのティアナに対する行動に不安を覚えた。鏡の中からも怪訝な声が聞こえて来そうな嫌な予感もした。

――もう少し、この地に留まっても良いかもしれない……。



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