1 閉ざされた村
この世で結ばれた者は、来世でも結ばれるという。それは、魂がほんの少しの記憶を持ち続け、自分を向上させる為に絶対に必要なパートナーであるから探し求めるのだと言われている。
そして、この世で結ばれずに亡くなってしまった魂は、来世では必ず結ばれようと天での勉強を終えると、ある大木を目指して地上へ降り立つ。
魂が目指してやってくるその大木は、魂にだけ分かるような不思議な光を放っている その光を目指してくるのだ。
そして魂は、その木の葉に触れると神殿の広い空間へと一瞬で移動する。その神殿で、生を受ける順番を待つ。
その神殿は、その大木の中にある。神殿だけではなく、小さな村が一つ。
この村には名前がない。普通の人間には見つける事も不可能な村なので、地図に載せる必要もない。その為、名前も付けられていない。
この村は、前世で結ばれる事が出来なかった魂を守りその両親に相応しい夫婦を見つけるための場所なのだ。それはずっとずっと昔から続いている。
この村の民は、外界との行き来をしない。一度村を出てしまうと、二度と戻っては来られないからだ。
そんな掟があるにも関わらず村を出て行く者はいる。 それは、魂の親として選ばれた者だ。選ばれた者は魂が望む種族の一員としてその世界で生活していく事になる。
この村の民は、どんな種族の親にでもなれるのだ。それは、昔々この村の民からあらゆる種族が生れたとされているためだ。
その民を束ね毎日神殿で祈りを捧げ、たくさんの魂の親を探しているのは、女神プシュ。
プシュは、とても小柄で肌は透けるように白く皺一つない。藤色の長い髪を頭の上で一つに束ね、にっこり笑う姿は、幼い少女にしか見えない。しかし、この村の誰よりも長く生きている。
プシュは、一日の殆どの時間を神殿の際奥にある鏡の間で過ごす。この部屋には、プシュの背丈の倍はあるだろう大きな丸い鏡が正面の壁に掛けられている。その前にプシュはチョコンと座って、祈りを捧げるのだ。
神殿には他に、かんなぎ巫覡が数名とその見習いの少年少女たちが数名働いていた。彼らは、特殊な能力を持つこの村の民の中でも秀でた才を持つ者たちだった。
そんな中に、プシュがずっと気に掛けて来た少女が一人いる。
少女の名前は、ティアナ。ブラウンの髪に藤色の瞳をした笑顔が良く似合う少女だ。
この村では、数百年に一人位外界へ出て行くことが決まっている子が生まれてくる。それは、親としてではなくパートナーとして必要とされている子だ。
そういう子は、普通の子よりも成長が早い。もしも、お腹の中にいる間に母親がその事に気付かないと、母親の生気を全て吸い尽くしてしまい、母親は難産の末命を落とすことになってします。
ティアナの母親は、その事に気付く事が出来た。母親はプシュから説明を受け、夫と共にすぐに神殿で暮らし始めた。
お腹の子が大きくなるに連れ、母親の体力も奪われていった。いくら食事をしても薬を飲んでも母親の体力は追い付けなかった。そして、母親のそばに付き添っていた父親の顔色も段々と悪くなっていった。プシュは、仕方なくお腹の中から赤ん坊を出す事にした。
手術は、プシュの他にベテランの巫覡が五名立ち会った。お腹を開けてみると、ティアナは鮮やかな紅い光に包まれていた。
この紅い光は、ティアナが持つパートナーの記憶を具現化したものだ。目に見える程の物が記憶として残っていると言う事は、ティアナの魂は前世で、とても悲しい死に方をしパートナーと別れたのだろう。
プシュは、そっとティアナを抱き上げた。すると、ティアナを包んでいた紅い光は、丸く小さくなりテティアナの右耳朶におさまった。それは、光を反射して、まるで宝石のように煌めいた。
ティアナは、二人の巫覡によってすぐに母親から離されプシュの力を蓄積させた小部屋へと移された。
プシュは、その間母親の体調を通常の出産時と同じように戻す為の術を三人の巫覡と一緒にかけていた。すると、ティアナが運ばれた部屋から悲鳴が聞こえてきた。
プシュは、母親を三人の巫覡に任せて小部屋へと急いだ。
ティアナを任せていた巫覡は、二人共廊下で失神していた。
プシュは、ティアナの様子を見る為に部屋のドアをそっと開けた。
部屋の中は、鮮やかな紅い光に包まれたティアナが宙に浮いていた。部屋の中に蓄積されていたプシュの力は、一欠片も残っていなかった。全てティアナが吸収してしまったのかもしれない。
プシュは、ゆっくりと部屋に入った。
ティアナは、泣くこともなくスヤスヤと眠っている。
紅い光は、プシュにティアナを見せるように近づいてきた。紅い光は、ティアナをあやしているかの様に、ゆっくりと上下に動いている。
この紅い光は、ティアナのパートナーの魂なのだろう。ティアナが生れた事を知り、無防備な姿でティアナに会いに来たのだろう。
「あなたは、すぐにこの子を連れて行くのですか?」
プシュの呼びかけに、紅い光は横にゆっくりと揺れた。否定しているのだろう。
「そうですか。では、この子はしばらくの間、両親と共に暮らせるのですね」
紅い光は、縦に揺れた。
「両親からのたくさんの愛情を注がれて育ったこの子が、必要なのですか?」
紅い光は、また縦に揺れた。
「分かりました。きっと心優しい女性に成長する事でしょう。それまで、この村でちゃんと守りますよ」
紅い光は、今度も縦に揺れた。そして、プシュの腕に赤ん坊をそっと移すとスッと消えてしまった。
紅い光……。それは、プシュの記憶の中にもあった。その記憶の中の光は、もっと暗い紅だった。
それは、プシュがまだこの村の民だった頃の遠い遠い昔の事。
プシュには、双子の姉がいた。その姉の子供が生まれた時、ティアナと同じように紅い光がやって来た。しかしその時の紅い光は、とても荒々しく近づきがたい物だった。命が尽きようとしていた姉に代わり、プシュはその子を取り戻そうと試みた。しかし、どんな方法もその紅い光に太刀打ちする事は出来なかった。姉は、子供を連れ去られると同時に息を引き取った。姉は、天での勉強を終えると、この村にすぐに戻って来た。しかし、パートナーを見つける事を拒んだ。その代わり、自分のような母親を少しでも減らせる様に、プシュに魂ごと預けたのだ。その魂は、今もプシュの中にあり力を貸してくれている。
ティアナのような子が生れる時、外界で変革が起こるとされている。それが良い変革なのか悪い変革なのか、それは、ティアナのような子をパートナーとして欲している人物による。
現在、外界では種族間の長い戦争がやっと終わったものの、まだあちこちで小さな火種が燻っているような不安定な世界だ。種族によっては、建て直しを始めたところもあるが、全く手がつけられていない種族もまだまだある。
そんな世界の誰かが、ティアナを必要としている。ティアナには両親の愛情が必要というならば、その種族の誰かは外界を平和に導こうとしているのだろうか……。
プシュは、これからティアナが歩いていかなければならない世界が少しでも幸せな場所であるようにと、願った。
ティアナが生れて一週間後、両親と共に自宅に帰った。
ティアナは、まだ知らず知らずのうちに周りの大人の生気を吸っていたが、それに対応するだけの、薬が該当する大人には処方された。そして十日に一度、神殿でティアナの発育検査が行われた。
ティアナの発育は、順調だった。
両親の話では、毎晩のように紅い光がティアナに会いに来るという。ティアナは、その紅い光が現れると声を立てて笑ったり、手を伸ばしたりしているらしい。
両親は、この子はきっと幸せになれると確信したようだった。