第79話:王都グランディール
王都から派遣された特務調査官ユリウスからの「国王軍からの召喚状」を受け取った俺は、セリアやニーナたちにギルドの留守を任せ、王都への旅路についていた。
先頭を走る俺とシリウスの後ろには、二十頭のナイトメアの群れ。
そして上空には、空を覆い隠すほど巨大な二頭のドラゴン。
誰がどう見ても王都への侵攻にしか見えないそのパレードは、道中すれ違う商人や旅人たちを文字通り腰を抜かさせて気絶させるには十分すぎるほどの威圧感を放っていた。
だが、そんな威風堂々たる進軍も、出発から数日が経過した頃に唐突な終わりを迎えることになった。
『エルよ! 儂はもう空を飛ぶのに疲れた!
腹も減ったし、早くお家へ帰ってふかふかのベッドで昼寝がしたいのじゃー!』
上空から、俺の脳内に直接響いてきたのは、ファルからの念話だった。
見上げれば、三十メートル超えの美しき白竜ファルが、空中でバタバタと手足を動かして駄々をこねている。どうやら、あの巨体で空を飛び続けるのは、「燃費」がすこぶる悪いらしい。
『ふむ……白き古竜よ、奇遇だな。我も完全復活したとはいえ、現代の大気中の薄い魔力でこの巨体を維持し続けるのは少々骨が折れる。人間のテイマーよ、我も少し休ませてもらうとしよう』
黒龍ゼノスも同意し、次の瞬間、上空の二頭は光の粒子となって収縮。俺の方に向かってくる『白竜玉』と『黒龍玉』をキャッチし、腰のポーチへ収めた。
「……ああ、なんということだ。空を舞う美しき竜たちの、あの神々しくも極上の毛並みと鱗の鑑賞時間が……」
隣を並走していたユリウスが、この世の終わりのような絶望顔で天を仰いだ。
重度のモフモフ依存症である彼にとって、上空のファルを眺めるのは唯一のメンタル補給だったのだ。
だが、その直後。
『むにゃむにゃ……エルー、おやすみなさーい……』
ポーチの隙間から、愛玩サイズに縮んで幼児口調に戻ったファルが、寝ぼけ眼でひょっこりと顔を出した。
「……!?」
一瞬前まで「絶望」を張り付けていたユリウスの顔が、劇的に変化した。
眉間のシワが消え、口角がだらしなく吊り上がる。小さくなって愛らしさが増したファルの「小動物感」を目の当たりにし、彼はさっきまでの気落ちが嘘のように、にんまりと不気味な笑みを浮かべた。
「……ふふ、ふふふ。小さいのも、それはそれで善きですね。ああ……触りたい、撫でたい、顔を埋めたい……」
「……ユリウスさん、顔が怖い……」
俺が呆れて声をかけると、彼はコホンと強引に咳払いをして、居住まいを正した。
「失礼、少し心の声が漏れました。……さて、エルヴァン殿。そろそろ王都が見えてきますが、その前に少し話しておきましょう」
ユリウスの言葉が、少しだけ重さを増した。
「あなたにお渡しした召喚状ですが、名目上は『類稀なる力を持つテイマーと従魔を、軍部の特別戦力として迎え入れる』という厚遇の誘いになっています。ですが……」
「建前、ってことだな?」
「ええ。私が独自のルートで探ったところ、軍部の上層部は今、極秘裏にある対応に追われているようなのです。以前お話しした、『厄災』絡みではないかと」
ユリウスは周囲の街道に誰もいないことを確認するように視線を巡らせ、声を一段と潜めた。
「……実は。西方の大陸にある城塞国家ガレリアが、一夜にして『消滅した』という未確認情報があるのです。この事実は、国の上層部のごく一部しか把握していません」
「国が一つ、一夜で消滅した……?」
俺は思わず息を呑んだ。
「ええ。上層部はその得体の知れない脅威に酷く神経を尖らせています。彼らにとって、規格外の力を持つあなたの従魔たちは喉から手が出るほど欲しい『対抗兵器』か、あるいは厄災と同質の排除すべき『異常な脅威』かのどちらかなのです」
「……だろうな。だが、誰にも渡さないぞ。こいつらは俺の家族だ」
俺がシリウスの首をポンと叩くと、シリウスも力強く鼻を鳴らした。
やがて、なだらかな丘を越えた俺たちの眼下に、天を突くほど壮麗な白亜の王城と、それを守護する巨大な城郭都市の全貌が広がった。
大国の中枢、王都グランディール。
隠された厄災の真実が眠る場所へと、俺たちはついに足を踏み入れる。




