第38話:忍び寄る王都の影と、厄介な指名依頼
穏やかな日常を満喫していた俺の前に、セリアがコトリと置いた一枚の羊皮紙。
それは、冒険者ギルドからの正式な『指名依頼』の書状だった。
「指名依頼? ガストンさんから直接ってことは……またスタンピードの兆候でもあったのか?」
「いえ、魔物の討伐ではありません。……厄介なことに『護衛と案内』の依頼です。しかも、依頼主が……」
セリアは少しだけ顔をしかめ、重々しい口調で告げた。
「数日後にこの迷宮都市ゴルドランを視察に訪れる、『王都の軍務局』の特使の護衛です」
「……は? 王都? 軍務局?」
俺は思わず間の抜けた声を上げた。
王都といえば、この国の中心であり、貴族や権力者たちがひしめく魔境だ。俺にとっては、天地がひっくり返っても縁のない場所のはずである。
「なんでまた、そんな連中が俺を指名してくるんだよ!?」
「それは……エルの昇級スピードが異常すぎたからです。認定式でのナイトメアの召喚から始まり、異例の速さでのAランク昇格。さらに『蒼炎のテイマー』や『災厄喰らい』といった物騒な二つ名……。王都の上層部が、エルの存在に目を付けないはずがありません」
セリアの言葉に、俺は頭を抱えた。
目立ちたくない、平穏に美味しいご飯を作って暮らしたいだけなのに、どうしてこうなった……!
「実は最近、隣国との国境沿いで小競り合いが増えているという噂があります。おそらく王都の軍務局は、いざ戦争になった時の『強力な戦力』を探しているのでしょう。……表向きは視察の護衛ですが、本音はエルの『従魔の戦力査定』に違いありません」
戦争。
その単語が出た瞬間だった。
『……ふん。人間は何百年経っても愚かな生き物じゃな』
庭で昼寝をしていたファルが、念話でポツリで呟いた。
俺は執務室の窓越しに、ファルの様子を伺う。その黄金の瞳には、かつて己の力を戦争の道具として利用しようとした権力者たちへの、静かな呆れと警戒の色が浮かんでいた。
「ファル……」
『よいか、エルヴァン。奴らに我の存在を知られれば、間違いなくお主を軍に組み込み、我の力を戦争に利用しようと企むはずじゃ。……我が戦場に出れば、山は焼け、国境など一晩で消し飛ぶぞ』
「わかってる。……お前をそんなことに使わせるもんか」
もし王都の連中に、俺の従魔がただの魔物ではなく、国家のバランスすら崩壊させる神獣だとバレたら……間違いなく、俺たちのこの穏やかなギルド生活は終わりを告げる。
「セリア。この依頼、断ることは……」
「不可能ですね。相手は王都の特使です。正当な理由なく断れば、国への反逆とみなされかねません。それに……」
セリアは哀れみを含んだ瞳で、俺の顔を見つめた。
「このギルドの建設費用は、冒険者ギルドを通じて国境警備の予算から出ている特別融資です。王都の機嫌を損ねれば、最悪の場合、このギルドハウスが差し押さえられます」
なんという理不尽。債務という名の鎖が、俺の首を容赦なく絞め上げてくる。
隣で話を聞いていたニーナが、「え、エルヴァンさん、顔色が真っ青です……! プルちゃん、ヒールを!」と慌ててスライムを乗せてきた。
「……やるしかない、か」
俺は胃をさすりながら、重い息を吐き出した。
ファルはもちろんのこと、シリウスの力も極力隠し通さなければならない。ただの『少し腕の立つ料理上手なテイマー』として、この特使の視察を何事もなくやり過ごすのだ。
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
王都からやってくる特使が、想像を絶するほど『厄介な人物』であり――俺たちの必死の隠蔽工作が、最悪の形で打ち砕かれることになるということを。
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