妖精の国だよおかしい
「シャモちゃんがおかしくなってずっと後ろ向きに歩いてるんだけど、なんで歩けんの?」
よたよたとした足取りで、なぜかうまいこと後ろ向きに進んでいる毘沙門は、途中でキララにくるりと向きを修正されるまで、かなりの距離を後退するかたちで進んだ。
「ララちゃんが未来から来た人で、しかもシャモちゃんの……子孫? だっていうのには、確かに驚いたけどね」
廊下を進みながら━━エルフィン王国にあるエルフィン城だと説明された━━会話をしつつも観察は怠らない。異世界の装飾は興味深く、どこかの外国にありそうなものから、なさそうなものまで多様だった。
廊下ですれ違う人々は、想像とは違って通常の人間サイズであり、また、妖精というよりは人間にしか見えなかった。
ただし、その耳は尖っており、やはりファンタジー世界の住人を思わせる。
「ここは、アンヨのお部屋です」と、アンヨ自身が紹介する。下りの階段がある手前あたりに、小さめの扉があった。シイシ国王(この場所では、そう呼ぶのが正解だろう)の部屋の扉も同じサイズだったが、後ろ向きだった毘沙門が通れるギリギリくらいの大きさはある。
見せてくれるらしく、扉を開けたアンヨにつづいて中に入ってみると、信じられないくらいかわいらしい内装の部屋だったし、初雪も好きなフリキュアのフィギュアなども飾られていたので、興奮を覚えた。
「この世界にもフリキュアあるの?」
「残念ながら、この世界にはないよ」と、これはフリキュア産みの親でもある浄玻璃所長が語った。「アンヨちゃんが初雪ちゃんたちの世界から、わざわざ運んできたんだよ」と。
「さすがアンヨたん! ソウルメイト!」
初雪が激しく抱きついて、アンヨが「ぴに」と鳴いた。
城内を一通り見て回り、外へ出る。
異世界の町を観光することになり、春風は嬉しそうにしている。城内は、それこそ外国にでも行けば、似たような建物はないこともないだろう。となると、メインはやはり外の景色だ。町並みや、その場所の空気。違う宇宙であるとまで言われた異世界なのだからと、弥が上にも期待は高まる。
そんな春風の期待に応えるように、さっそくかわいらしいなにかが歩いているのを発見する。
「おや……なにやら毛玉のようなものが歩いておるな」キララが一息で間合いを詰めると、その歩く毛玉を両手で捕らえた。
「ナニナニ⁉ アタチ食べても美味ちくナイヨ!」
合成音声のような声音で、その毛玉は喋った。ともすればAIを搭載した綿毛のオモチャに見える。
「おっ、喋るのかこの毛玉!」
キララに押さえつけられたままの毛玉を、春風もこねくりまわす。もふもふの毛が乱れて、なんだかかわいそうだ。
「離ちて離ちてー! アタチまだチにたくナイヨ!」
野生のまんじゅうほどのサイズの(などと、この「野生のまんじゅう」をことあるごとに上げるわけだが、そのサイズがそもそもどれくらいなんだよという説明などは、今この場では省略する)綿毛のような生き物は、プルプルと震えはじめた。
「そろそろ離してあげて。その子は、そういう生き物なのだよ」
浄玻璃所長に言われたキララが、すぐに手を離す━━と、毛玉の生物は一目散に逃げて行ったし、去り際に「バーカ!」と言うことも忘れなかった。さすが妖精の国(?)だと、初雪は感動した。その辺りの子供っぽさというか、そんな感じがいかにも「妖精」らしいと思うのだ。
「思ったんだけどさー」思った初雪が、思ったことを口に出す。「みんな日本語で話してるよね?」と。マンガやアニメによくある違和感で、現実でもそれは変わらない。誰も指摘しないならばと、初雪がわざわざ指摘したのだ。
なんで違う宇宙にある異世界で、普通に日本語喋ってんの? と。
「まずはじめに言っておくと━━この世界には基本的に言語が一つしかないのだよ」と、所長。
「一つしかない? まさかそれが日本語だとでも言うのか」と言った春風に対して、所長はその通りだと返した。基本的に、と言ったのは、一部の獣人やその他の生物(動物も含め)を除いた、人間の社会に限っては━━ということだった。
「んなアホな……別の宇宙にある、異世界なんじゃなかったのか。いやまあ、へんな生き物はいたけど」春風は納得しない。
そんな春風を向いて、所長はつづける。
「日本語ってすごいのよ? あなたたちは日本語を日本語と言って、ただの母国語だという認識しかないでしょうけどね━━宇宙が違えば、世界が違えば『日本語』だけしかない場所だって存在するの。それほどに重要な言語であるとだけ、今は説明しておこう」
浄玻璃所長の説明に、納得がいったのかいかなかったのか、わからないが押し黙る春風。
「なるほどなー、だからみんな日本語なんだね」と、初雪はわかったようなフリをしてみた。なにはともあれ、話せるというのは、いいことだ。
そんな彼女の目が、ある一点で止まる。
西洋風の建物━━しかしどこの国かと言われたらどこの国にもなさそうな建物が並ぶ中に、ぽつりと屋台のようなものが置いてある。いや、まさしくそれは屋台だった。
問題は屋台そのものではなくて、その中に見える生き物だ。
猫━━にしか見えない。猫だ。でも、初雪の視線はそこから離れられなくなった。
ただの猫ではない、あれは━━。
「まさか……そんな……実在しとるなんて…………」
ふらふらと吸い寄せられるように━━実際に吸い寄せられた初雪が、屋台の前に立つ。
「いらっしゃいませりん」
と、猫が喋った。猫が喋ったという事実にはそれほど驚かずに、それよりも、そのことにより決定付けられた猫の正体に興味が向く。
「も、もも、もももしかして、ゴンタちゃんですか?」
自分でも声が震えるのを抑えきれずに、初雪が問う。
その見た目と、そして特徴のある喋り方は━━初代「みんなのフリキュア」から毎作品必ず登場する、フリキュアの案内人(猫だけど)みたいな存在である妖精猫のゴンタちゃんそのものだったのだ。
ごくりと唾を飲み込む間に、その猫は返事をした。
「そうですりん。ゴンタですりん」と。
「にょおーっ!」拳を天に突き上げて、魂の雄叫びを放つ。
なぜだか涙が流れてきた。
「所長、ゴンタちゃんって実在の人物(猫だけど)だったんですかっ⁉」
その腕に飛び付いて、訊く。
「そだよー。一応知り合いだったから、フリキュアに出したらおもしろいかなって思ってね。あ、もちろん本人(猫だけど)の許可はもらってますから。ね、ゴンタくん?」
「ですりん。出演料もいただいたので、お家が新しくなったりん」
なんだか急に生活感を感じたが、おそらくいい話なので問題はない。ちゃんと自宅が他にあるのか……そして、ちゃんと屋台で働いているのかと、妖精の実態に驚愕する初雪。やはり想像と現実には違いがあるようだ。
「ごっごっ、ゴンタちゃん、サインくださいっ!」
イケメン男性アイドルや俳優にはたとえ会ってもサインをねだらないような女が、喋る猫にはサインをねだる。猫の手で文字が書けるのかという疑問も忘れて。
「あげるりん━━でも、ペンはあるけど色紙がないのりん」
と、意外にもオーケーだったので、書けるらしい。
「それならダイジョブ! ブラでいいから!」
言って、上着をまくり上げた初雪は下着の胸をつき出した。
「初雪、そこまでするとは……」春風が引く。
混乱状態持続中の毘沙門はさておき、キララはそんな様子を楽しそうに眺めていた。
「わかったりん……じゃあ」
一度、それまで乗っていた台から降りると、下でなにかやってから、また台の上に戻ったゴンタ。その手(右の前足)には黒のマジックがあった。もちろん、猫の手で握ることはできない━━どうやら、テープかなにかで張り付いているようだった。
それを器用に動かして、初雪の白いブラジャーに文字を書く猫。意味不明な光景。
「にゃはは、くすぐったいぃぃ」もじもじとお尻を揺らして耐える初雪。
数秒で、サインは終わった。
振り向いた初雪のブラジャー、その心臓側のほうに、ほぼ読めないレベルのきったねぇ文字でおそらく「ゴンタ」と書かれていた。これもおそらく、カタカナで。
「読めんな」春風が無慈悲に呟く。
「よかったね、初雪ちゃん」
「はいぃぃ、このブラはもう二度と洗わないにょ!」
公言したし、それを実行するのだった。
「やるりん? やらないりん?」
ゴンタが唐突にそう言ったので、はじめはなんのことだかわからなかったのだが、よくよく考えてみれば、ここは屋台だ。お店である。
今さらながらに気づいたが、輪投げゲームの屋台のようだ。それぞれ等級の書かれた突起があって、そこに輪を投げ入れる遊びらしい。
「せっかくだから、やってみる?」
そう所長に言われるまでもなく、すでにやる気だった初雪はもちろんイエスと言った。
「一回、三百ネンりん」
値段であろう、ちょっと言い間違いなんじゃないかと思う単位でゴンタが値段を告げる。
「一回、三百年だと⁉ 寿命でも取られるのか?」と、春風。
「違うりん」ゴンタが否定して、説明したのは所長だった。
「ネンというのはこの国の通貨単位で、円とまったく同じ価値なんだよ」
「ほえ~、じゃあもう円でいいじゃん……っていうかわたし、ネンなんて持ってないりん」初雪は財布を一応持ってきていたけれど、もちろんネンなんて単位の貨幣は持ち合わせていない。
換金所もなかったし。
「それも問題なし━━日本円がそのまま使えるから」
「なんで⁉」
「わたしが、使えるようにしたから」
「どーやって⁉」
それには所長も答えてくれなかったので、とりあえず気にしないことにする。
財布から三百円=三百ネンと同等の硬貨を取り出すと、ゴンタの前のスペースに置いた。
「ありがとりん。輪っかですりん」
多分プラスチックでできた、小さめの輪を3つ渡された。これは、器用に両手を使って、箱から取り出したようだ。
三百円で3つ。つまりチャンスは3回。高いのか安いのか、微妙なところだ。
突起は高さも大きさもバラバラだが、かなり密集しているので、意外と入りやすい気がする。
初雪は特賞と書かれたものに、狙いをさだめる。
「フリキュアー、ハートフルッ……八つ裂きチャクラムーッ!」けっこう昔のフリキュアに登場した技を叫び、投げる。
が、力んでしまって突起どころかゴンタの顔面に直撃した。
「痛いりん」
「ごごご、ごめんよゴンタちゃーん!」
お顔をなでなでして、ついでにアゴと首と身体もなでまくる。
気を取り直して2投目、3投目とつづける。2投目は外れて、3投目がようやく低い突起になんとかハマった。
等級は……十等!
末等も末等だったようで、景品もゴミみたいなものらしく、ぶっちゃけゴミである。
「……これは……これが景品?」
「釘ですりん」
釘だった。
しかも錆びているので、本当に本物のゴミだ。こんなものは、いらない。
「わーい……やっ……たぁ…………」
珍しく消え入りそうな声で、初雪が言った。
「なんじゃ初雪、だらしがないのぉ」
わたしに任せておけ━━そう言ったキララが三百円を置き、輪っかをもらう。
「輪投げは、こうやるんじゃ!」
スパーン! と、小気味よい音をたてた輪っかは、ゴンタの顔面に留まっていた。
「痛いりん」
「ありゃ……ミスったか?」
気を取り直し、2投目を投げる━━が、外れ。3投目がかろうじて、一番低い突起に引っかかる。
「いや、初雪とまったく一緒のパターンじゃないか」春風が苦笑いを浮かべる。
「はい、釘です」
釘だった。
やはり末等は、釘だった。しかも錆びた。
「わーい……これ、欲しかったのじゃ…………」
言ってはみたものの、キララだって、そんなものはいらなかった。
どのタイミングで捨てようかと、そればかりを考えていた。




