水澄江の家がおかしい
初雪の自宅を通り越して数分の距離に、三原水澄江の家はあった。
実はけっこう、ご近所さんなのだ。
よく見るとシャレオツなルシファーちゃんの犬小屋と、誰のものだろう、いくつかの盆栽もある小さな庭を持つ一軒家。
家は二階建てで、わりと年季が入っている。
インターホンがあったので押してみたが、返事がない。誰も出てこなかった。
「いないのかなぁ?」
カーテンが閉められた居間は、中が見えない。しかし、かすかにカーテンが揺れる。
「む、なにかおるな」キララが言って、全員の視線がそこに集中した。
チラッとカーテンがめくれて、黒いなにかが一瞬だけ見える。なんだったのかは、わからない。
「え、家の中に、化け物がいる?」
人ではない。ルシファーちゃんでも、おそらくない。とすると、状況から考えて、化け物の類である可能性があった。
「おい、ちょっと上を見てみろ」
春風が言ったので、少し玄関から離れた位置まで移動して、二階を見上げる。
二階の部屋はカーテンが閉められておらず、中の様子が少しだけ見えた。
黒くて丸いなにかが、うごめいている。
「いやぁ……」驚いた毘沙門が首を絞めて、キララが「うぐぅん、むぅぅん」と死にそうになっていたので初雪が助けてあげる。
「大丈夫だよシャモちゃん、いたとしても、どうせおはぎみたいなやつだから、そんな怖いのいないって」
とは言うものの「自分の足を食べるくん」のような、見た目がグロテスクな化け物もいるにはいるので、わからない。
家の中がいったいどのような状況になっているのか、外からでははっきりと確認できなかった。
「開いてるかなー」
玄関のドアを引いてみる初雪。ガチャリと音がして、ドアは開いてしまった。どうやら、施錠はされていなかったようだ。
「開いてもーた」
閉めるでもなく、そのまま全開にする。その先に、化け物の姿はなかった━━今のところは。
「こにちわーっ! ミミズちゃん、いませんかーっ!」
大声で家の中へ声をかけるも、やはり返事はない。
玄関には靴があり、おそらく水澄江のものであろうスニーカーも、ちゃんとあるのだが。
玄関が施錠されていなかったことを考えても、誰かいる可能性は高い。そして、その誰かが返事できない状況にあるとしたら━━その可能性を考えると、ここで引き返すのも躊躇われた。
「不法侵入かもだけど、これ、行ったほういいよね?」
初雪が仲間に尋ねる。仲間の意見を参考にするつもりだった。みんなが否と言えば、この場を去るつもりで。
しかし仲間たちは━━
「別にまったく知らない人間の家でもないし、同級生の家だから、まあ、いいんじゃないのか? 物を盗むわけでもなし」
「かすかにだが、人の気配を感じるぞ━━まったく動いておらんから、ヤバいかもじゃぞ?」
春風と、なによりキララの発言が決め手となって初雪は決心した。
「おじゃましまーす!」大きな声で宣言すると、靴を脱いで家の中に入る。
居間を覗く━━誰もいないし、化け物もいない。さっきの黒い影は、なんだったのか。
台所にも、異変はなかった。
一階には他の部屋もあったが、それよりも先に気になる二階を目指すことにする。
玄関の正面に位置する階段を、全員で上って行った。
二階には部屋が2つあって、奥まった場所にある扉に「みずえ」のフダが下がっていた。
わずかに扉が開いている。
さきほど見た、黒いなにかがうごめいていた場所は、位置的に見てもその部屋の中だ。
「ゴクリ……なんかこーゆーシチュエーションだと、怖いものがあるよね……」
雰囲気に押されて、さすがの初雪にも躊躇いが見てとれる。しかし意を決すると、扉を一気に引いた。
その瞬間、中から人の頭くらいの大きさの黒い物体が、いくつかゴロリと廊下へ転がる。
「ぃひいいいいっ!」
毘沙門が反射的にキララの首を圧迫すると、今度こそ「うむぅん……」と力なく音を漏らして失神してしまった。
なんと、最強無敵だったはずの少女が、非力な毘沙門によってダウンさせられた瞬間だった。彼女が失神すること自体、奇跡的な出来事である。
「あっ、国府田が落ちたぞ」
春風が指摘するが、それどころではない。
キララがぐったりと傾いたことで、毘沙門がそれに気づいて「番長ぉ」と言って、身体を支えた。自分が絞め落としたということには、気づいていない。
「なんだコレぇ? 人の頭かと思ったら、違うじゃんか━━待てよ、これって……ゲームに出てきた『野生のまんじゅう』に似てない?」
廊下に転がり出てきたそれは、確かにエイチシステム内の世界━━ソルアースに生息するモンスターに酷似していた。
が、それそのものではない。
はっきりとした違いが、すぐに現れた。
パチリと2つの目が出現したかと思うと、その野生のまんじゅうのような化け物は一言「ようこそ」と告げる。
言葉からすると、歓迎されている……のだろうか? よくわからない。
「もう、いやぁ……」
床にへたり込んでしまった毘沙門と、気絶したままのキララはとりあえずそのままにしておいて、初雪は部屋の中へと視線を移す。春風も、初雪の後ろから覗いた。
部屋の中には、野生のまんじゅうのような黒くて丸い化け物がぎっしりと詰まっていた。それが、部屋の中心部分で、山になっている。そして、その山の頂から、パンティと、そこから伸びる2本の足が突き出ている。
女の子の下半身━━多分、水澄江の下半身だけが見えている状態で、上半身は化け物の中に埋没していた。
逆さまに突き刺さったのか、あるいはごたごたの中で、最終的に下を向いたのか━━わからないが、詳細などどうでもよかった。
とにかく、助け出さなくてはいけない。
生きているかもわからないのだ。
「うおお、とりあえず野生のまんじゅうどけよう、春ちゃん!」
「そうだな━━下からどかしてくしかないな。しかしすごいな、この状況。『お彼岸の孤島』とか『アイアムアヒロイン』にでも出てきそうな感じだぞ」
春風の言う通り、それらのマンガに出てきても、なんらおかしくないような風景だ。どちらも大人気のホラー系マンガで、いずれも似て非なるおもしろさがある、初雪も好きな作品たちだ。所持してはいなかったが、すべて立ち読みで読破していた。
「まんじゅう湿ってるね……なんか、梅雨時のお兄ちゃんみたいな気持ち悪さが……」
野生のまんじゅうみたいな化け物は、なんとなく嫌なさわり心地だった。湿っている感じなのだが、手が濡れるわけでもない。なんとも言い難い嫌らしさがあった。
「ようこそ」「どうぞ、こちらです」などと意味不明の歓迎を口にし続ける化け物を、次から次にどけていく。部屋の中央で山になっていたものを、端のほうで山にする作業だ。
少しずつ中心へ近づいていくと、ある地点でバランスが崩れ、一気になだれ落ちた。
パンツ丸出しの下半身も倒れてきて、全体が現れる━━予想した通り、それは三原水澄江の身体だった。ただし彼女は下着姿だったわけではなくて、履いていたスカートが腰の上までズレて、めくれていただけだった。
キララみたいに白目をむいて気絶している。
気絶していたキララは復活したらしく、遅れて部屋の中へと入ってきた。毘沙門も、目を瞑ったまま、震えながら一緒にいる。
「死んでおるのか?」
キララが縁起でもないことを言う。
「おらぬ。生きておるぞよ」
確認する初雪。水澄江の心音は確かに聞こえた。生きている。
「前にりりちんが言ってたんだけど、召喚した当人って、特に念入りに『いたずらされる』って話だったから━━これも、そういうことなのかも」
「つまり、この状況自体が、三原が犯人だということを示しているわけか」
偶然にも探偵が言いそうなセリフを言って、春風は水澄江の頬を叩いた。
「起きろ犯人、お縄の時間だぞ」
若者らしくない言葉で、春風が告げる。
「むぅん?」と言って、三原水澄江が目を覚ました。




