原因不明とはおかしい
「うわぁ、化け物の国みたいになってるぅ……ウフフ、フフ……」
春風が喜びを抑えきれなくなるほどに、町の中は化け物たちで混雑している。季瀬姫が同行を拒むのも理解できるくらい完全に、化け物たちに占拠されてしまったような様相を呈していた。とはいえ、人間を排除しようという動きはないのだが。
それどころか「絶対に襲ってこない」という認識が広まったようで、多くの住人が外出するようにすらなっていた。
外部との連絡が遮断されている上、行政のアナウンスもないので、どのように対処するかは完全に個々人に委ねられている。そのため、もしかしたら危険があるかもしれない、と思いながらも興味が勝って近づく人は、必ずいた。
それらの人たちに対して、化け物たちは思いの外、友好的だったのである。
「なんだべ、したらおめぇ、こっちで家さ探して住んだらいいんでねぇべか?」
商店街に住む(店は営んでいない)源田トメ吉おじいちゃんが、酒樽のような化け物と会話をしていた。
縁石の上に腰かけて(酒樽のような化け物は、乗っている感じで)なにやら雑談をしている。異様な日常風景が誕生してしまっていた。
「ソレッ、イイ、ネッ!」と細かく振動する酒樽の化け物を横目に、初雪たちは目的地へと向かった。
初雪率いる初雪探偵団が、原因究明のため最初に選択したものが「(本職の)探偵に相談する」という考えだった。
「他力本願もいいところだな」と言った春風は道中も歩きながらノートにスケッチしていたのだが、元々ヘタクソなのに歩きながら描いたものだから、もはや本人ですら何を描いたのかわからないようなものになっている。
「スマホで写真撮ったほうが早くない?」
初雪がなんとなく言った一言に愕然として「その手があったか!」と頭を抱えた春風だった。この子も成績のわりには抜けたところがある━━春風よりも学校の成績がよくない初雪は、そう思った。そして、初雪よりさらに成績の悪いキララはすがりつく毘沙門に首を絞められて「むぐぅ」と唸っていた。
*****
「えっ、所長いないんですか?」
浄玻璃探偵事務所の入口で、対応に出た浄玻璃ニーナさんから、所長である浄玻璃緋叉子さんが出張中であることを告げられる。
「そっかぁ……今の状況について、なんか言ってませんでしたか?」
一応尋ねてみると、やはり、というかニーナさんはアドバイスのようなものを言付かっていたようで、それを教えてくれる。
「お姉さまからは━━『危険のない現象が起こるけど、すぐに初雪ちゃんたちが解決するから大丈夫』というように、言われています」
「えっ、またわたし……っていうか、やっぱりわたし?」自分自身、わたしが解決するとは言っていた初雪でも、いざ第三者から言われると戸惑ってしまう。
「なにかヒントは?」
「いえ、特には……なにもおっしゃっていませんでしたけど」
「まさかのノーヒントかいな……うーん」
ニーナさんからはそれ以上聞き出せる話はなさそうだった。
礼を言ってあとにすると、今度は一階へ降りて喫茶店のほうに入る。
こちらはいつにも増して開店休業状態という様子で、兄の姿もなかった。バイトは休みのようだ。
店内には店主である只野タケシさんと、そして一人だけ、カウンターの隅っこに客がいた。
よく見ると、見知った顔である━━。
「あっ、ヒナちゃん発見!」
絵本作家で詩も書いていて悪魔も召喚できる、ひな月雨音さんがいた。
「ヒナちゃんなの、今の状況つくったの?」
背の高いカウンターの座席によじのぼり、隣に座った初雪が問い質す。
「いえ、わたしじゃありませんよ……わたしの召喚術では、あんなにはっきりとした形を持った悪魔を召喚できませんし。数的にも、ちょっと無理ですし」
確かに、思い返してみると、以前にひな月さんが「悪魔召喚」した時には、目に見える悪魔というのはいなかった気がする。
目に見えない、おかしな現象が多発しただけだ。梨理夢の乗り物である「佐藤くん」のような化け物は、その時には出会わなかった。
春風の妖怪レーダーは、ほとんど鳴りっぱなしになっていたが━━ちなみに今回は、最初から持ってきていない。もはやレーダーを持つ意味がなかったので、電源を切って家に置いたままということだった。
「マジかぁ、ヒナちゃんじゃないとすると━━うん、お手上げじゃよ!」
「その語尾、ほんとにわたしをディスっておらん?」
「おらんおらん、むしろリスペクトじゃ」
なんだかキララがやけにそのことを気にするのだが、もちろん初雪はバカにしてやっているわけではない。気に入っていたのだ。ポジティブなリスペクトである。
「こうなってくると、いよいよ原因がわからないな。まったくの原因不明となると、もうどうしようもないだろう。他に悪魔召喚なんて特殊なことをやっている人間などもいないだろうし━━」
うーん、と春風。
だが、春風が言ったそのことによって、初雪は思いだしたことがあった。
確かもう一人、悪魔召喚をする可能性のある人物がいたはずである。
クラスも別で、学校ではあまり話す機会のない女子。よく見るとかわいい顔をしているのだが、纏う雰囲気と特殊な言動で、周りから距離を置かれがちな少女。
「ミミズちゃんにも聞いてみよう」
三原水澄江━━通称、ミミズちゃん。本人の意向により、そんなアダ名で呼ばれている、ちょっと変わった女の子だ。前に飼っている犬が行方不明になった時、初雪に捜索を依頼してきたことがあるので、関係性もなくはない。
この人もアンヨ同様、それほど存在感のある人物ではないので、春風などはいまいち顔が浮かばないのだった。
「誰だっけ、それ?」
「隣のクラスの、三原水澄江ちゃんだよ。よく一番奥のおトイレに藁人形を置き忘れる」
「なんなんだ、それは━━人物はなんとなく思いだしたが。ウシガエルを持ってきて、騒ぎになった子だろ?」
「そうそう、そんなこともあった。そんなミミズちゃんが、前に電話した時に『よくわかりましたね、寿々木初雪さん。確かに悪魔を召喚するような予定はありますけど、今はまだ、その時ではないのです。ひひひ』って言ってたから、もしかすると、今がその時になったのかも」
春風はその電話のことはしらない。でも、なんとなくそいつなんじゃないか、とは思った。
どのような方法で悪魔を呼び出すのかはわからないが、一番怪しい人物に思える。他に思い当たる人間がいないなら、三原水澄江が「犯人」ということで、間違いない気もする。
「して、そいつの居場所はわかるのか?」キララが問う。
「家はわかるよ。行ってみよう」言うが早いか、椅子から下りて喫茶店を飛び出す初雪。仲間たちもすぐにそれを追う。
かわいいルシファーちゃん(犬)に会えるかもしれない、と初雪は嬉しそうだった。
そして、春風は道ですれ違う化け物たちを見て、嬉しそうにしている。今度はスケッチではなくて、ちゃんとカメラで撮影していた。
あるいは撮影できないのではないかという不安もあったが、化け物たちはしっかり写真に収まってくれた。
「嬉しい、楽しい、化け物サイコー!」
言った春風の横で、歩く墓石のような化け物が「照れるっス」と言って余所見をし、側溝に落下した。




