攻略ギルドがおかしい
野生のまんじゅうを狩りつづけて、レベル5まで上がった時点で、ようやくハルカゼが了承してくれたので、やっと遠出をすることが決まった。
遅れてゲームを開始した季瀬姫も合流していて━━そんな彼女のプレイヤーネームはKeyだった。元々ネット上で使用していたハンドルネームそのままということだ。
初期装備はボウガンで、ハルカゼと同じく飛び道具であるが、こちらのほうがハルカゼよりも役に立った。
「ちょっと、おかしくないか? もう何百回と攻撃しているのに、クリティカルが一度も出ていないんだぞ」
現在進行形のオール1ダメージに、さすがのハルカゼも嫌気がさしたのか、Keyを相手に愚痴をこぼす。
「わかりませんけど、ステータスも関係あるのかもしれませんね。たとえば、ひーちゃんのレベルと能力がもっと上がれば、クリティカルも増えるんじゃないですかね?」
「いや、その前に武器を替えるからいい」
吹き矢を忌々しそうに眺めて、そう呟いた。
ハツユキ村から遠ざかった辺りでエンカウントした、ゾンビードッグという名前の、二頭以上の集団で襲ってくるエネミーに対して、ハツユキのスキルである「回転斬り」が威力を発揮した。
スキルがなくとも回転して攻撃する動作自体は可能だったが、ハツユキのスキルはそれを上回る回転速度と斬撃回数で、囲み込んでくる敵を一蹴した。
相変わらず1ダメージばかりのハルカゼは半ば諦めて適当にやっていたが、同じく遠距離から攻撃できるKeyの援護もあって、戦闘=経験値稼ぎはとても順調だった。
平原をだいぶ進んだころ、町らしき影が見える。
その様子がはっきり確認できるところまで近づいてはじめて、ロケーションの名前が明らかとなった。
オチョマイという名前の町だった。
「子著骸みたいな名前」いずれにしろ変な名前の町から、リアルの出来事を連想する。
━━結局、探偵事務所で請け負った「人探し」は、子著骸地区の水路で、嫌がった兄の夏樹に無理矢理ワニ(エリザベスパトリシアマドンナちゃん)を捕獲させて、解決となった。
捕獲網で雑に運んだことに対しては、依頼主のマダムからいくらかクレームをいただいたけれど、なんと言われようが素手で捕まえることはできなかったので、二三言い訳をして、言いくるめた。
それで、いつもお世話になっている探偵事務所に、少しは恩返しができたかなと、ハツユキは思う。
町の出入りは制限もなく、自由だった。
簡易な木製ゲートがあるくらいのものだが、ゲームの設計上、町の中にモンスターが入り込むということはないようだった。
見たところプレイヤーもおらず、NPCが平和に暮らしている。
その中に、ステファニーという名前のNPCの女の子を見つけた。肩にかかる柔らかそうな金髪の、美少女NPCである。
「あっ、あのステファニーって子、もしかして……」
「ああ、おそらくあの、変態留置場にいた変態の被害者だな」
「例の、性犯罪のやつですか。まあ確かにかわいいし胸も大きいので、気持ちはわからなくもないですけどね」
そう言うKeyのアバターも胸が大きくて、実際の本人とは、その部分がだいぶ異なっていた。
Keyも「ゲームのアバターなので、このくらいの夢は見させてもらいます」と、ハルカゼと似たようなことを言っていたようだが。
そんな友人たちの影響で、ほぼリアルの本人と同じ姿かたちのハツユキは、そのうちアバターの変更でもしてみようかなと、思い始めてもいた。身長は190くらいあって、8頭身で、胸がサッカーボールくらいの……とそこまで想像して、いくらなんでも別人すぎると思い直す。それこそ、ハルカゼに化け物呼ばわりされかねないので、やめておこう。
ステファニーちゃんとすれ違い、そのまま町の中心部に向かう。
集めた素材の換金をするために、ショップを探していた。
その途中、町の中心にある噴水広場で、一人のキャラクターに目が止まる。
「あ、あの人はプレイヤーですね」
Keyの言葉で顔を向けると、確かにプレイヤーキャラクターのようだった。ネーム表示の色が違うので、一目瞭然である。
その女性型アバターはLisaという名前だった。
「ハロー、みんなはお友達?」
こちらが話しかける前に、片手を上げて、笑顔を向ける。気の良さそうな女性に見えるが、もちろん中身はわからない。実際は男性かもしれないのだ。
「はい、仲良しお友達パーティーです。あなたはソロプレイヤーさんですか?」
「んー、まあ、だいたいソロで動いてるけど、フレンドはいるよ。ボッチじゃないし」
身振りでなんとなくわかったのだが、彼女はアメリカ人のプレイヤーだった。で、どうやら本当に女性のようである。
リアルの友人にカレシを取られた、なんて話を勝手にしてくれた。いかにも海外ドラマにありそうな、どうでもいい話である。
「それで、この町の地下に隠しダンジョンがあるってのを聞いて来たんだけどさ━━どうも一足先に攻略ギルドとして有名になった『ランニングラビット』のメンバーが入っちゃったみたいなのよねぇ。それで、どうしよーかなって、考えてたところ」
そんなギルドが組織されていたなんて、知らなかった。他人に先んじて攻略しようとか、誰かを出し抜こうという意図が最初からなかったので、ハツユキチームはあえて情報を遮断していた。
もはや運営側の人間といっていいKeyでさえ、ほとんど攻略情報のない状態でゲームに入っていた。とはいえ初日のモニター効果もあってか、細々としたテクニックは覚えていたので、必要があればその知識でアドバイスはしてくれた。
「今から後追いしても、まさか横からレアアイテムだけ奪うのも難しいしね。やれるならやってやるんだけど、相手は攻略組だからなぁ、ちょっと無理っぽいよね」
「アイテムって確か、ある程度時間が経つと復活するんじゃなかったっけ?」
Keyが言っていたのを思い出して、ハツユキが言う。
「いや、それはたいした価値のないアイテムだけだし、そんなに待ってらんないし、本当にレアリティの高いアイテムってオンリーワンだって話だよ。つまり、誰かに先を越されたら、もう他のプレイヤーは諦めるしかないわけ」
「そうなんだ、それじゃ攻略するための組織もできるわけだね」
あまりレアアイテムに興味のないハツユキは、それでなくとも、このゲームはじっくり楽しむべきものだと考えていた。
なにより自分のサポートAIが「急いだプレイヤーが最速で攻略できるとは限らない」とはっきり言っていたので、それを信じてもいたから。ゆっくりじっくり、仲間と楽しく遊べれば、それが一番なのだ。
「あーあ、NPCを仲間にできるレアアイテム、欲しかったんだけどなぁ」
Lisaがため息混じりに言ったその言葉に、ハツユキセンサーが反応する。
「にょっ━━なんですと⁉ NPCを仲間にできる? マジんこで? まさか、それがあれば……たとえば、さっきのかわいいステファニーちゃんとかも、仲間にできちゃう?」
「ステファニーちゃん? ええ、まあ、NPCなら多分だいたいイケるんじゃないの? わたしも詳しくはないし、あくまで噂だからね。実際にそんなアイテムがあるかどうかすら、わかんないよ」
それでも、さきほど見かけたステファニーのようなNPCを仲間にできるということは、ハツユキにとってはとても魅力的なことに思えた。
そのように気の利いたイベントは、大好物である。プレイヤーの意表を突くようなイベントは、ゲームの楽しさを加速させる。町で見かけた気になるNPCを仲間にできるとわかれば、きっとみんな欲しがるだろう。
(なるほど、こりゃあ攻略班も本気出すよね)わたしも欲しいもん━━そして、思い立ったハツユキは、もう半分諦めてしまったようなLisaの目を見て、提案した。
「わたしたちも手伝うからさ、やるだけやってみませんか?」
「ってことは、一緒に行ってくれるわけ? あ、でもレアアイテムって多分一個だけだよ?
最後になってあなたたちと奪い合うのも嫌なんだけど」
それはハツユキとしても避けたかったので、公平な条件を提案する。
「まあ、手に入れられるかどうかもわからないんだし━━もし手に入ったら、公平にジャンケンで決めましょうよ。もちろん、一対一で。勝ったらゲット、負けたらケツバット、恨みっこなし!」
「負けてケツバット食らったら恨むだろ、彼女」
ハルカゼは言ったが、もちろん冗談なので、そんなことはしない。バットもないし。
「うーん、迷うけど……そうだね、そもそもそのためにわざわざ来たんだし、あなたたちが協力してくれるんなら、挑む価値はあるかもね」
とは言え、だいぶ遅れを取ったから、もうゲットされちゃってるかもしれないけどね、とLisaは付け加えた。
「ダメもとダメもと。いくら攻略ギルドったって、全滅してないとも限らないじゃん。そしたらチャンスはこっちに来るよ」
「いや、その場合、わたしらも全滅する可能性が高くないか? 攻略ギルドのメンバーが勝てない敵がいたら」
すでに恐れを抱いたハルカゼは、あまり乗り気ではなさそうだったが。
さっそくLisaとフレンド登録を済ませると、四人は隠しダンジョンの入り口を目指して進んだ。
「で、隠しダンジョンの入り口、どこなの?」
隠しダンジョンというくらいだから、隠されているのだろう。であれば、探して見つかるものでもない。
「それはダイジョブ、ちゃんと情報仕入れてきたから━━あそこにおじいちゃんが座ってるじゃない? あの人、ちょっとした雑貨っていうか、ほとんどガラクタみたいなアイテムを売ってるNPCなんだけどね、あの人の座ってる場所に、ダンジョンへの入り口があるわけ」
「じいさんをどけて入るのか」と、ハルカゼ。
「いいえ、ただ動かそうとしても、絶対に動かないわよ、あの人。そういう設定になってる。移動不可のオブジェクトみたいなもんね━━でもね、ちゃんと動かす方法はあって」
四人が目の前に立つと「いらっしゃい。なにか買わんかね?」と、NPCの老人は喋った。
「この人にね『セクシーな雑誌』か、あるいはそれに準ずるような━━まあ要するにエロいものを見せると動くっていう話」
「なんなんだそのイベントは」
少し呆れた感じで、ハルカゼはため息をついた。
「では、さっそくどうぞ」
ハツユキに言われ、そこでようやく気がついたLisaは「あっ」と声を上げる。
「そういやわたし、セクシーな雑誌なんて持ってないや」
「うそぉん……えー、準備できてるんじゃなかったの?」
「ごめん、すっかり忘れてたわ。やー、まいったなー。あっ……」
Keyの服装に目を止めたLisaがなにかを思いついたように、手を合わせる。
自身の服装は、タイトなズボン。ハツユキはひらひらのスカートだが、中は動きやすい短パンになっていて、それがチラチラ見えている。ハルカゼはドレスのようなロングスカートで、Keyだけが風でめくれそうな短いスカートをはいている。しかも、短パンのようなものも見えないので、おそらく中身は━━。
そこまで考えて、彼女の身体を持ってくる。老人の、目の前に。
「え、なんですか? あっ、まさか━━わたしは嫌ですよ!」なにかを察したKeyが断ろうとする。
だが、Keyが言い終わるよりも早く、Lisaの手はもうすでに、彼女のスカートをめくり上げていた。
「うわあっ!」
つい一瞬前まで糸か線のようだった両目を限界までカッ開いて、おじいさんは「おほおっ!」と声を上げたかと思うと、ぴょんと跳ねて隣にひとマス移動する。足元の床に台帳を広げると、その前に腰を下ろした。
そして、さきほどまでおじいさんがいた場所には、取手のついた入口が出現している。
「オッケーオッケー、作戦成功!」
「あぁ、油断しました……ジャンプしなければ誰にも見られないと思っていたのが失敗でした」
後悔先に立たず、と独り言を呟くKeyを尻目に、Lisaは取手に手をかけた。
その横にある、台帳も確認する。
「ダンジョンに入ったプレイヤーの人数は、この台帳に記録されるみたい━━今は、5人かぁ。別々の5人なのか、それともギルドのメンバーが5人なのか……多分後者だろうなぁ」
そうなると、実力はもとより、人数でも負けていることになる。対峙することになれば、おそらく勝ち目は薄いかもしれない。
「ま、気にしてもしょーがないか。いこいこ」
「気は進まんが……」
そんなハルカゼが最後に入ると、扉は勝手に閉じてしまった。
「おいこれ、どーやって出るんだ?」
さらに不安を倍増させたハルカゼだったが、いざとなればライフをゼロにして、復活すればいいだけだ。それこそ気は進まない方法だが、ダンジョンに閉じ込められるということがないだけ、まだマシだろう。そう考えたハルカゼだったが、ダンジョン内のファストトラベルポイントから外や拠点に移動できるという、AIからの説明が入ったので、安心する。
ダンジョンの中は、土壁の通路が真っ直ぐに伸びていた。
見えている限り、一本道がつづいている。とりあえず、今のところは迷う心配もなさそうだ。
そう思って先頭を歩いていたLisaの足元が突然、輝きを放つ。
地面から溢れる光が、瞬く間に広がってゆく。
「しまった! トラップだ!」
「なんだよそれー。 死ぬやつ? これ、死ぬやつなの?」
焦りもせずに訊ねるハツユキのその顔も、光の中に消えかけている。
「いや、死なないやつだけど……多分これ、強制転移するやつだと思━━」
そんなLisaの言葉を最後まで聞くことなく、四人の姿がその場からかき消えた。




