変態留置場がおかしい
フィールドへ出る前に、装備だけでなく、初期スキルの確認も行われた。
ハルカゼに与えられていたものは『スーパーダッシュ』という、三秒間だけ通常のダッシュより速く動けるというものだけで、吹き矢に関するスキルは用意されていなかった。
逆にハツユキのほうには移動スキルがなく、ソードスキルのひとつである『回転斬り』が存在した。
ためしにやってみたところ、その場で高速回転した。たとえば敵に囲まれた状況であれば、最大限の効果を発揮するのだろう。
「目が回るかと思ったけど、リアルのわたしが回ってるわけじゃないから、大丈夫そうだね」
従来のゲームによくある、3D酔いもなさそうで、安心する。そこまで確認してからようやく、二人はハツユキ村の外へと向かった。
村の立地はどうやら、山岳地帯に囲まれた平地で、それほど見通しはよくなかった。
前方だけが開けていて、左右後方には山々が連なっている。
その前方と、なぜか右方向、山の方に向かって、草が生えていないというだけの、赤土の細い道がつづいていた。
「道らしい道は、これだけか。必ずしも沿って歩く必要はないだろうけど、わたしたちはまだ初心の冒険者だからね━━なので、この道を右に」
「右なのか!」
てっきり見通しのいい前方へ向けて、冒険をはじめるものとばかり思っていたハルカゼの予想は外れた。
「いや、なんか気になんない? 山のほうに向かう、細い道とかって」
「まあ、わからなくはないが━━変なところに行って、いきなり全滅とかは勘弁してくれよ」
わりと堅実なハルカゼは危険を回避したい。そのためには、おかしな場所に足を踏み入れたくはなかった。少なくとも、ある程度までレベルが上がるまでは。
「きたっ、初エンカウント!」
「エネミーか━━なんか、まんじゅうみたいだけど……」
なんて思って確認したら<野生のまんじゅう>という名前の、少女たちの背丈ほどもある、なんとなくかわいいエネミーだった。
「どーゆーセンスだっ⁉ ザコみたいなやつって普通、ゼリー状とか小動物とか昆虫とか、そんなものをモチーフにしてるもんだろ!」
「まあまあ、細かいことは置いといて、とりあえず戦闘してみようよ、ね?」
そんな会話の間にも、野生のまんじゅうは小さく跳ねながら距離を詰めていた。
けれど、特に攻撃らしい攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、どうやら体当たりをするつもりのようだった。
これならば、距離を取れる飛び道具は、圧倒的に有利だろう。そう考えたハルカゼが筒を構えて、吹き矢を発射する。
「プッ━━プッ━━プッ!」
一定の間隔で、一発ずつ針状の弾が飛び、野生のまんじゅうに命中する。一発も外さなかったのはいいが、すべて1ダメージばかりで、まんじゅうはビクともしない。
「1ダメージばかりでクリティカルなんて出ないじゃないか! これでは、まんじゅうすら倒せないぞ!」
実際、倒れないまんじゅう相手に、今度はハツユキが踊りかかった。
「てやーっ!」
一撃ごとに20~30ダメージを与えた斬撃数回で、野生のまんじゅうはライフがゼロになり、ダウンした。
プリズムと共に消滅すると、ハツユキとハルカゼそれぞれが経験値とドロップアイテムを入手する。
アイテムは<まんじゅうのカス>という、おそらく素材アイテムと思われるものだった。
「やった、倒した━━あ、このゲームって敵やっつけても、お金もらえないんだ?」
フィールドに出てからは、すっかり黙り込んでいたサポートAIが、発言する。必要のない時まで、無駄なお喋りはしないらしい。デフォルトでそうなっているだけで、これもあとからお喋りな性格に変更はできそうだった。
はじめは説明の必要があったために、村では自分から、饒舌に喋ったということなのだろう。
『そうだぜ。お金は、たとえば今入手した素材アイテムを売却したりして、稼ぐしかないね。一番いいのは、高額な換金アイテムを探すことだぜ。素材にもならなくて、部屋のインテリアにもならない、しかも高額で売却できるものが理想的だけど、当然、滅多にお目にかかれるものじゃない』
「地道にやってくしかないね。とりあえず村と家があるから、焦る必要もないし」
その後も白と茶色の野生のまんじゅう(白いほうがちょっと強い)を何体か倒して進むと、山中へとつづく細い道が、さらに細い道へ分岐している場所があった。
なので、ハツユキはさらに細い道へと入る。
「おい、大丈夫なのか、初雪? あんまり変な道は行かないほうが……」
思いもよらない強敵が現れるのではと、主にハルカゼだけが警戒しながら進むと、その道はすぐに行き止まった。
ただし、突き当たりには洞穴が存在しており、中へ入れるようになっていた。
「これって、ダンジョンの入口?」
「うーむ、なんかヤバそうな感じしかしないんだが……まさか」
「ちょっとだけ、入ってみようよ」
「あぁ、やっぱりか。嫌だなぁ、怖いなぁ、なにか影のようなものが……」
「見えないし━━ほら行くよ春ちゃん」
現実では強気なわりに、なぜかゲーム内では臆病という、よくわからないハルカゼを無視して、ハツユキはとっとと洞穴へ入って行ってしまった。
「仕方ない━━どうせ死んでも死なないわけだしな」と、ハルカゼもあとを追いかける。
広大なダンジョンが待ち構えて━━いるかと思ったのだが、いなくて。
限られた空間は思いの外狭く、なぜか三つの部屋に区切られた突き当たりは、牢獄そのものの鉄格子で塞がれていた。
その中のひとつに、人間がいることに驚いたし、それがNPCではなく、プレイヤーキャラクターであるとわかり、さらに驚くことになった。
「え? なんで、そんなところに入ってるんですか?」
あまり近づかないように、遠目から声をかけるハツユキ。
その声に気がついたプレイヤー━━男が、こちらへ顔を向けた。
「あっ━━おおおっ、初日にプレイヤーが、しかも二人も! それに二人とも美少女!」
鉄格子をガッと掴んで、身を乗り出す勢いだったが、その身体はそれ以上近づくことができない。
「はぁ、どうも。それで、お兄さんはなぜにこんなところに?」
まだ近づきたくないので離れたまま、ハツユキは尋ねる。
「それがさぁ、聞いてちょーだいよ! オレは今日の昼頃にこのゲームをはじめたんだけどさ、スタート地点が小さな町だったわけよ。で、小さいとはいえ町だから、他のプレイヤーがいないかと探したんだけど、やっぱり初日だからなのか、いなくてね」
男はなおも近づこうと鉄格子に顔をめり込ませる勢いなので、逆にハツユキは一歩離れた。
「思うに、エイチシステムを購入できた人はそれなりの数はいるはずだけど、なにしろこの世界が広すぎるうえに世界中のプレイヤーが同一のフィールドを冒険するって話だから、まぁ、かなりバラけた場所からスタートしてるんだと思うんだよねぇ。だから、キミたちと会えたのは、もはや奇跡。これって運命!
っと、脱線したから話を戻すと━━そんなわけでだぁーれも他のプレイヤーがいなくてさ、で、代わりというか、NPCはいるわけよ。なもんで、NPCにいろいろ話しかけてたらさ━━あ、オレって攻略云々よりも、コミュニケーションを求めてるプレイヤーだから━━そしたらさ、めちゃくちゃカワイイNPCがいるわけよ。ステファニーちゃんっていう、二十歳くらいの女の子がさ。で、オレは思ったね。手の感触は伝わってくる、他のプレイヤーがいない、よしっ━━おっぱい触ろう! ってね」
「どうする、ヤる?」
「いや、気持ちはわかるが、ここでプレイヤーキルはできないぞ」
いよいよ距離を離したハツユキが、ハルカゼと物騒な相談すらはじめた。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってちょっと待ってお姉さん! まだ話しのつづきがあんのよ聞いてよ!」
もうほとんど聞きたくなくなっていたけれど、それでもせっかくなのでハツユキは最後まで聞いていくことにした。もちろん、距離を離したままで。
「で、オレはうしろからステファニーちゃんのおっぱいを掴んで、揉んだわけよ! 悲鳴を上げられたけど、そんなもん、NPCだから関係な━━あっ、ちょっと待ってちょっと待ってお姉さん! まだ、もうちょっとだけお願い聞いて行かないでぇーん!」
「もう帰りたいんだけど━━手短にね」
「はい、わかりました! それでですねぇ、オレが揉みつづけてたら、なんか警備隊みたいなヤツらがワラワラ集まってきて、とっ捕まって、ここに連れてこられてぶち込まれた、という次第なのであります」
要するにこの男は、ゲーム内で性犯罪を犯したので捕まった、という話だった。
「で、ここってなんなわけ?」
「それが、サポートAIの話だと、『留置場』ってとこらしくて、ここに四十八時間もいないと、出してもらえないらしいんだ━━オレのサポートAIが女だったからなのか、まったく喋ってくれなくなったんで、それ以上はわかんねーんだけどさ」
気を落とした様子の男━━プレイヤーネーム<シャイニング・カズマスター>はそう言うと、少しだけ鉄格子から離れた。
「だったら、仕方ないからとっととログアウトしたほうがよくないか?」と、ハルカゼはアドバイスする。
が、どうもそういう話ではないようだった。
「それでいいなら、やってるさ。でもね、残念ながら『ログインしている間しかカウントは進まない』って話でさ、とにかくここで四十八時間待たないと、出してもらえないみたいなのよ。開始直後にこれじゃ、初日のアドバンテージがなんもないじゃんか。ちょっと、厳しすぎやしないかね?」
と男が言ったので「そのシステムに驚いてはいるけど、刑期についてはむしろ短くて軽いとすら思っているよ。まあそこは、男性と女性の、視点の違いということで」と、ハツユキは応えた。
そのタイミングで、ハツユキのサポートAIが口を挟む。
「留置場というか、正式な名称は『変態留置場』だぜ。そんで、留置場とはいっても、このあとで裁判所に行くとか、そういうわけじゃなくて、この場所だけですべて完結するんだ。こうしている間も、刑が執行中ってことでね。ほんとはAIが警告するはずなんだけど、その暇もなかった場合、こういうことになるんだよね━━現実でやっちゃいけないことは、ここでもダメってことなんだぜ」
厳しいといえば厳しいが、当然といえば当然のルールがあった。たとえばプレイヤーキルもできないが、これは互いの承諾があれば『決闘モード』が開始され、勝敗を決めることができる。なので、現実ではできないことができる醍醐味を残しつつも、おっぱいタッチは厳しく規制されるという、やや女性に有利な設計がなされているようではあった。
これはおそらく、開発者が女性であることに由来したものだろう。
なんにしろ、ハツユキたちにとってはなにも問題がないことなので、プレイに支障のあるルールではなかった。
ちなみに、多少の賭けではあったものの、ハツユキがハルカゼの胸を触っても、警備隊のような連中は現れなかった。
「マジすか。オレも女のアバターにすりゃよかったのか! せっかく声も変えられるのに、バカ真面目に男のままって、よく考えたらなんのメリットもねーじゃん!」
などと言っていたが、アバターの性別や声に関わらず、現実の性別で判断されることを、彼は知らなかった。
「じゃあ、おつとめガンバです、変態さん。さようなら……」
あっさり興味を失ったハツユキが出口へ向かう。
「あー、もうちょっとお話して行きませんかぁーっ! オレ、一人は嫌なのぉー」
「野生のまんじゅうでも持って来るか?」
去り際に、ハルカゼが言う。
「なんスか、それ! イミフでこわい!」
なにもしないうちに、おっぱいを揉んで逮捕された男は、野生のまんじゅうという言葉を、まったく理解できなかった。
低レベルのエネミーにどれだけの種類があるかはわからないが、あの、手抜きとも取れるほどシンプルなデザインの敵は、きっと最も多くのプレイヤーに倒されるのだろうなと、予想された。
変態留置場を出るとすぐ、サポートAIからのお知らせがあった。
これは、ゲーム内というよりは現実に関するもので、そろそろ夜も遅い時間だし、プレイ時間的にもログアウトが推奨される、という話だった。
すぐに確認できる現実の時間を見ると、確かに、いつもなら寝ていてもおかしくない時間を過ぎていた。
夢中になって遊んでいたことを、今さらながら認識する。
「これ、マジで、自宅警備員に渡したら帰ってこなくなるやつだね」
「本当だ、もうこんな時間か━━学校もあるしな、そろそろ終わりにしよう」
「オッケー、じゃあログアウトするね。春ちゃん、また明日ー」
「ああ、学校で」
ほとんど同時に、二人の意識は現実へと戻った━━。




