初期装備までおかしい
「お兄ちゃん、これヤバい! 今の段階であっていいゲームじゃない! マジで! 異世界行ってるようなもんだよ! ファンタジーな!」
フルフェイスの本体を外し、ログアウトした初雪は興奮してまくしたてた。
モニターしていたから、だいたいわかっていたけれど、確かに、一足飛びで未来のゲーム機を手にしたような、そんな不思議な感覚がする。
一通りの説明を終えて、夏樹がすぐにはプレイしないことを確認すると、エイチシステム社の男性たちは帰っていった。
いつ、どの時間帯でも困ったことがあれば、カスタマーサービスに連絡すると、すぐに対処してくれるという話だった。
「りんりーん、りんりーん、お電話ですりーん」
「あ、電話きた━━春ちゃんだ」
床に放り投げたままの、エイチシステム社の男性が危うく踏みそうになった、自分のスマホを拾い上げて、話しはじめる。
「うん、うん、とりあえず一回やってみた━━え、そうなの? わかった、じゃあちょっち待ってて。すぐ行くから」
スマホをまた床に放り投げて(雑だなぁ)、今度は再びエイチシステムを手にする。
「春ちゃんもエイチシステム動かしてみたらしいんだけど、フレンドってか、知り合いがいると、その人と同じとこからスタートできる機能があるみたいでさ、春ちゃん、今ハツユキ村にいるってゆーから、行ってくるね」
もう一つのホームを仮想空間で手に入れた初雪が、さっそくそこへと舞い戻る。
*****
「あ、いたいた。お? おぉ……春ちゃん、そんなお顔だっけ?」
「……わかってる。なにも言うな。どうせ仮想空間だと思ったら、少し盛ってしまったんだ」
顔は当然ながら、ゲームキャラクターとして補正されているので、美少女になっているが━━それよりも、ウィッグでも付けたような、エレガントな金髪は、リアルの春風とはほとんど真逆の性質を備えていた。
親友のハツユキですら、その見た目には違和感を禁じ得ない。<ハルカゼ>というプレイヤーネームが表示されていたので気づけたが、それがなければ春風とは気づかないところだった。
「それにしても、すごいな、このゲームは。これはもう、一つの世界じゃないか。平たい画面の中のリアリティとは、まったく違う。自分の周りに、本物の世界が広がっているようなものだからな」
広く、高い空を見上げたハルカゼが、くるくると回った。
見た目が金髪美少女なので、ハツユキは少しだけ笑ってしまいそうになったが、そこはなんとか自制した。そもそも、そうやって「現実とは違う自分」になりきることこそが醍醐味なのだから、笑うほうがおかしいんだ。という常識は、かろうじてあったから。
『ご主人たま~。せっかくお友達が村をお持ちのようですから、村人として登録してもらって、お家をもらうといいですよ~。あ、その前にフレンド登録が先ですね』
と、ハルカゼの手首から、声がした。
どうやら、彼女のサポートAIのようだ。
「春ちゃんのサポートAI、なんかカワイイ。わたしのなんて━━」
『ちょっと、ハツユキ。オレだって悪くはないはずだけど』
「悪くはないけど、多分、あとから変えるから……よろしくぅ」
『あ……はぁい……』学習機能なのか、ハツユキがしたみたいな言い方で、AIが返した。
「で、フレンド登録だったね。登録してくれる?」
『了解━━はい、もう<ハルカゼ>はフレンド登録されたから、いろいろ設定できるぜ。たとえば、ログインしてるかどうか、わかるようにするとかね━━設定さえしなければ、フレンド登録しても情報は漏れないのが、このゲームのよくできたところだぜ』
だぜ、という言葉を聞きながら、ハツユキとハルカゼはちょっと相談しただけで、すべての情報を共有できる設定を、各自のサポートAIに依頼した。
『ちなみに、このゲームの仕様で、互いの了承があるフレンドのいる場所には、無条件でファストトラベルできるから、覚えておくといいよ。攻略にも便利だしね』
へえ~、と感心して、ハツユキはまたハルカゼと相談する。
彼女の家を、どれにするかについて。
━━とは言っても、どれを選んでも大差ないし、どの家も家具ひとつない、平屋である。違いがあるとすれば、多少の大きさと建っている場所くらいなものだが、はっきり言ってどれを選んでも変わらなかった。
なので二人とも、適当に仮の我が家を決めると、そこをマイホームとして設定してもらった。まだ家は三軒ほど残っているので、それは新たに加わる仲間のために取っておく。
「りりちんとか、来るかな?」
空き家はあるが、できればそれはリアルでの大切な仲間に割り当てたい。
ハツユキは、そう思っていた。
「愛野はどうかわからんが━━エイチシステム自体は送られたはずなんだが、まだ来ていないようだしな━━でも、季瀬姫は間違いなく来るだろうな。なにしろ、季瀬姫のおかげで、このゲームも遊べているわけだし」
「だね。でも、まだ来てないっぽいねぇ。わたしたちがいるのに、合流しないとは考えにくいし、わたしが入った時は、まだ誰も知り合いはいなかったみたいだしね━━それとも、見逃したのかな? 考えてることわかるっていっても、全部じゃないだろうし……」
これに、サポートAIが答えた。
『いや、全部わかるぜ━━プレイヤーの考えてることとか、記憶や経験も、ぜんぶ』
聞く人が聞けば、恐怖で顔がひきつってしまうような事実が、平然と告げられる。
「いや、それって、ヤバくないか?」
ハルカゼは実際に、ややひきつったような表情で言った。リアルの春風とは違い、そんな表情も女優のごとく、絵になっていたが。
『大丈夫ですよ、ご主人たま! ご主人たまのプライバシーは完全に守られてますし、外部から他の人がそれを知ることは、絶対にありませんから。
エイチシステム自体が、絶対的なセキュリティを有していますので、たとえばわたしが「ご主人たまは昔、幼稚園の時、お砂場でオシッコをしていた」なんてウッカリ言わない限りは、絶対、誰にも漏れませんから━━オシッコだけに! あはは!』
「って、いきなりめちゃくちゃ漏らしてるじゃないか! あははじゃないぞ、ふざけるなッ!」
ハルカゼは怒って自分の右手首を左手で叩いたけれど、なんのダメージも与えられなかった。
「このAI、壊れてるんじゃないのか?」と疑うが、否定され、肩を落とす。
「まあまあ、春ちゃん。幸いにもわたしが聞いただけなんだし、サポートAIも、それをわかってて言ったと思うから━━言わずもがな、わたしって口の固い聖女だから、誰かに言ったりしないしさ。安心してよ」
「そうだな……いや、完全に納得はしていないが、確かに、初雪だけだったのは助かった」
自分の手首を睨んでいたが、そこに顔があるわけでもなく、空しいだけだった。
「そんじゃあ、せっかく合流したんだし、フィールドに出てみる? 武器もなんもないけど」
ハツユキの言葉に、AIが反応する。
『武器ならあるぜ。メニュー画面を開いてみなよ━━いくつか初期装備が与えられているはずだから。これも、いろいろな要素から判断されて、プレイヤーごとに異なるものが配られるんだ。でも、レア武器とかはないはずだから、みんな最初は似たようなものだぜ』
言われた通りにメニュー画面を開くと(これも、意識しただけで目の前に表示された。カーソル移動や決定も、視線を動かすだけだったが、なんとなく手を使いたくなったし、もちろんそれでも問題なかった)装備品や手持ちのアイテムを確認する。
わりと多めの回復薬と、武器がひとつだけだった。
譲渡や売却ができず、捨てることもできない特別なアイテムとして、サポートAIも確認できた。他には、なにも持っていない。
まさに、はじまりの冒険者だ。
「わたし、ショートソード持ってた。装備しよう━━おっ、持てた持てた。すげえ、ちゃんと持ってる感覚がする! まったく重さは感じないけど」
『あっ、ひとつだけ言っておくと』
「なに?」
『重さを感じることはないんだけど、武器にはそれぞれちゃんと重量が設定されているし、プレイヤーにも筋力とかのパラメータや、武器系統ごとの熟練度なんかもあるからね。重い武器を持てば、それなりに動きは変わってくるし、あるいは装備そのものができなかったりするんだぜ』
「そうなんだ。まあ、確かにそうか━━」
装備したい武器によっても、ステータスを変えていく必要があるのだろう。ゲームに馴染んだ者にとっては、何度も経験のあるシステムだ。
「ちょっと待て━━なんでわたしの武器は吹き矢なんだ? そこはせめて、弓矢だろうが」
筒状の━━筒そのものを持ったハルカゼが困惑している。
「なにそれ春ちゃん、レア武器じゃないの?」
『あ、あれぇ……レア武器って、出るんだっけ?』と、もはや信頼も揺らぎそうな言葉を、ハツユキのサポートAIはこぼした。
『わたしたちも、その辺りのランダム要素には干渉できませんので、こういうこともあるのですね━━ご主人たまが変なので、この武器が選ばれたのだと思います』
「なんなんだ、わたしはゲームに喧嘩を売られているのか?」
『その武器は、なかなかおもしろい物ですよ。一発射つたびに多少のウェイトは挟みますが、矢は無限に発射できますので、お得です。でも、基本的には1ダメージずつしか与えられないのですけど、クリティカルが出れば、一撃でエネミーを沈めますよ。なので、ご主人たまにはピッタリの武器ですね』
「わたしはなんだと思われてるんだ……」
ハルカゼは、吹き矢というユニークなレアアイテムを手に、しばし呆然としていた。




