解決したけどおかしい
いまだ騒然とする商店街に、ようやく二人の警察官が到着した。
一人は若い警官で、もう一人は初雪の見知った巡査部長だった。
「いったい、なにがあったんですか!」
倒れたテーブルや散乱する食器、無惨にこぼれた豚汁と転がったおにぎり、そして転々とつづく(柴村さんの足からこぼれた)血の跡などの惨状を目撃し、山岡巡査部長は驚いていた。
たいした事件ではないと思っていたようだが、明らかになにかが起こった現場を目撃して、戸惑っている。
「宇宙人がっ、宇宙人がね、いたのよさっきまでそこに! でも、逃げて行って━━」
山岡巡査部長にすがるようにして、今野のおばちゃんが説明するが、今度こそ信じてもらえるとは思えない。
実際にその目で目撃した他の人間とは違って、警官たちは見ていたわけではないのだから。
「あー、あれ!」
と、唐突に大きな声を出した梨理夢。
その声につられて、その場にいた全員が顔を上方へ向けると━━今まさに、おにぎり山の方角から飛び立ったUFOが上空へと消えていく。
山の頂上では透明でわからなかったことだが、その形は銀色のどら焼きみたいな感じだった。上昇するのが見えたかと思ったら、次の瞬間にはもう見えなくなっている。
「え……」
山岡巡査部長たちもしっかり目撃したようで、しばし動くのを忘れ、固まってしまっていた。
「ね、ね、嘘じゃなかったでしょ! あれに乗ってた宇宙人がね、さっきまでここにいたのよ、二人も! そりゃあもう恐ろ━━」
警官たちに真実が伝わったところで、さらに興奮した今野のおばちゃんが、なぜか若いほうの警官と腕を組んで、その身体を揺らしながら喋る。
「確かに……これ、どうします?」
目の前の事件を、どう処理しますか? という意味で若い警官が山岡巡査部長に尋ねたが、そんなものは山岡巡査部長とて、すぐには決断できなかった。
とりあえず報告はするつもりだが、なんと伝えればいいものか。悩ましいところだ。
その後、(自称)頭の回転が早いらしい初雪が「お向かいの防犯カメラに、映ってないかな?」と発言したことで、その映像を確かめることになった。
この商店街では珍しく、店先に向けた防犯カメラを設置している靴屋があり、ちょうど事件のあった現場が撮影範囲に入っていそうだったからだ。
そして、実際に確認してみたところ━━やや不鮮明かつ遠目ではあったものの、事件の一部始終(初雪がスタンガンを突きつけるところもバッチリ)が録画されており、二人の異星人の姿も確認することができたのだ。
山岡巡査部長がその映像を持ち帰り、ひとまず事件は終結したわけだが、当然、しばらくの間はその話題が商店街を支配していた。
*****
「でも、よかったですね、撃退できて」
楽しげにスキップをしていた梨理夢が、初雪の腕を取って微笑む。
「ほんとだよ、まさか薬ルートに弱いとは思わなかったけどね」
あのあと、薬ルート販売員の佐野さんが「わたし、なんてものを配っていたの」と苦悩していたようだが、初雪がなにかアドバイスをすると、気を取り直した様子だった。
「しかし、いいものが見れたから、わたしは満足だ。誰も怪我をしなかったしな」
なんとなく、大怪我をした人もいたような気がするけれど、春風はそう言って笑った。
人外のものに異常な興味のある彼女からすれば、とても良い経験だったのだろう。
「わたしの水鉄砲も役立ったので、よかったです」
まだ内部に<危険な>薬ルートが残ったままの水鉄砲を見せて、季瀬姫が言う。
夏樹としても、初雪をはじめ、みんなに怪我がなかったことが一番だった。まさか異星人が実在して、しかも本当に撃退できるなどとは思っていなかったのだが。これも、初雪の持つ才能のひとつであるのだろうか。
いったい妹は、どこに向かっているのだろう━━そんなことを思いながら歩いていると、前方の側溝になにかが見えた。
一瞬、大量のゴミでも詰まっているように見えたのだけど、どうやら違う。
それは━━人間だった。
誰かが、側溝にハマっていた。
「うわっ、人間!」
思わず叫ぶと、初雪たちもそれに気づく。
「大変だ」
「死んでるんですか?」
梨理夢が不吉なことを言ったけれど、空を見上げたまま、細い側溝にぴったり収まっている細身の人物は瞬きをしたので、どうやら生きていたし、しかも、夏樹と初雪がよく知っている人物だった。
「げっ、ヒナちゃんじゃん! なぜにハマっとるの?」
地面にしゃがみ、手を差し出しながら初雪。
「……あ、初雪ちゃん……こんにちわぁ。ちょうどよかったぁ……なんだか気がついたらこんなことになっていて、困っていたのぉ……動けないし、誰にも気づいてもらえなくてぇ……お腹がすいて、大きな声も出せなくてぇ……」
すっかり弱りきった様子のひな月雨音さんが、今にも閉じてしまいそうな目で初雪を見ながら、そう訴えた。
夏樹と初雪と、そして春風と三人がかりで救出すると、元々細身のひな月さんは、げっそりとして今にも倒れそうな様子で、フラフラと揺れている。
とりあえず、みんなで夏樹のバイト先へと連れて行き、食事を出してもらった。
機械的にスプーンを動かしていたひな月さんだったが、徐々に生気が戻ってくると、話しはじめた。
「今日のために、昨日からずっと悪魔を召喚して準備してたんですけど━━」と。
やっぱりな、と、夏樹は思った。なんの相違もなく、完璧に予想通りである。
「明け方近くまでがんばっていて、だいたいそのあたりまで記憶もあるんですけど」
スープを飲み終えて、一息つく。
「気がついたらもう、さっきの状態になっていて━━そのあとは、初雪ちゃんたちが来てくれるまで、ただ、お空を見ていました」
ということだった。
原因はわからないかと思ったが、魔界の姫がいたことで、答えは簡単にわかった。
「それは、悪魔さんたちのいたずらですね。特に、この方が呼び出していたのでしたら、間違いありません。悪魔さんたちは誰にでもいたずらを仕掛けますが、呼び出していた方ともなれば、それはもう特別ないたずらを仕掛けますから」
そのように、梨理夢は説明した。
そして、さきほどのものが「特別ないたずら」だったというわけか。
人心地ついたものの、服も髪も顔もなんだか薄汚れているひな月さんは「それで、異星人のほうは、どうなりましたか?」と訊く。
初雪が事の顛末をおもしろおかしく説明してやると「乳酸菌……そうですか、それはまた意外な弱点が━━ああ、そういうことなら、悪魔なんて呼ぶんじゃありませんでした。わたしも、是非とも見てみたかったのですけれど……」と、がっかりした様子だった。
「まあまあ、また来るかも知れないからさ、その時に見ればいいじゃん」と初雪が励ましていたが、異星人にはもう二度と来てほしくなかった夏樹は、その機会は是非とも訪れないでいただきたいと、心底思った。




