彼らの弱点がおかしい
表情のない顔を右へ左へと動かして、辺りを観察しながら歩いているようなのだが、身体は真っ直ぐ前を向いたまま、姿勢よく歩いているので、より気味の悪さが際立っている。
プルプル揺れる触覚が、本当に気色悪い。
「あああ、あれはもうそうでしょ? 間違いないよね、ねえ、春ちゃん?」
初雪といえど、本当に本物の異星人に遭遇してしまった現状に、戸惑いをあらわにしている。
そしてそれは初雪だけに限らず、メンバー全員が同じ気持ちだった。
「そうなんじゃないか? いや、わからん。現状、一番それっぽい感じではあるが……」
「そういえば以前に、りーちゃんは人間かどうかは匂いでわかるって、言ってなかったですか?」と、思い出したように、季瀬姫が言う。「もしかしたら、あの人たちの判別も━━」
「できますよ」と、季瀬姫の言葉を遮って、梨理夢は断言した。
そして、少しだけ男たちのほうへ歩を進めてから、顔を突き出すようにして匂いを確認する。
「クンカ……クンカ……ん~? 人間さんの匂いではないですね。それに、悪魔さんでもありませんし」と、難しい顔をする。
それを聞いた初雪が鼻息荒くスタンガンを取り出すと、突然走り出した。
猛然と、男たちに向かっていく。
「うおらぁぁぁーっ! 電・撃ッ、神のいかずちサンダーボルトォォォッ!」
最高出力のスタンガンを、異星人とおぼしき男の片方に突きつける。
男の腕でバリッバリッという強力な放電の音をさせて、初雪の動きは止まった。
男たちも、今は立ち止まっている。そして、スタンガンを突きつけられたほうの男が、ゆっくりと確認するように、やや左下にいる初雪のほうへと顔を向けた。
「効果が、ないだと⁉」
驚いた春風が、声を上げる。それ以上に、スタンガンを突き出したままの初雪が、見たこともないような驚愕の表情で目をカッ開いていた。
まったく、なんの変化もない男たちは、もちろん気絶もなにもしていない。それどころか、いまだに声のひとつも上げてはいなかった。
こわい、こわすぎる!
ずっとスタンガンを男に当てたまま、しばらく動きを止めていた初雪だったが、ようやく変化があった。
すっと、スタンガンを下ろして、設定を変えている。
その間も、じいっと初雪を見ている男たちは、なにを言うわけでもなく、じっとしている。まったく動かない。
そして、なにやらスタンガンの設定を変更した初雪が「えい」と言って、再び男に攻撃を加えた。
普通に、平然と繰り返したその行動に、やはり初雪の大胆さというか、異常さが窺えるが、今は置いておこう。
それよりも、再び突きつけられたスタンガンの攻撃にも、男はピクリとも反応を示さなかった。まるで電気を通さないか、あるいは逆に通電性がよすぎて電流が通過するのか、わからないがとにかくダメージは皆無のようであった。
諦めたのか、唯一の武器が通じなかったことにショックを受けた様子の初雪が、とぼとぼと歩いて帰ってくる。
その様子を見た二人の異星人(もはや、断定してもいいだろう)は両の手のひらを上に向けるジェスチャーをして、笑いの表情を作った。
それははじめて見せた感情の表現であるが、しかし声は聞こえなかった。
やつらは、声を上げずに笑っていた。
「う、うはぁ~ん、効かなかったよぉ~……もう、お兄ちゃんが行くしかないよぉ~」
半べそかいた初雪が訴えるが、事前に宣言していた通り、夏樹はなにもできない。時間が経ったから、なにかができるようになる、というような話ではないのだ。
「では、わたしがはっちゃんに代わって、やつらを仕留めてきます!」
意気込んだ季瀬姫が前に出る。そんな彼女の手には銃のようなものが握られていた。そういえば出発の時、なにか用意があると話していたっけか。
それが、あの銃なのか━━これは期待が持てそうだったが、さすがにそれは銃刀法違反だろう。
そう思いながらも黙って成り行きを見守ると、銃を構えた季瀬姫がためらいもなく引き金を引いた━━一度ではなく、二度三度と連続して行う。その度に、銃口部分からピューっと勢いよく水が発射された。
「ご覧の通り、ただの水鉄砲ですので銃砲刀剣類所持等取締法には違反しません! ちなみに中身は熱湯だったのですが、冷めたので今は水です!」
頭がいいのか悪いのかわからなくなるようなセリフを叫び、異星人の男に水をかけ続ける。
しかし男は動じることもなく、水に濡れることもまったく気にしない様子だった。
それどころか、やはり季瀬姫をバカにしたジェスチャーをして、無音の笑いを披露する。
隣の男と顔を見合せて、本当におかしくて仕方ないといった様子で、身体を揺らす。
「くお~! なんなのさ、あいつら! バカにしおってからに~!」
ギリギリと歯を鳴らして、悔しがる初雪。なすすべがないからこそ、怒りのやり場がなくて、さらに怒る。
そこへ、やはり肩を落とした季瀬姫が帰還した。水鉄砲の水が底をついたようで、燃料切れというわけだ。
「ダメでした、水をかけても怒られませんでしたし、やはり、人間ではなさそうですが」
「万策尽きた、か」
とカッコつけて言ってみたものの、そんな言うほど策を弄したわけでもないけれど。それでも、未成年の自分たちにできることなんて、限られている。やれることは、けして多くはないのだ。
その中でも、最大の期待値を持っていた初雪のスタンガンが通用しなかったことで、完全に諦めムードになっている。
あの初雪が恐怖を感じているので、あとは逃げることを考えたほうがよさそうだ。
いくらでもある退路を確認していると、買い物袋を下げたおばちゃんが通りかかり、顔見知りの初雪を見つけて話しかけてきた。
「あらぁ、初雪ちゃんじゃない。どうしたのよこんなところで。みんなはお友達? あら、お兄ちゃんじゃないの、ひさしぶりねぇ」と、一度か二度話しただけの夏樹の顔も覚えていたらしく、挨拶をされる。
「今野のおばちゃん! あのね、あそこの二人が人間に化けた異星人なんだけど、スタンガンが効かなくて困ってるんだよね」
と、なんの遠回りもせずに事実を告げる初雪。まさかそれで信じてもらえるわけも━━
「うそ! 大変! 早く警察に連絡しなきゃ!」
言うが早いか、自分のスマホを取り出したかと思ったらもう発信していた。
「もしもし? 闇谷警察署さん、あっ、頼子ちゃん? ちょうどよかったぁ、あのねぇ、今ハミチン商店街にいるんだけど━━そう、そう、葉御風チンチロ商店街。そこのお肉屋さんの━━そう、そう、柴村ミート。その前にね、なんだっけ、ああそうだ、人間に化けた宇宙人? がいるのね。え? 違う違う、ほら、初雪ちゃんいるじゃない。そう、そう、寿々木初雪ちゃん。あの子がね、人間に化けた宇宙人がいるって━━うん、立ってる。こっち見てるわ。気持ち悪い。わっ、見てあれ、あっ見えないか、ははは。いや、それがね、頭からなんか、ツノみたいなのが、にゅるって出ててさ。うん。いや、全然暴れたりとかはしてないみたいだけど、でも、気味悪いわよぅ。じっとして、動かないの。あっ、指差した。こっち指差して笑ったわ今! 今! 笑ってるの今!
うん、わかんないけどさ、初雪ちゃんが━━うん、なんか撃退しないとマズイって言ってるから、うんうん、わかった、じゃあお巡りさん寄越してちょうだい。はいはい、ありがとーね頼子ちゃん。またお話しに行くわぁ。あはははは。はいはーい、またねー」
などと、今野のおばちゃんが電話をしている最中も、事態は動き続けていた。
一人、また一人と集まってくるギャラリーが、人だかりを作りはじめていた。
その一人一人に初雪が説明し、明確に敵を示す。
葉御風商店街青年部の特攻隊長(酒に酔うと電柱に突っ込んで行くことから、そう呼ばれている)篠山さんが初雪の話を聞くやいなや、異星人に詰め寄って行った。
「おいてめぇら、なにしに地球に来やがった!
なあ、おい、なんとか言ったらどうなんだ。口もきけねぇのか、この野郎!」
迫力のある声で怒鳴るものの、しかし異星人たちは微動だにしない。
普通は、あんな近くで怒鳴られたら絶対なにかしらの反応はするものだが、彼らは顔を反らせることさえせず、篠山さんとキスでもしそうな距離を維持している。
脅しに効果がないと悟った短気な篠山さんは、すぐに手が出てしまう。
「なんか言えやコラァッ!」
がしっ、と篠山さんが異星人の首を掴んだその瞬間━━バチッ! と電気の筋が走り、篠山さんの身体が後方に吹き飛んだ。
地面に仰向けに倒れ、口角から泡が吹き出ている。
彼は、完全に気絶していた。
それをきっかけにして、辺りに恐慌が広がる。
今野のおばちゃんも悲鳴を上げて、警察まだなの早く早くと叫び散らす。
「今のって、もしかしてユキちゃんのスタンガンの━━」
すぐそれに結びついたのだろう、梨理夢が口にした可能性を、夏樹も考えていた。
「蓄電してたってことか?」
「だとしたら、バッテリーみたいな身体ですね。そうなるといよいよ、水に強かったことが謎ですが」
確かに、それはそうだ。いったいどのような体質なのか、考えが及ばない。
「こうなってはもう、攻撃もできませんね」
季瀬姫の言う通りだ。
あんなものを見せられては、直接的な攻撃はもうできない。
触った瞬間、篠山さんと同じ目に合うことになる。考えただけで恐ろしい。
「みんな、諦めんな!」
篠山さんを店に運んでから戻ってきた柴村ミートのご主人・柴村太郎さんが叫んだ。
「葉御風商店街のピンチは、オレたちでなんとかするしかねぇ!」
その手には、巨大な肉切り包丁が握られていた。海外の危険な内容のゲームに出てきそうなキャラになってしまっているが、おそらく本人にそんな自覚はないだろう。
「おりゃあああああ!」
おそらく異星人とは言え、触覚以外は人間と変わらない外見の男に対して、本当に殺すつもりの投げ方で肉切り包丁をぶん投げる柴村さん。
だが━━
包丁が異星人の身体に触れた瞬間はじけ飛んで、奇跡的に真っ直ぐ飛んできた方向に跳ね返り、包丁を投げた姿勢のままで突っ立っていた柴村さんの右足の先に突き刺さった。
「ほんげえええええええぁぁぁっ!」
足を押さえて断末魔のような叫びすら上げながら、地面に転がる柴村さん。
その右方向ではなぜか炊き出しがはじまっていた。
「はーいお腹空いたらこれどーぞー。豚汁におにぎりもあるからねー」
炊き出しをはじめたのは、柴村さんの奥さんだった。
目の前で怪我を負い転げ回る夫には気づいていないのだろうか、みんなに豚汁を配っている。
なにかのイベントと勘違いをした可能性はあるが、これは、そんな楽しいイベントではない。
「はいどうぞ、薬ルート一丁の試供品です」
今度は薬ルートの販売員をしている佐野さんが試供品を配りはじめていた。
夏樹たちも一人一本ずつ手渡される。
「これね、新しく出たやつで乳酸菌が一兆個入ってるんだって!」と、佐野さんが説明する。
「一兆⁉」
それはいくらなんでも、多くはないだろうか。逆に身体に悪影響を及ぼす気がする。
なんだか飲みたくない。
初雪も、どうやら夏樹と同じことを思ったらしく、難しい顔をしている。
そして、こう訊いてきた。
「みんな、この試供品飲むつもりある?」と。
「オレは飲まない」と、夏樹は即答。
「わたしも飲みませんね。箘はバランスが大切ですので、善玉箘とて増えすぎれば悪影響になりますから」
「じゃあ、わたしもやめておく」
季瀬姫と春風も、そう宣言した。
梨理夢は「わたしは大丈夫ですけど、みんなが飲まないなら飲みません」と無理に同調してくれた。
「じゃあさ、みんなの薬ルート貰っていい?」
「なにすんだよ、貰って?」
どうせ飲まないのに。
それでも全員の薬ルートを集め、地面に置く初雪。
「キーちゃん、水鉄砲借りていい?」
「はい、いいですけど━━」
季瀬姫から水鉄砲を受け取った初雪は注水口を開くと、こちらに向かって指示を飛ばす。
「お兄ちゃん、薬ルートのフタ開けて渡して」
「お前、まさか……」
残念ながら、そのまさかだった。
全員から集めた全部で五本の薬ルートの中身をすべて水鉄砲に移しかえた初雪が、それを構えて歩きだす。
「バカか、お前は━━やめとけって、マジで」
なんで薬ルートなら効くかもと思ったのかしらないが、弾薬の種類を変えるのとはわけが違うだろ。
硫酸でも入れたならまだしも、水を乳酸菌飲料に変えたところで、結果は見えている。
それなのに、もう行くと決めた初雪は止まらなかった。
兄は妹が怪我をしないことだけを願い、見守るしかなかった。
「おりゃっ、薬ルートだぞぉっ!」
ピュッ、ピュッと、水の時とは違ってちょっと出にくい感じだったが、それでもがんばって二人の異星人にかけていく初雪。
しかし予想通り、二人の異星人は初雪をバカにしたように指を差して笑ったが、直後、その様子が一変した。
顔面を掻きむしるようにして、苦しみだす。
見た目に変化はない。
異星人の顔が溶けるとか、煙が出たとか、そういった変化は一切なかった。それなのに、二人の異星人はとても苦しそうに悶えている。
そしてついに━━声を出さないとばかり思っていた異星人が、耳をつんざくような叫び声を上げた。
「ちょめめめめめめめめめぇぇぇぇっ!」
その瞬間、異星人たちの擬態が解かれ、本来の姿が現れた。
頭部の触覚はそのままに、二足で立つカマキリのような、全体的には白蟻を連想させるようなその姿は間違いなく地球の生き物ではなかった。
辺りが騒然となり、平然と炊き出しを行っていたはずの柴村の奥さんも豚汁の鍋をひっくり返すほどに驚いている。
「や、やっべぇ、本物だぁ……」
そのつもりで攻撃していた初雪も、さすがにその現実を目の当たりにし、戸惑う。見なければ疑うが、見たら見たで自分の正気を疑ってしまう。
あり得ない現実━━それがあり得るという事実を突きつけられて、まるでなにかの選択を迫られているような気持ちになる。
乳酸菌が弱点だったのか、とうとう正体を現した異星人だったが、それを機に襲いかかって来ることもなかった。
二人で顔を見合せた直後、それまでまったく動かなかったのが嘘みたいな速度で、商店街の出口方向━━その先には、おにぎり山がある方向に向かって逃げて行った。




