妹のお土産がおかしい
その日、学校から帰宅した夏樹が目撃したものは、台所に立つ黒人男性の引き締まった臀部だった。
「無事に帰ってきたようだな」
振り返ったセニョールは、ピンクのエプロンをしていた。たまに初雪が着けているものだ。
(おお、これが世に言う裸エプロンというものか……って、なにやってんだこいつは)
余計な行動はしないはずではなかったのか。
「夕食の支度はわたしに任せたまえ。言っておくが、わたしは初雪様の命令に従っているだけだ。気にしないでくれたまえ」
妹は、いったい何様なんだろう。人造人間とはいえ、成人男性を従えるようになってしまった。
その妹は、まだ宿泊施設には戻っていないのだろうか。セニョールの股間にあるディスプレイが隠れてしまっているので、テレビ電話みたいな通話はできないが、それに関係なく話はできるはずなので、いれば反応があるはずだ。
ないということは、まだ帰っていないか。あるいは彼女たちの性質を考えれば、黙って観察している可能性もあったが。
その晩も、がんばって風呂場や部屋に侵入しようとするセニョール、というか初雪たちを食い止めるのに苦労した。
最終的には簡易のバリケードなぞをこしらえて、どうにか侵入を不可能にしてやった。
「お兄ちゃん、てめえこら、立てこもりとは卑怯なやつめ!」
「お兄さん、なにか誤解されているようですけど、わたしはお兄さんのオテーンテンが見たいだけなんです!」
「お兄ちゃんお兄ちゃん、今でてくると、りりちんのおっぱいが見れるらしいぞ?」
「ご覧くださいお兄さん、わたし今なにも着けてませんから、全開ですよ?」
「あれー、寝たのかな? まったく反応しなくなった。おーい、お兄ちゃん? 死した? ダメだこりゃ、やはりあの男にはりりちんの裸を見る度胸もなかったか」
「残念です~。見せ合いっこしたかったのに」
みたいな嫌がらせが、部屋のすぐ外で、わりと長い時間つづいたけれど、最終的には夏樹の忍耐が上回り、勝利をおさめた。
そう思わなければ、眠れそうになかった。
戦いが終わり、いよいよ妹が帰ってくる。
結局、妹がいない間も代わりの変質者がいてくれたので、まったく平穏は訪れなかった。
独りという気楽さを満喫したかったのだが、その夢は叶わなかった。
夕方━━夏樹が帰宅してもまだ、妹は帰っていなかった。
マンガを読んでいた夏樹の背後に、セニョールが近づく。
「こえーよ。黙って近寄られると」
「お知らせしよう。初雪様はあと数分でご帰宅される。現在、二丁目の坂を下っているところだ」
すごいな。GPSでも付いているのか。
そしてセニョールが言った通り、その後4~5分ほどで玄関が開いた。
「き~た~ぞぉ~!」
懐かし━━くもない妹の声が響く。旅行中も毎日その声を聞いていたので、なんの感動もなかった。
また、いつもの騒々しさが帰ってきたというだけである。
「お帰りなさいませ、初雪お嬢様」
セニョールが深々と頭を下げて、挨拶する。
いつの間にか、お嬢様とか呼んでいた。
「うむ、留守中はご苦労だった」
王の風格さえ漂わせた初雪が、偉そうに言う。
「そんなセニョールには、これをあげよう」そう言ってリュックに手を突っ込むと、折り畳まれた白いTシャツを取り出した。「外国人が好きそうな、イミフな日本語Tシャツだよ!」
そう言って差し出されたシャツを、セニョールは両手で受け取った。
「これはこれは、わたしのようなクレイジーブラックにさえお心遣いをされるとは、感謝に堪えませぬ」
なんだよ、クレイジーブラックって。
さっそくシャツを着用したセニョール━━裸なのですぐに着れた━━の前面には『息子さんを 私にください』と二行に分けて、縦書きで書かれていた。
ヤバすぎるだろ、ぜったい。
「おー、似合う似合う。こんな人いるよね」
いねーよ。
下は裸だし、股間に画面が付いてる人なんているわけないだろ。
それにしても、なんてシャツを買ってくるんだ、こいつは。完全無欠の無駄遣いじゃないか。
「このシリーズで、お兄ちゃんにも買ってきたよ。はいこれ」
うわー、まさか自分の身にも飛び火するとは。油断していた夏樹は面食らった。
着用はしなかったが、広げて確認してみる。
『ロリコン三級』
なんだその資格は。しかも三級って、微妙に低い気がする。ダブルで恥ずかしい。
「いや、着ないぞこんなの」
「でもロリコン検定受ける時、必要でしょ?」
もしそれを受験することがあるのなら、その時は着て行こうじゃないか。
だが、そんな検定は━━いや、今の時代だからもしかすると本当に存在している可能性もあるので、滅多なことは言えないな。
本当に受けることになってしまったら、今度こそ間違った進路を進むことになりそうだ。
万が一受験して、合格したとしても、それを履歴書に書いてもちゃんとした企業には就職できないだろう。
夏樹がどうしたものかとシャツを眺めていると、来客が訪れた。
「はーい」
初雪が玄関を開けると、立っていたのは配送業者のお兄さんだった。
大きめのダンボール箱を抱えている。
「寿々木アーネスト様に寿々木初雪様からのお荷物です」
おいちょっと待て。誰から誰にだって?
「あ、わたしが送ったやつだ。遅かったな」
「すいません、時間の指定がなかったので」
配送屋のお兄さんは律儀に謝ってくれたが、本来、謝る必用などはないだろう。おそらく前日に送ったものだろうから、今日届いただけでもありがたい。
それに、宛名もふざけてるしね。なんで兄の名前じゃなくて、変態ロボットの名前を書くんだよ。
「お荷物はこれと━━うわっ」そこでようやくセニョールに気がついたお兄さんが驚きの声をあげた。
「ん? ああ、うちのお父さんいつも家ではこの格好なんです~」
よそ行きの声で、笑顔でそう説明する初雪だったが、常識人にそんな説明は通らないだろう。どこの家に変なTシャツを着て、股間にディスプレイが付いたお父さんがいるというんだ。人種だって違うし。
「は、はぁ……黒人……」
そこまで言って、黙るお兄さん。絶対に訝しく思っているはずだが、それ以上の追及はなかった。
「あ、こちらの2つと、全部で3つですね」
外に積み重ねていたのだろう、2つのダンボール箱も中に入れる。
どれもけっこうな大きさで、中身が詰まっていそうだった。
嫌な予感しかしないほどの、大荷物だ。
初雪がサインをすると、お兄さんはまだセニョールを気にしつつも帰って行った。
通報しないことだけを願う。
「さてと、運んでお兄ちゃんとセニョール」
男を使うのに慣れすぎている。そんな妹の将来は心配だったが、文句のひとつも言わずに従うあたり、使われ慣れている兄だった。
セニョールと二人でリビングまで荷物を運ぶと、さっそく初雪による開封作業がはじまった。
「おっほー! ついに手に入れてしまいましたぁーっ!」
なんとなく、予想の中にあった代物が次々と出てくる。
「いつか必ず手に入れると決まっていたデストラップフリキュアとメルトダウンフリキュアとディスイズフリキュア666と初代・わたしとあなたでフリキュアのブルーレイボックスだよわっはーい!」
狂っている。
兄が最も恐れていた無駄遣いそのままの現実を見せられて、もはや言うべき言葉はなにもなかった。すべては手遅れであり、兄の言葉など聞いちゃいなかったということが証明されただけだ。
「で、こっちの箱はだいたいおじいちゃんおばあちゃん向けのお菓子。こっちの箱はお高いブランドバッグとかお洋服ね」
嬉々としてお土産を並べていく初雪であるが、どう考えても数十万円分の商品だろう。ブルーレイだけでも、十万円は下らないはずだ。
「わたしが結局自分の物しか買ってないとか思ってるでしょ、お兄ちゃん?」突然、初雪はそんなことを言い出した。「残念でした。ちゃ~んとみんなにもお洋服とか買ってあげてますから。昼食代だってわたしが払ったんだよ?」
などと胸を張って言うが━━それがなんだっていうんだ、と夏樹は思う。
そんなもの、典型的なにわか成金のダメなお金の使い方以外の、なにものでもない。
今のところ変なTシャツ一枚もらっただけの悲しい兄は、いつも通りに、心の中で泣いていた。




