そのダンスはおかしい
「で、お前はさっきからどこの国のどんな部族の雨乞いをやってるんだ?」
窓越しに降りつづく雨を眺めながら、その視界の中でうるさく舞い踊る妹は、今日も今日とて無駄に元気いっぱいだ。
「んなアホな━━逆だよ、逆。明日天気になぁーれの、変ダンスだよお兄ちゃん」
股を開いて指を顔の左右に二本立て、小刻みに激しく身体全体を振動させる。
そのまま近づいてでも来たら、まんま海外ホラー映画のワンシーンとして通用する。
「変ダンスしらない? こないだまでやってた『恥をさらそう役立たず』ってドラマで、一大ムーヴメントを巻き起こした……」
「ムーヴメントを巻き起こしたのか」
「そう。世の中がすべて『恥立たず』と主演の月夜野ふぐお太郎を中心に動いていて、実際にみんなが変ダンスの動きばかりをしていた時期があったじゃんか」
そんな時期、あったか?
あとタイトルの略称、他になかったのか。
そして変な名前の俳優、そんな人いたっけか?
と、強制視聴が義務づけられているフリキュアと、趣味でみているお笑い以外のジャンルにはとことん疎い夏樹には、なんのことやらわからない。そういえば、クラスでそんなような話が盛り上がっていたような、いないような気がするが━━お気づきの通り、それほど友達が多くなく、けしてクラスの中心にはいない夏樹にとって、流行りの話題には苦手意識しかない。相手が妹であっても、それは基本、変わらないことだった。
「明日はもう修学旅行だってのに、この天気はよくないよ。そっちがその気なら、こっちもこの気だってとこ、見せなくちゃだよ。わたしの変ダンスで明日晴れたら、ストライクバックフリキュアのブルーレイボックス買って!」
意味がわからん!
勝手にやってる変なダンスでどうして利益を得ようとしているんだ、こいつは。
はやく修学旅行に行ってほしい。
なんだかんだ、いろいろあった毘沙門ちゃんの別荘から昨日帰ってきたばかりで、明日は修学旅行だというのだから、信じられない。
夏樹は通常授業だったからいいが、こうも連続した外泊イベントがつづいたら、自分であれば気疲れしてろくに楽しめないのではないかと想像する。
天気回復のために変なダンスを繰り返すくらい元気のある初雪は、全然大丈夫そうだったが。
「でもあれだな、今時だから海外とかなのかと思ったら━━」
「東京都だよ。この国の首都だよ。魔都だよ。お兄ちゃんの好きなエロい店がいっぱいあるところだよ」
「やっぱ、不満がありそうじゃないか」
「いや、ないって。中学の修学旅行だよ、それで十分さ。それよりも、学校のみんなと旅行ができるってことに意義があるのだ。あと、オタショップいっぱいあるし、いひひ」
どうも、それがメインの目的ではないか。妹がなにを考えているかはしらないが、現在、大金を所持しているという事実と照らし合わせて、とても恐ろしい未来が予測できる。
具体的に言うと、海外からの観光客並の「爆買い」をするのではないかという、危惧がある。
その意味では、行かせたくない。ジレンマだ。
「なに買ってきてほしい? 裏ビデオ?」
裏ビデオ。なんて単語をしっているんだ、この中学生は。
「それとも裏返したパンティとか?」
「それになんの意味が……別に、オレのお土産とかはいいから、親の分でも買ってきたらいいよ。ああ、それと、近所のおばあちゃんとかにも配るなら、それも忘れずに」
「にょっ、このボンクラの口から、そんな心配りが飛び出すとは! やべえ、明日は晴れるどころか空から廃車が降ってくるかも」
「あー、たまにあるよな、そんな天気」
「……さてと、準備の最終確認でもするかな」
乗っかると離れていく、わがままな妹だ。
そして、すでに「最終確認」とやらはこれで数回目になるが、まあ、慎重なのはいいことだ。あれで結構、興奮して眠れないタイプなのである。初雪は。
翌朝は、初雪のために早起きをしなくてはならなかった。学校への集合時間が早く、通常の登校時間ではなかったからだ。
自分の分はあとからでもよかったのだが、それも面倒なので二人分の朝食を用意する。
玄関にはすでに、前日のうちに用意された初雪の荷物が置かれていた。
削りに削って、オシャレな女性用リュックサックひとつ分に、まとまっている。
その中に、厳重に密封された夏樹のパンツが入っていることは秘密だが。
「忘れ物、ないよな?」
これであったら笑い者というくらい、何度も確認していたから、聞くまでもないことではあるが。それでも、確認してみる。
「もちろん。万が一なにか忘れてたら、すぐに届けてね。頼んだよ、お兄ちゃん」
それにはワープ移動のできるドアなんかを用意していただく必要があるが、そんなものはないので不可能だ。
梨理夢の家、というか城にはあったけど。まさか使わせてもらうことはできない。そもそも魔界に行くのにも、キララちゃんたちがいなくては行けないので、いずれ無理な話だ。
「わかった。無理だと思うけど、がんばって念力で飛ばしてみるよ」
その時、インターホンが鳴らされた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンと、規則正しい一定の間隔で、鳴らされる。
この特徴ある鳴らしかたは━━父だ。他に、考えられない。
(なんで両親揃って、呼び鈴鳴らすんだ? 声をかければいいのに。そして、絶対に連絡しないで急に来るのはなんなのか)
呼べば聞こえないわけではない。なのに、なぜか彼らは呼び鈴を鳴らす。
「うそ? パパ?」
「この鳴らしかたは、そうだろ」
玄関を開けるまでつづけるつもりなのだろう、音は執拗に鳴りつづけた。
駆けていった初雪が玄関ドアを開けると、予想した通りに、そこには父の姿があった。
「パパ! また急に来たなオラァァァ!」
初雪が跳躍して膝蹴りをくらわせようとするが、飛距離が足りず、当てる前に膝は下がってしまって、結果普通に抱き止められる。
「初雪ちゃわ~ん、会いたかったよ~ん! ペロペロペロ」
初雪を抱き止めた父は、そのまま頬擦りしてから、おでこをペロペロ舐めはじめた。
「うにゃ~、なにすんだ~! きったね! きったね!」
腕で父親の顔をぐいぐい押して、無理矢理離そうとする初雪。それに必死で抵抗する父の顔は醜く歪み、口からヨダレが垂れている。
なにやってんだ、こいつらは━━
「げええ、前髪べっちょべちょ」
ようやく解放された初雪の前髪は、確かに本人の言う通りべちょべちょに濡れていて、額に張りついていた。
本気で舐めるなんて、父はどうかしている。
父親は、母親のほうとは違い、ごくまともな職業での海外派遣だった。空調関係の会社で、主に発展途上国のようなところへ、技術提供のために派遣されているらしい。わりと色々な国を飛び回っているとも聞く。
顔を洗って、前髪も元通りになった初雪がぷりぷりしながら戻ってきた。
「んもー! 遅刻しちまうじゃんかよ、余計な手間ぁかけさせやがって!」
リュックサックを背負い、靴を履く。
「ごめんよ初雪ちゃん。初雪ちゃんが修学旅行だってこと思い出して、帰ってきちゃったんだよ」
なんだか、少し前に帰ってきた母親も、そんなようなことを言っていた気がする。
似た者夫婦だ。
「お小遣いあげるから、機嫌なおしてよ」
言って、父が財布からごそっと取り出したのは、札束だった。
分厚い札束ではないが、小遣いにしてはおかしい。異常と言ってもいい。
「わーい、やったー」
それをあっさり受け取る初雪もどうかしているが、数えたところ十万円あったらしい。
「じゅーまんえん、いただきました」報告する。
「お前、五十まごむ━━」
夏樹は口を押さえられ━━というか握力で握り潰されて、言葉を発することができなかった。
なんという、悪どい妹だろうか。
っていうか十万円もお小遣いを渡すなんて、父はバカなのじゃないかしら?
思い出してみても、夏樹の中学の修学旅行時には、そんな大金をもらった記憶がない。
父が初雪を溺愛しているのはしっているが、それにしても格差がありすぎるのじゃないだろうか。
「夏樹にも、はい」お小遣い、と言って五千円札をいただいた。
一万円札ですらなかった。
まあ、文句などは言わないけれど。
(なんか、納得いかないんだよな。もらえるだけマシだから、文句はないんだけど、納得はいかないんだよな! どちくしょうめ!)
心で涙を流しながら、夏樹は妹を見送った。
「初雪ちゃ~ん、ぼくの変ダンスでお見送りするからね~」
家の前でそう言い放った父が、L字に曲げた両腕を激しく上下に動かして、首も前後に動かして、腰もかくかくやりながら満面の笑みで細かく、しかしかなりの速さで前進していく。初雪のあとを、追いかけるように。
「うっわ! 気色わりぃ! 気色わりぃ! 超こわい、なんだあいつ超こええーっ!」
自分の父親に酷い言葉を吐きながら、本気で逃げるように走り去る初雪。
冷静に考えると、行ってきますも言ってなかった。
ただ、気色悪い大人に追われて、逃げていっただけである。
「行ってらっしゃ~い!」
もう姿の見えない初雪に、今さら父が叫んでいたが、おそらく聞こえはしなかっただろう。
まだかくかく動きつづける父を残して、玄関から様子を見ていた夏樹は、そっと扉を閉めたのだった。




