魔界の祭りがおかしい
さっきまでいた枯れ木だけの森が、遠ざかる。上空に至ると、ようやく景色が見渡せるようになった。
「ほう、魔界とは、このようになっておったか」
「あんまし遠くまでは行ったことねーからな。あ、あっちの山のほうは、行ったことあったよな、番長?」
ヤバ子ちゃんの指さすほうを見ると、不気味な山脈があった。
その中でも巨大な目玉のついている山は異質で、それが山なのか生き物なのか、わからない。しかも、片目が垂れ下がっていて、極太の電気ケーブルみたいな視神経が剥き出しになっている。
なんなんだ、あれは。
「あっちのほうは、バイえもんおじさまの私有地ですので、わりと危険ですよ」
警告なのか、梨理夢が言う。
「そうか。それはしらなかった。確かに、あのあたりには相当ヤバい化け物がおったな」
キララちゃんが「ヤバい」などと言う化け物は、おそらく夏樹などは見ただけで絶命するレベルではないのか、と想像する。
だって、あのレッドキャップを「小うるさいハエ」と称したほどの人が言うのだから。
*****
聳え立つ城が見えてきたのは、それから数分後のことだった。
夏樹の股間もどうにか鎮まり、平静を取り戻したころに、暗黒の、どこからどう見てもダークサイドな魔王の城が近くなる。
どのような材質かは想像もつかないが、黒光りするブラックダイヤモンドのような城は、禍々しさに満ちていた。
祭りというので、てっきり賑わいを伴うものを想定していたのだが、どうやら、趣は異なる様子だった。
「お祭りとは言っても、これは、ご先祖悪魔王さまの命日を祝うもので、基本的には身内で集まってお食事したりするだけですので」
「命日を、祝うの?」
「はい。魔界では、死ぬことはおめでたい出来事ですので、悪魔王の命日ともなると、特別な日となりますね~」
なんだろう、さすが、価値観が違いすぎる。人間である夏樹には、到底理解できる領域ではない。
「わたしのお父さまも、あんまり死にそうにないですし」
「あれ、でも梨理夢はその、エキス……を補給しないと、最悪死ぬとか言ってなかったっけ?」
「言いました。それは、本当ですよ。わたし、死ねますから。お兄さんの協力がないと」
「でも、死ぬことがおめでたいことなら、別にいいんじゃ?」
「あー!お兄さん、わたしに死ねって言ってますね? それとこれとは、話が違います。わたしがエキス不足で死んでも、おめでたくはなりませんから! あくまでも━━悪魔だけに、悪魔王レベルでの話ですから。それにわたし、まだ転生するにも年齢が足りませんから、今、死ぬわけにはいかないですよ。死にません!」
鼻息荒く、梨理夢は宣言した。
佐藤くん━━魔界コウモリがゆっくりと下降していって、城の上部に着陸する。
紫色の不気味な松明に囲まれた、けっこう広いスペースだった。
「姫さま、急にどちらへ行かれたのかと」
トレイを持つ、灰色のローブを纏った首のない男がいた。
いや、ないと思った頭部は、片手に持つトレイの上に乗っている。その生首が、口を動かして喋っていた。
呼吸とか声帯とか、そういったものを一切無視した生き物に、困惑する。あまりにも理解できなくて、恐怖を感じなかったことは幸いだったが。
「お客さまですか?」
やはり声は、トレイの上の生首からでている。
「そうです。大切なお友達なので、丁重におもてなしするようにね」
「わかりました。では、参りましょう。まだお料理はたくさんございますので、みなさんがいらしても問題ありません」
手持ち生首男のあとに従って、城の中へと踏み入れる。
ところどころに飾られた、謎の白骨を梨理夢は「お祭りの飾りつけです」と説明した。
なんの骨かわからないが、人骨でなければなんだっていい。
とにかく、夏樹は考えないようにして、黙々と歩いた。
ヤバ子ちゃんだけは、鼻唄まじりの上機嫌で、時折スキップなどしながら進んでいる。度胸がありすぎて、心配になってしまう。
悪魔王とやらに挑まなければいいのだが……。
そんな夏樹の心配は、杞憂に終わる。
そういった風習であるらしく、祭りの最中には現役の悪魔王━━今は、梨理夢の父親━━は城を離れるようになっているのだとか。
つまり、今現在、悪魔王は留守であるということだ。
それを聞いて、少なからず安心のようなものを覚える夏樹であったが、よく考えれば、だからどうだということもなかった。
悪魔王が不在だとしても、その他の悪魔か、あるいは化け物たちはいらっしゃるのだろうから。ほとんど、変わらないと言っていい。
そしてその予想通り、パーティー会場のような広間には、長大なテーブルを囲むように、様々な姿かたちをした化け物、あるいは悪魔がうようよしていた。
魚の頭をした生物が、焼き魚を食べている。シュールすぎる食事風景。
頭部がすべて牙だらけの口になっているやつが、なんだかよくわからないコールタールの山らしきものにむしゃぶりついていたり。
一心不乱に鉄の棒みたいなものを舐めまくっている、ベロのオバケ的な者もいたりする。悪魔というより、妖怪に近い気もする。
いずれにしろ、人外の化け物に変わりはないけれど。
そんな、究極カオスな晩餐会のような現場が、そこにはあった。
「こちらのお席が空いておりますので、みなさまどうぞ、お座りください。姫さまは、どうなされますか?」
「わたしも、みんなと一緒にいます。いろいろお話したいですし、お兄さまがいますし」
キララちゃんとヤバ子ちゃんに挟まれて座っていた夏樹の隣に座るために、わざわざヤバ子ちゃんをひとつ隣に移動させてから座ってきた梨理夢が言った。
相変わらず目のやり場に困っていた夏樹は、とりあえず前方に視線を移すと、なんで今まで気づかなかったのかと思うような巨大ななにかがテーブルの上に乗っていた。
どす黒いクジラのミイラみたいな何か。
やたらとデカイ皿に乗っているところから、おそらくは食べ物だろうと思われるが━━まったく食欲を感じさせない、気味の悪さがあった。
「なあ愛野、このめちゃくちゃでっけークジラのオテーンテンみたいなの、なんだ?」
「ぶふっ! やっぱしおもしろいですね、そのオテーンテンっていう言葉。
あ、でもそれ正解ですよ。これ、悪魔王の甘露煮男根ですから」
「え? じゃあ、マジでキンタ━━」
「ヤバ子よ、ボカすなら徹底しろとあれほど言っておろうが」
「あ、そーだった。あぶねーあぶねー。いやでもさあ、それってつまり愛野の父ちゃんのオテーンテンってことだろ? それ、ヤバくねーか?」
「いえいえ、お父さまのオテーンテンは切っても切っても再生しますので、大丈夫なんです」
「うっは! マジかよ! さすがだな、悪魔王」
「初雪のお兄さまには真似のできないことじゃな」
「でも、意外と再生できたりしてな? なあ、試しに一回切ってみてもいいか?」
「あ、やるなら、わたしがやります! お兄さまのオテーンテンは、わたしが切ります!」
「さぁて……帰ろうかなぁ…………」
夏樹は立ち上がりかけたが、一人では戻る方法がなかったので、大人しく座り直した。
とりあえず思い出したようにカメラを構えると、悪魔王の甘露煮男根とやらを撮影した。




