第三話 アリア・シークレットの始まり
水の中を浮遊するような感覚を感じ、意識が覚醒に近づいていく。
この浮遊感には覚えがある。そう、夢から覚めるときとかはこんな感じだ。と言うことは目覚めが近いと言うことか。
起きなきゃ学校に遅刻しちゃうな。そう思い朝の空気を胸一杯に吸い込もうと大きく息をする。
「がぼっ!?」
大きく息を吸い込むと肺に入ってきたのは空気ではなく、大量の水だった。
驚き意識が完全に覚醒する。
水が大量に肺に入ったことに驚きバタバタともがく。が、暫くするとあることに気づく。
(苦しくない?)
どういう原理かは知らないが全く苦しくないのだ。
水中なのに苦しくないことに驚きつつも、危険が無いことが分かり冷静さを取り戻すと、周りを見渡してみる。
(水の中…だよな?てことは女神が言ってた湖?)
体に纏わりつく感覚から水の中だとは判断し、ここが女神の言っていた神が生まれる湖だろうと当たりを付けた。
水はとても透き通っていて湖の端から端まで見ることが出来た。
水中が明るいので上を向いて見ると湖面がキラキラと光を写していて、太陽が登っているのだろう事が分かる。
(ん?何あれ?)
湖の底を見ると石造りの大きな階段があることが分かる。階段の行く先を目で辿ってみるとどうやら地上まであるらしい。
(登れってことかね)
幸助は湖の底まで降りると階段を使って歩き始める。水中だと言うのに水の抵抗は無く、幸助の足はスムーズに動く。
黙々と歩き続ける幸助は遂に湖より地上に出た。
「ぷっはぁ!」
別段苦しかったわけでは無いのだが気分で空気を吸い込む。
顔にかかった水を手でゴシゴシ拭って落とそうとするが手も濡れているので焼け石に水だった。
「ーーっ!?」
息を飲む声が聞こえ目の前に視線を向けると、そこには男が立っていた。
男は暫く固まっていたが我に返ると膝をついてハキハキした声で言った。
「お迎えに上がりました、アリア様。さあ、こちらへ」
恐らくは幸助のことだろう。
幸助は男の言葉に不信感を抱くわけでもなく従う。
残り少ない階段を上がりその足で地面を踏みしめる。
陸に上がった幸助に男は大きなタオルを巻く。
「失礼します」
男は幸助を軽々と抱き上げるとお姫様だっこをした。
おかしい。
幸助は身長はそれなりにある。決して低いわけではない。そして、筋トレもしていたのでそれなりに体重もあるはずだ。
なのにだ、この男は軽々と、まるで猫を抱き上げるかのように幸助を抱き上げた。
それに、幸助よりも身長がかなり高かった。幸助が見上げなくてはならないほどにだ。それによく見ると周りの木々も湖の隣に立っている教会らしき建物も異様に大きい。
おかしい。
再びその一言が出てくる。
色々と疑問だらけだ。
だが、幸助の疑問は自身の体を見るとすぐに解消された。
(手が…小さい?それに足も…俺の体が小さくなってるのか?)
幸助の体は幸助の普段馴染んだ体よりもかなり小さかった。
(そうか…器が幼いのか…)
そう、結論づけると周囲の物が異様に大きく感じるのは納得がいった。
そして、疑問が解消されると幸助が思うことは一つだった。
(野郎のお姫様だっこなんて嬉かねーなー…)
何が悲しくて男にお姫様だっこされているのかという事だ。幸助としてはさっさと下ろしてもらい自分で歩きたい。だが、幸助をお姫様だっこしている男は顔には出さないが嬉しそうなオーラを醸し出している。
(下ろしてくれなんて頼みずれーなぁ…)
すると、男は視線に気付いたのか幸助を見るとにっこりと微笑む。
よく見ると、いや、よく見なくてもこの男がかなりのイケメンだということが分かる。それも紫苑荘司以上だ。
荘司が今時の高校生風なチャラチャラしたイケメンだとすると、この男は誠実で爽やかな感じだ。いや、よく分からんが。
いろいろ考えてる内に男は教会に入っていく。
それにしても、大きい教会だった。背の高い男の歩幅でもそれなりに時間がかかった。
(ほぉ~)
教会の中はとても綺麗で、豪華ではないが質の良いものばかりだということが目利きではない幸助にも一目で分かり思わず内心で感嘆の声を上げる。
男は興味津々にキョロキョロと辺りを見る幸助に微笑ましそうに目を細める。
幸助はそんなことも気付かず辺りをキョロキョロと見ている。
男は少し歩調を緩めて歩いた。幸助のために歩調を緩めたのだ。
やがて、目的の場所に着いたのか男の足が止まる。
幸助が男を見ると、男は幸助を降ろした。
「まずは冷えた体を暖めて下さい」
どうやら、お風呂場の前まで運んできてくれたらしい。
冷えた体と言われたが別段寒くはない。だが、ここは好意に甘えてお風呂に入るろうと思う。今はちょっと現状を整理したいので一人になりたいのだ。
こくりと頷き扉に手をかけて中に入る。
「何かあればお呼びください。扉の前で待機してますので」
男はそう言うと恭しく頭を下げた後扉を閉めた。
幸助はタオルを外して歩き始める。
歩いていてふと思う。
(それにしてもやけに長い髪の毛だな…水に濡れて背中にまでくっ付いて気持ち悪い……長い………髪………?)
幸助の髪は長いとはいえ背中にかかる程ではなかった。今のように腰まで届くと言うことは有り得ない。
さーっと血の気が引いていくのが分かった。
幸助は慌てて部屋の中を見回して鏡を探す。すると、部屋の角に大きな姿見があることに気が付いた。
姿見に走り寄り自身の顔を見る。幸助の覗き込んだ鏡には美少女がいた。
その顔はビスクドールのように整っており、ルビーのような紅い目と、光を反射して眩い程の銀髪はまるで女神を彷彿とさせる。
思わず息を飲んでしまうほどの美少女だ。年の頃は七歳位だが、年相応の可愛らしさを持っていて見る者を魅了する程の魅力を持っている。
(誰だろう?……うん、俺じゃん…)
そもそも鏡の前に立っているのだから自分以外が写ることはない。
とどのつまりは、
「俺、女の子になってるぅぅぅぅぅぅぅ!?」
崎三幸助、転生して女の子になりました。