第四話 分析しよう
幸助は驚き身を硬直させる。すると、扉越しに男が声をかけてきた。
『どうかなさいましたか?』
男の声で我に返り慌てて体にタオルを巻くと言った。
「な、何でもないです!気にしないで下さい!」
『…分かりました。ですが、何かあったらすぐに私に申しつけ下さい』
「わ、分かりました…」
どうやら、声を聞きつけて男が入ってくる…なんてことは無いようでひとまず安心する幸助。
「とりあえず…お風呂入ろ…」
混乱する頭を整理したいのでお風呂場に入る。お風呂場まで繋がってるだろう扉を開けるとそこには教会に似つかわしくない光景が広がっていた。
「何故…温泉…?」
そこには、それなりの大きさの岩で囲まれた大きな温泉があった。
西洋風の大浴場をイメージしていたのでなんだか裏切られた気分だ。
「はあ、まあ今はいっか…」
何故教会の中に温泉なのかという疑問を今は置いておき取りあえずお湯に浸かることにする。
しゃがみこみお湯に手を浸し、程良い温度なのを確認すると足からお湯に浸かっていく。自分の体を見ないようにタオルは外していない。マナー違反だが今は仕方ないと目を瞑って欲しい。
「ふうぅ~」
思わず声を出してしまう幸助。
お湯に浸かり暫くすると落ち着いてくる。落ち着いてきた頭で今の状況を考え始める。
先ず考えたことは自分の体のことだ。自分の髪と瞳の色が女神と同じだった事と自分の体が大体六歳児くらいまでに戻っている事、そして何より自分の体が女になっているという事だ。
先ず、髪と瞳の色が女神と同じなのは幸助が神になったせいだろう。推測だが、あの女神はこの世界の神だ。その神が作った器なのだから、その神と類似していても何ら不思議はないはずだ。
体が幼児退行していることに関しては理由が分からない。神になった副作用なのかそれとも元々そう言う仕様なのか、情報が少なすぎて推測すら立てられない。
そしてそれは、自分が女になっているという点でも同じ事がいえる。
「何にせよ、情報が足りなすぎる…」
疑問に対しての今の幸助の答えを呟く。広い浴場で、その声はくぐもって反響した。
反響した声に耳を澄ませる。くぐもっても聞こえた自分の声は幸助のそれとは似ても似つかない綺麗な鈴の音のような声だった。
自分の声なのに自分で出しているとは思えない、なんとも不思議な感覚に襲われる。
鏡で見た自分の姿と自分の声を聞くと崎三幸助は消えてしまったんだと思い知らされる。
自分で選んだ答えに他人の思惑がくっついた形になってしまいこの姿になった。その事に後悔はない。むしろ僥倖だと思う。美結に加護を二つも与えてこの世界によこし、それでいて自分もこの世界に来ることが出来た。結果だけ見れば万々歳だ。
「……」
なのに、この胸にポッカリ空いた穴はなんだ?
「まあ、今はいいや…」
そう言うと幸助は思考を戻す。
今考えなくてはならないのはこれからどうするかだ。よくよく考えれば黙ってここまで連れてこられたがここが安全だという保証はどこにもない。
その事に今更思いつく辺り自分はまだ平和ボケをしているのだろう。
ここは幸助にとって未開の地。何が常識で何が非常識なのかすら分からないのだ。気を引き締めなければならない。
両の頬をパンパンと叩き気を引き締める。
「よし!」
最初に考えなくてはいけないのは今後の方針だ。
ここが安全な場所かどうかすら分からないことを考えると、先ずはここの安全性を確認すべきだ。
それと同時に幸助は人を探さなくてはいけない。
「ロズウェル・アドリエ…」
今日から二年後に死ぬ予定の人物の名前を口に出す。
女神が自分の世話係だったと言っていたので、先ずはこの人に会わねばいけない。
そうと決まれば幸助はお風呂から上がる。
体を見ないようにタオルをはがし搾ってから体についたお湯をある程度拭う。タオルをまた搾ってから体に巻き付ける。
扉を開け外に脱衣所にでる。棚の上に畳んであったバスタオル取り髪を拭いてから巻いてあったタオルをはがし体を拭く。この時やはり体は見ない。
そうしてあらかた拭き終わると気付いた。
「服、無いじゃん…」
そう、服がないのだ。
元々幸助は湖から上がった時から服を着ていない。そのため服は元々持っていない。
何か案は無いかとうんうん唸って考えてみたが、特に良い案は思い付かなかった。
どうしようかと悩んでいるとふと扉の向こうにいるであろう男の事を思い出す。
(そう言えば、何かあったら言ってくれって言ってたな)
それを思い出し声をかけようとしたが肝心なことに思い当たる。
(俺名前知らねえし…)
思い返せば会ってから自己紹介すらしてなかった。いや、向こうだけは幸助の事を《アリア様》と呼んでいた。人違いなのだろうか?
そんな事を考えたが、今は服をどうにかして調達する方が先決だ。
名前を知らない相手をどう呼べばいいのだろう。「おい」て言うのは違う気がするし「そこの男」はなんか変だし「ヘイ、ユー」は通じる訳ないし。
「うーん」
文字道理うんうん唸って考える。考えに考え抜いた結果答えを出す。
「よし、直接話そう」
別に扉越しじゃなくても良いことに漸く気づき扉に近づく。そして扉を開けようとして止まる。
(そう言や俺タオル一枚じゃん…)
そう思いドアノブに伸ばした手を止めるが「まあ、別に裸見られる訳じゃないから良いか」と思い扉を開ける。
扉を開けるとそこには当たり前だがあの男がいた。目と目が合う。
「どうかなさいましたか?」
「え、あ…服が無いので…その…」
言っているうちに幸助は思った。
(服無いから下さいなんて図々しすぎるだろ俺!!)
言葉足らずでしどろもどろしている幸助の恰好を見ると男は言った。
「申し訳ございません。お召し物の準備をしていませんでしたね。すぐにとって参りますので少々お待ちください」
男はそう言うと幸助の返事も待たずに早足に何処かへ行ってしまった。
取りあえず幸助は言われたとおりに脱衣所にて待機する。すると、カップラーメンが出来るか出来ないかの時間で男はお盆のような物に服を乗せて戻ってきた。
男はお盆を近くの机の棚に置く。
「それでは、こちらにお召し替え下さい。気付けの仕方などがお分かりにならないときには私にお申し付けください。では…」
男はそれだけ言うと脱衣所を出て行った。
お礼を言う間もなく出て行った男に呆然としながらも男が持ってきた服を見る。
服を広げずに見るが、取りあえず思うことは一つ。
「これ…女物何だろうな…」
自分の容姿を加味すると恐らく、いや確実に女物だろう。
そして、服を広げると何かがパサリと落ちる。それを見ると幸助は衝撃の余り動きを止める。
その落ちたものとは…。
「パ…パンツ…ですか…」
女物の下着であった。
自分がこれを穿かなければいけないと思うと頬がピクピクと引きつる。
正直に言えば穿きたくない。幸助は体は女でも心は男なのだから。だが、他に下着は見当たらない。
「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ……くっ!穿くしかない…か…」
色々考えた結果穿いた方が良いだろう。服はどうやら、白色のワンピースのようだし、たまたま風がなびいて見られでもしたらたまったものではない。
呻き声を上げながらパンツに足を通し穿いていく。
「ぐぎぎっ…」
そうして穿き終えると「はあ」と息を洩らす。
長い戦いだった…。
「まあ、この後は簡単だな…」
この後はワンピースを着て同色の靴下と靴を履くだけだ。
パンツのおよそ半分の時間で着替え終わる。
巻いていたバスタオルを洗濯篭であろう物に放り込む。
姿見の前に立ちおかしな所が無いか確認するが、どこもおかしな所は見受けられなかったので大丈夫そうだ。
扉を開け外にでる。
男はこちらを向き幸助の恰好を見ると笑顔になり言った。
「とてもお似合いですよ。さあ、それでは行きましょう。この教会の案内をいたします」
「は、はい」
幸助は男の隣に並ぶ。
そう言えば、男の名前を聞いていないことに気付き聞くことにする。ロズウェルが誰なのかと言うことを確認しなければいけないのでそれも兼ねてだ。
「あの、お名前をお伺いしても?」
男はそう言われるとはっとした表情になった後軽く頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした。私としたことが名乗るのを忘れていました。私、ロズウェル・アドリエと申します。以後、アリア様の身の回りのお世話をさせていただきます」
幸助は男、ロズウェル・アドリエの言葉を聞き驚く。
少しだけそうではないかと思っていたのだが、まさか本当にそうだとは思っていなかったのだ。
それに、こんなに早くに見つけられると思っていなかったのだ。
そして、思っていた以上に若かった。
「お前が…ロズウェル…」
「はい、私めがロズウェルでございます」
思わず呟いた幸助にロズウェルが丁寧に答える。それを聞き幸助は慌てる。わざとではないとは言え年上に向かって「お前」と言ってしまったのだ。元の体なら同い年くらい、いや、まだロズウェルの方が若いのでタメ口でも平気だったと思う。だが、幸助の今の外見は六歳だ。
「す、すみません!呼び捨てになんてしてしまって」
慌てて頭を下げる幸助。すると
「そ、そんな、私なんぞのために頭など下げないでください!むしろ、呼び捨てにしてください!あと、敬語の方もおやめください!」
こんな感じでロズウェルの方が慌て始めてしまった。
その光景に幸助は驚いてしまう。
「私はあなた様の従者です。主人が従者に敬語などお使いにならないで下さい」
「そ、その、従者とか言うのは…何なのでしょう?」
「…」
「あ、あの…」
「……」
「うっ……はあ…わかり…分かったよ、ロズウェル。これで良いか?」
「はい、ありがとうございます」
ロズウェルは見た目に反してなかなかに頑固みたいだ。
ロズウェルは下げた頭を上げると幸助に向き直る。すると、少し驚いたような顔をして言った。
「従者の事がお分かりにならないのですか?」
「それどころか、この国のこともろくに知らない」
ロズウェルは顎に手を当てて少し考える仕草を見せた。そんな動作も彼には似合っていた。
考えが纏まったのかロズウェルは手を元の位置に戻す。
「それでは、案内は後回しにして、先ずはこの国のことをお教えいたします。お部屋までご案内しますのでついてきて下さい」
そう言うとロズウェルは歩き始める。その隣を幸助は歩く。
取りあえず、この世界のことを知れそうなのと、ロズウェル・アドリエがすぐに見つかったことに安堵するのだった。




