第三十七話 激闘の朝Ⅶ
諸事情により更新が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
遅れてしまったので、今回は二話連続投稿にしました。
毎度、ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。
四章もいよいよ大詰めです。もう少しお付き合いいただければ幸いです。
アリアの方で決着がついたころ。シスタは未だ戦闘を続けていた。
縦横無尽に飛び交うワイヤーを、シスタは軽快な動きでかわし、ときに槍で弾いていく。弾くのも、槍の穂先だけではなく、胴体や石突なども使っていた。シスタの槍は穂先から石突まですべて金属でできている。そのため、胴体が木製の物よりも重たいが、耐久力は高い。
金属でできた槍であればその全てをもってワイヤーを弾くことができる。防御や攻撃に対する自由度が高いので、シスタは全てが鉄でできている槍を重宝している。
だが、先ほども言った通り鉄製でできた槍は木製の物よりも重い。そのため、昨日つけたばかりの魔工義手に負荷をかけないか心配であったが、どうやら問題は無いようであった。
以前あった生身の左腕と同じ要領で動かせる。だが、やはり元々あった生身の左腕とは違うので、少しだけ違和感はあるもののそれも気にならないほどのものであった。
指先から肩の付け根にかけてある魔工義手の細かい動作にも慣れてきた。
シスタは、迫るワイヤーを左腕の魔工義手だけで弾いていく。弾いた後の魔工義手をちらりと見るが、大した傷はついていない。
(強度も問題無いようだね)
多少の無茶をしても壊れることの無い魔工義手。それを作ったハンナに心の中で賞賛を送る。
ダフとの過激な戦闘中に壊れてしまうことが無いであろうことが分かり、それであれば、それ以上の多少の無茶をしても平気だろうとあたりをつける。
シスタは槍を振るう速度を一段上げる。
「むっ!」
一段上がった速度に、ダフは、一瞬は驚愕してみせるがすぐに平静を取り戻すと冷静に対応する。
ダフの戦闘の腕。戦闘中の冷静な判断力。戦闘のセンス。そのどれをとっても一級品であり、敵ながら素直に賞賛せざるを得ないほどに鮮麗されていた。
だからこそ、シスタは惜しいと思った。その力を守ることに使わずに、命を奪うことに使っていることに。それと同時に、それも仕方のないことなのかもしれないと思った。
シスタは、彼…いや、彼らの素性におおよその検討をつけていた。
(人族と魔人族のハーフ…か…)
今朝、シスタに事の次第を知らせに来た兵士に訊ねた。昨日捕まえた“蜘蛛”の素性は分かったのか?と。
すると、帰ってきたのは、捕まった“蜘蛛”は半魔であるということだった。
半魔。その存在自体は、メルリアにもいないわけじゃない。ただ、忌避される存在ゆえか、数は少なく、王都よりも辺境でひっそりと暮らすことが多い。その、辺境ですらも、彼らは迫害されている。いや、少数である辺境だからこそ、と言った方がいいかもしれない。
少数ゆえに、コミュニティーとしての強度は上がる。そこに、忌避される半魔など入り込む隙は無く、村八分にされる。その実、王都よりも過ごしづらいのかもしれない。
もちろん、すべての村がそういうわけでは無いのであろうが、その割合が多いことには変わらない。
メルリアでは半魔を迫害するような表立った風潮は無い。だが、だからと言いて全くないわけでもない。
王都の監視の目の届かないところで、表立って迫害する領地は確実にある。メルリアだけでなく、クルフト王国でもそういう風潮は見られるし、魔人族が絶対悪であると言っているレシュナンド帝国では表立って迫害の的にもなっている。
そういった環境で彼らが生活をしていけば、人に対して良くない印象を持つのも当然の結果と言えよう。ただ、そう生まれてきてしまっただけで迫害され、心無い言葉で罵倒される。であれば、人を怨んで当然だ。
だからこそ、彼らが命を奪う側に回ってしまったとしても、それを責めることはシスタにはできない。分かり切ったような口ぶりで、正義を押し付けることなんてできやしない。
彼らにとっては、自分たちを守ることが正義であり、それを奪うものは悪なのだから。正義なんて言うものは人の主観で変わってくる。だからこそ、今だって人は魔人族と戦争を続けている。お互いの正義を、大義名分を押し付けあって。
その戦争の、規模を小さくしたのが今回の戦いの状態だと言えよう。
方や人々を守るために。方や自分たちを苛む悪を排除するために。
正義は人の主観によって変わる。だからシスタは、それを押し付けるようなことはしないし、向こうの正義に従うつもりもない。個人の正義を押し付けるのも傲慢が過ぎるというものだし、自分が納得できないものに従うのもそれこそ納得がいかないからである。
だからシスタは、こんなところでやられてやるつもりは毛頭ない。シスタにはやらねばならないことがある。それを成し遂げるまで、死ぬわけにはいかないのだ。
今、自分の目の前にいるのは、バルバロッセの仇であるバラドラムに関係しているかもしれない人物だ。
イルが言っていた。セリア大森林で戦ったバラドラムの部下は、ワイヤーを使っていた、と。であれば、彼らがバラドラムと関わりがある可能性は十分にある。
バラドラムの居場所は恐らく魔大陸だ。そこまでは、予想できる。そして、魔大陸に行くのも容易ではないことも。
バラドラムはバルバロッセの魂を抜き取り、それを持ち帰った。その魂を使い何かをするつもりだということは想像に難くない。これは、予感めいたものだが、バラドラムは大きな何かをしでかそうとしている。その何かは正直想像もつかない。だが、今目の前にはそれを知るかもしれない手がかりがいるのだ。その手がかりをむざむざと逃がすような真似はしたくない。
シスタは半魔云々以前に、ダフを逃がすつもりも、ダフにやられてやるつもりも毛頭無い。
シスタにはやらなくてはならないことがある。それを成し遂げる前に、誰かの正義やら欲望やらなど、いちいち気にしている余裕も義理もない。
それに、いろいろ理由を語ってはみたが、ダフの目には怨嗟も怨恨も感じ取れない。見て取れるのは、覚悟と期待。
一体、何に期待しているのかは分からない。彼が抱く覚悟と言うのも予想できない。
怨まれる背景であれば先ほどのようにいくらでも予想できたりもするのだが、彼が覚悟を抱くまでの背景など予想できない。人一人の人生の背景など、三十年と少し生きているが容易に予想などできはしない。
(君が何に期待をしているのかは分からないけど、それに応えられるか分からない。それに、応える義理もない。だから、ことが終わったあと期待に応えられなくても怨まないでね)
呑気に目の前のダフに胸中でそう呟く。ただ、呑気そうに言っているが実のところ、そこまで余裕があるわけではない。
相手は、Aランク冒険者に匹敵するほどの手練れ。Aランク冒険者と言えばシスタ等、軍の将軍と同程度の力だ。とどのつまり、シスタと互角。実質、左腕が生身の腕でないシスタは、まだ魔工義手に完全に慣れているわけではないので、少しだけ向こうの方が上だ。
(これは……ちょっとまずったかな?あの二人には少し荷が重かったかもしれない)
イルとユーリの新人コンビを頭に思い浮かべ、安否を気遣うシスタ。
(あの二人は、同期の中では跳びぬけて優秀だったけど…ロズウェルくんとかアリア様の実力目の当たりにして結構へこんでたからなぁ…良い感じに自信ついてほしくて連れてきたけど、失敗だったかな?)
そう思うも、連れてこられる人員が限られているのもまた事実ではあった。それに、アリアの前では大体の者が委縮してしまう。そうなれば、ただでさえ長く疲れる旅路で、更に疲れることとなる。
長旅に慣れていないアリアには、初旅でそれはきついだろう。であれば、気心知れた仲のイルとユーリなどに人員が絞られるというのも当然であった。
イルの妹スティや、シフォン、イーナ、ラテ、キリナの四人に任せるというのも考えたが、少しだけ実力が足らない。それに、イーナに関していえば、先の時に負った傷がまだ完治していなかった。四人一組の班で一人だけ置いてこさせるのも士気にかかわる。
それに、王都ではあの事件の事後処理に追われており、今回のことに割く人員は限られていたのだ。
であれば必然、今回の編成が、あの時の最善なものであることには変わりは無かった。
それに、こうなってしまったものはもうどうしようもない。今は、あの二人の勝利を信じるほかない。
それに、他人のことを心配しているほどシスタ自身に余裕があるわけでもなし。シスタは、少しだけ戦闘から離れかけていた意識を戻す。
「考え事は済んだか?」
「!?…ああ、もう済んだよ。悪いね。手を抜いてくれてたんだ」
「心ここにあらずの相手を屠ったところで、なんの自慢にもなりはしない。それに、そういうのは、わたしの主義に反する」
「ほう、騎士道精神…みたいな?」
「そのようなものに近いかもな。正々堂々真っ向勝負。それが私の主義だ」
ダフが言ったその主義に、シスタは驚愕を隠せない。
顔に出ていたのだろう。ダフは、少しだけ自嘲気味に笑う。
「似合わない…と言いたいのだろう?フッ、わたしも、それは常々思っていることさ」
「黒いローブとか着てるし、いやらしい時間帯に襲撃してくるものだから、暗殺とか、闇討ち主義なのかと思っていたよ。そういう主義の人は“蜘蛛”にはいないもんだと思っていた」
「ははっ!違いない。わたし以外はそういった思想のものばかりだ。ただ、闇討ち主義なくせに皆やたらと戦闘狂でな…まったく、困った連中だよ」
「そういう君は?戦闘狂じゃないの?」
「まさか。わたしはこれでも争い事は嫌いなんだ。話して分かってもらえるなら、そうした方が一番だと思っている」
ダフの言ったその言葉に、シスタはまたも驚愕する。それと同時に、確かな怒りも湧いてくる。
その怒気は、ダフに向けているものではない。恐らく、今のダフを作る原因となった諸悪の根源へと向けられていた。
「だったら、なぜそうしない。それが君の主義であるならば、それを曲げてまでなぜ君は”蜘蛛“になんて属している?」
確かな苛立ちと怒気のこめられた底冷えするような低い声に、しかしダフは慄くわけでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「そうするしかなかった。言葉で言っても通じなかった。信じてもらえなかった。最後には、わたしの愛する子供たちまで皆殺しにされた……生き残ってくれたのはたったの1人だけだった…」
ダフは言葉に悲哀を載せる。だが、次の言葉に載せていたのは悲哀ではなく、希望と覚悟。
「わたしが“蜘蛛”に属する理由はただ一つ。理想の世界を作り上げるためだ」
「理想の世界?」
「半魔だろうが、人族であろうが、獣人族であろうが魔人族であろうが、誰もが幸せになれる世界。そんな世界を造るためだ」
ダフの真摯な言葉。だが、その言葉はシスタの胸には響かない。いや、誰の心にだって響きはしないだろう。
なぜなら、ダフの言葉と行動には大きな矛盾があるからだ。
「そんな世界は夢物語だ」
「……」
「そんな美しい平和な世界を造り上げようとしている君が、その平和になるべき人々を殺しているんだ。そんな矛盾を抱えていて、平和が訪れるわけがない」
「……」
「それが必要なことだった…なんてことは言わないでくれよ?誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて僕はまっぴらごめんだ。どうせなら、皆まとめて幸せな世界のほうが僕は良い」
「……」
「君も本当は気付いているんだろう?君の夢には矛盾があって、その夢が叶うことくらい」
「ああ、そうだ…そんな矛盾はとっくの昔に気付いていた……だけど、こうするしかなかった。それしか道がなかった。バラドラム様と同じ道しかなかった…」
「バラドラム!?」
突如、なんの脈絡もなく出てきた仇敵の名前に本日幾度目とも知れぬ驚愕をするシスタ。
だが、バラドラムの名前もさることながら、シスタを驚愕させたのは、バラドラムの名前の後に続いた言葉だ。
「ちょっと待ってくれ。バラドラムが君と同じ道を歩んでいる?それは本当か?」
そう、バラドラムが、全人種が共存する平和な世界を望んでいるというところだ。そこが、シスタには理解ができなかった。
「本当だとも。そもそも、この“蜘蛛”をお造りになられたのが、バラドラム様だ」
「ちょっと、待ってくれ。それでもやはり向かうべき目標と行動に対してつじつまが合わない」
「そうだな、正確に言うのであれば「きゃあああああああああああ!!」っ!?」
ダフの言葉を遮り、突如として響き渡る悲鳴。
声は高いため、おそらく子供のものだ。
一瞬、アリアではないかと不安がよぎったが、冷静に思い出してみればアリアの声とは違った。そのことに、少しだけ安堵するシスタ。
だが、声の方向からしてイルがメリアを引き離した場所だ。そのことが、シスタの一抹の不安をあおがせる。
女の子の声だとしても、声の方向がイルのいる場所であるので、イルの身に何かあったのではと勘ぐってしまう。
どうするべきか考えながらも、視線をダフに戻す。
すると、目の前のダフの様子が明らかにおかしかった。
同行は完全に開かれ、額からは冷汗が流れている。明らかに先ほどの悲鳴に対して狼狽していた。
「……メリ…ア……」
やっとのことでそれだけの言葉を絞り出すと、脱兎のごとく駆け出す。
「お、おい!待て!」
突然のことに一瞬思考が停止してしまったが、我に返ると慌ててダフの後を追う。
(なんなんだ?あの冷静な男が明らかに狼狽して僕に背中を向けるなんていう失態を犯すなんて…)
ダフの見せた愚行に思案を巡らせるシスタ。
しばらく走ったところで、ダフが急に立ち止まる。
「おい、急にどうした…」
一応、敵と言うことで警戒しながらそう問いかけるシスタ。だが、警戒するまでも無かった。ダフはシスタのことなどまるで警戒しておらず、ただただ目の前の光景に意識を奪われているようだった。
シスタも警戒心は残しながらも近づきその光景を見る。その光景は、シスタも予想だにしないものであった。
シスタが隣に並び立つと、ようやくダフが口を開いた。
「なにを……」
わなわなと怒りに震える拳を握りしめるダフ。
「…………アラクネラ……」
目の前には、アラクネラに抱きかかえられながら意識を失っているメリアと、刀身が二分されている奇妙な剣を構え、二人から少しだけ距離を取っているイルがいた。
イルの生存に安堵しつつも事態の異様さに言葉を出せないでいた。
異様というのも、メリアを抱きかかえているアラクネラと、抱きかかえられているメリアの様子が普通ではなかったためだ。
アラクネラは今まで被ったままだったベールを外しその素顔を晒していた。それだけであれば何のことはないことだ。異様だというのはアラクネラの背中だ。
アラクネラの背中からは黒と黄色の八本の脚が生えていた。それは、見まごうことなく蜘蛛の脚であった。
そして、更に異様さに拍車をかけているのはアラクネラの口元であった。アラクネラの口元は血で真っ赤に染まっていた。その口は、もごもごとまるで何かを咀嚼するように動いており、時折くちゃくちゃと音を立てていた。
口の中のものを飲み込むとアラクネラは口を開く。その口が向かう先は―――――メリアの左腕だった。
それを見た瞬間、ダフの怒りをせき止めていたダムは決壊した。
「なにをしているのだアラクネラぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」
怒声を叩き付けるダフを、アラクネラは気だるげな眼で見返した。




