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第三十五話 激闘の朝Ⅴ

 歪な笑みを張り付けフォールはワイヤーを振るう。


 後ろに跳び、かろうじてそれを避ける二人。だが、満身創痍なうえに、完全に死んだと思って油断していた。こんな状況になるとは思っていなかった。それゆえに完全に反応が遅れた。


「くあっ!!」


「姉さん!!」


 ワイヤーに腹部を切り裂かれるハンナ。


「くっそ!!」


 焦りを感じながら、トロラは魔銃を撃つ。


「姉さん!!撤退しますよ!!これはちょっと分が悪いです!!」


「わ……かって…」


 右手で魔銃を撃ちながら左手でハンナの腕をつかんで立ち上がらせようとする。が、傷が思っていた以上に深いようで、ハンナは痛みで立ち上がることができずにいた。


「うっ…ううっ……」


 お腹を抑え苦痛に顔をしかめるハンナ。これでは、逃げることは難しい。かと言って、このまま戦うには、ハンナを守りながら残り少ない魔力で勝たなければいけないという、かなり厳しい条件付きだ。


 向こうもボロボロになっているが戦う分にはまだ余力がありそうだ。


「ト…ロラ…」


「姉さん?」


「逃げ、て……」


「は?なに、言って…」


「だから、逃げて、って……」


「だから!!何を言って……!!」


「逃げろって…逃げろって言ってんのよこの愚弟!!いっ!?」


 叫び声を上げて傷に響いたのか短く呻き声を上げるハンナ。だが、そんなことを気にしてもいられないのか、それとも気付けないほど頭に血が上っているのか、トロラは珍しく声を荒げて言う。


「姉さんを置いて逃げられるわけないでしょうが!!」


「でも逃げなきゃ二人とも死んじゃうでしょ!!少しは考えやがれ愚弟!!」


「はははっ!兄弟喧嘩かな?こんな状況でよくできるねぇ!」


 二人の口論に口を挟むフォール。


 フォールもフォールで二人よりは余力があるが、疲労は蓄積している。皮肉を言うのも少し辛そうであった。


「ははっ。そう言えば、この間も君たちみたいな二人を見たことあるよ。あの二人は美しかったねぇ。お互い死にかけなのに手を伸ばして相手を求めていてね」


「っ!?」


「ま、さか!?」


 フォールの言葉に二人とも思い当たる節があるのか、半信半疑ながらもそうであるに違いないと、驚愕の表情を浮かべる。それに気づいたフォールはいやらしく口角を吊り上げる。


「もしかして…お友達だった?」


「お……まえか…」


「ううん?」


「お前かあああああああぁぁぁぁぁああああッ!!」


 傷の痛みも忘れて絶叫するハンナ。


 傷の痛みか、二人を殺した張本人に対する怒りか。それとも、それが分かっているのに一矢報いることもできず、今も何もできないことの悔しさからか。だが、おそらくその全てであろう。彼女の両目からはとめどなく涙が溢れていた。


 それを見てフォールは哄笑を上げる。


「あははははははは!!泣いてるのぉ?!笑えるう!!」


「うるさい!!貴様に姉さんの何が分かるッ!!」


 トロラも頭に血が上っているのか普段は上げない怒声を上げ考えなしに連射する。そうすれば、必然的に魔力の消費も早い。そんなに多くない魔力がどんどんと消費されていく。


「うっ…くそ…」


 魔力切れによって眩暈を起こす。


「ははっ!なっさけなぁい!!」


 もちろん、その隙を逃すフォールではない。すぐさま距離を詰める。


 慌てて撃とうとするが魔力切れを起こしていて撃てない。それに、疲労で動きも緩慢。それに、接近戦ができないために魔銃というものを開発したのだ。魔力があったとしても反応はできなかっただろう。


「はい、おしまあい!!」


「クッソ……!」


 せめてもと思い、後ろにいるハンナに攻撃がいかないように両腕を広げかばう。


「トロラぁ!!」


 泣きながら弟を呼ぶハンナ。


 結局、勝てない。


 分かってた、勝てないことなんて。相手との力の差は歴然。負ける可能性の方が色濃いことくらい分かっていた。でも、それでも。自分が知り合った人が、この化け物二人を一人で相手にしようとしていたのだ。


 二人と対峙したときユーリは酷く焦っていた。そして、覚悟をしていた。自身の死を。


 そんな顔をしていたユーリを、ハンナは放ってはおけなかった。気が付いたらフォールの相手を買って出ていた。


 だが、結果はこれだ。自分は死にかけ。トロラは身を挺してハンナを守ろうとしている。それに、目の前の友人を殺した仇を殺すことも一矢報いこともできない。


 凶刃と化すワイヤーがトロラに迫る。ハンナはそれを見ていることしかできない。


「…だれか…」


 肝心なところで何もできない無力な自分に、今できることは――――


「たす……けて……」


 助けを乞うことぐらいであった。だが、その助けを乞う声は誰にも届かない。届くほど大きな声でもないし、住民が大方避難しているこの状況で誰かが聞いていてくれているとも思えない。


 助けは、無い。


 




 そう思っていた。


 トロラにワイヤーが直撃する前に、何者かが二人の間に割って入り、ワイヤーを弾き飛ばした。


 フォールが驚愕の表情を浮かべるが、それは二人も一緒であった。


「まったく…だから無理だと言いましたのに」


 戦場なのにひどく落ち着いたその声。その声の主は、誰にとっても希望で。勝利の象徴で――――


「下がっていてください。すぐ終わらせますから」


 最強であった。


「ロズ…ウェル?」


「はい。ロズウェルですが?」


「なん…で…」


「なんで、と言われましても。こちら側の決着が早かったので一番押されている方のところに助太刀に来ただけです」


「そう、なの……」


 ということは、今の状況では少なくともユーリはやられていないし、劣勢でもない。もしかしたら勝利しているかもしれない。


「それに」


「え?」


 ユーリが無事なことに少なからず安堵していると、ロズウェルが続ける。


「助けを呼ぶ声が聞こえましたので」


「!!」


 ロズウェルの言ったことに赤面する。かなり小声で言っていたので、まさか聞かれているとは思わなかったのだ。


「そ、それは!」


「助かりましたよ。あの声が無ければ、間に合わなかったですから」


「そ、そう」


 何か言い繕うとしていたところでロズウェルが感謝の言葉を言ったので、ろくなことが言えなかった。


「さて、それでは手早く終わらせます」


 言いたいことは言えたのか、ロズウェルは視線をフォールに向ける。


 フォールはロズウェルに視線を向けられると冷や汗を流す。口もとは笑っているが、かなり引きつっている。


「なんでこのタイミングかなぁ…さながら王子様ってところだね本当に」


「いえ、私はただの執事です」


「ただの執事は王国最強だったり、女神に仕えていたりしないと思うけどなぁ」


「アリア様に仕えるにあたっての必要最低限の能力です」


「女神が執事に求めるスペック高すぎない?」


「アリア様の執事ともなればそれくらいのレベルでなければ務まりません」


 苦笑気味に言うフォールに、ロズウェルは涼しげな顔で答える。


(にしても……)


 フォールはロズウェルの格好をまじまじと見る。


(なんで傷一つ…って言うか、皺一つないんだけど…こいつ本当に戦闘したわけ?若干気になるところではあるけど、執事のスペックって言われそうだな)


 傷一つどころか皺一つついていない燕尾服を眺め、フォールは戦々恐々とする。


(こいつの口ぶりからするに、最低でも誰か一人とは戦ってきているわけでしょ?それなのに傷一つ負ってないってあり得る?誰と当たっても相当てこずりそうなもんだけど……)


 他のメンバーもフォール並みに強い。それに、アラクネラはフォール以上に強い。自分たちも化け物だと言われたりしたが、アラクネラは本当の化け物だ。比喩でもなんでもなく、本当に化け物なのだ。


 彼女が色濃く継いでしまった化け物の血。その血のせいで、他のメンバーとは一線をきすほどのスペックを有している。それに届かずとも、ダフやゼルウィ、ネクタルも魔人族の血を濃く有している。そう簡単に負けるような者達ではない。


 メンバーとは四手に別れて行動した。その際、先ほどの四人が分かれるように二人一組で配分されている。つまり、どこと当たっても厄介な四人のうち一人がいることになる。それにフォール達のように二手に別れることが無ければ、二人同時に相手にすることになるのだ。普通なら、まず勝ち目はないはずだ。


(それを無傷、ないしは軽傷で済ませるって…こいつ本当に普通の人間かよ…あ、いや。普通の人間じゃないや。王国最強だった。でも、それにしたって無傷はありえないだろう)


 現状を確認すればするほど自分の不利を悟るフォール。満身創痍に近いフォールに対し、ロズウェルは万全の状態だ。


(どう考えても勝ち目無いじゃん……ダメだ。逃げよ……)


 思考を逃避に変え、逃げる算段を考えるフォール。


 昔にも、強い相手から逃げることなど幾度となくあった。その経験が思い起こされ、いろいろな逃走経路、逃走手段を脳がはじき出していく、が…


(あれ…?)


 見つける逃走経路、手段。そのことごとくが頭の中で即座に潰されていく。いや、目の前のロズウェルという存在そのものに潰されていく。


 ロズウェルを見ていると、どこにも逃げ場のないように感じる。どう逃げようとも、即座に叩き潰されるヴィジョンしか浮かばない。それ以外のヴィジョンなど一瞬たりとも浮かんでこない。


 まだ何もしていないのに押し寄せる、圧倒的敗北感。


(これ…無理じゃん…)


 そう感じたとき、ロズウェルが動いた。


 動いたことにすら気付けないほど、自然に足を踏み出す。


 一瞬の瞬きの間にロズウェルは目の前にいた。


 そして――――


「がはっ!!」


 容赦なく、慈悲もなく、躊躇いもなく切り捨てられた。


 体に巻いていたワイヤーなど関係が無いとでもいうように、あっさりと、ワイヤーごと切り裂かれた。


 どんな膂力で放った一撃なのかわからないが、その一撃だけでフォールは心臓まで切り裂かれ、あっけなく絶命した。


 二人の仇は、本当にあっけなく双子の前で死んだ。


 その事実を、脳が認識できていないのか、いまだ呆然とする二人。


 ロズウェルは一度軍刀を一振りし血を払うと、二人に向き直る。


「大丈夫ですか、お二人とも」


「だ、大丈夫そうに見える?」


 呆然としていたので、一瞬、ロズウェルの言葉に反応するのが遅れたが、何とか取り繕い皮肉気に言葉を返すハンナ。その様子を少しだけジト目で見つめるトロラ。


 ロズウェルは皮肉気に返されたにもかかわらず普通に答える。


「見えませんね。すぐに治療します」


「あ、ありがとう……」


 ロズウェルはハンナに近づくと、しゃがみ込んで魔法で治療を始める。


「とは言え、私はあまり魔法が得意ではございませんので、本格的な治療はアリア様かイル殿にお任せすることになります。私は応急処置までです」


「な、なによそれ。あんなに強いのに、魔法が使えないなんて、ちゅ、中途半端なやつね」


「まだ若輩者ですので、ご容赦ください。これから、アリア様にふさわしくなるほどには、魔法を使えるように精進していきます」


「ふ、ふん!精々頑張りなさいよ!」


「姉さ……あ」


 いつまでも一言余計な姉に、トロラが苦言の一つでも呈そうとしたが、途中で姉の態度の理由に気付いた。


「なによトロラ」


「いえ、別に…」


 何か言おうと思ったが、何も言えなくなってしまったトロラは適当に言葉を濁すと目を逸らした。


 姉の姿を見ていられなかったからだ。


 だが、意を決してもう一度姉を見る。今度は、正面からではなく、盗み見るように。


 ハンナは、ロズウェルにちょくちょく余計な言葉を挟みながらも会話をしていた。その顔、しぐさ、言葉遣い。それがハンナの状況を雄弁に語ってくれていた。


 最初は、言い争った上にロズウェルの指摘通りになってしまったことが気まずいのであんな反応をしているのだと思った。だが、答えは違った。おそらくハンナは……


(恋をしてしまったんですね……ロズウェルさんに……)


 そう、恋をしてしまったのだ。


 いやもう、おそらくではない。確実にだ。トロラはかなり昔に見たことがあった。姉が恋する瞬間を。だから、これは確実なのだ。


 そして、ハンナのあの態度は、気まずいのではなく単に照れているだけなのだ。治療のためとはいえ自分が恋をしてしまった相手が超至近距離にいるのだ。照れない方がおかしいというものだ。


 トロラは一つ溜息を吐き二人の様子を眺める。


(まあ……ロズウェルさんイケメンですしねぇ…それに、タイミングもよかったですしね)


 タイミングとはもちろん、助けるタイミングだ。あのタイミングは、まるで物語のヒーローがヒロインを救い出す場面のようであった。まあ、一つ違いがあるとすれば、助けられたのがヒロインだけでなく、その弟も一緒だということだが、その事実はもうハンナの頭から消去されているに違いない。


 ハンナの脳内映像には、ピンチのハンナを救い出すロズウェルの姿だけがピックアップされているはずだ。


(あの状況で、あんなかっこいい人に助けられたら、惚れない方がおかしいですよね…まあ、姉さんが惚れた理由はそれだけじゃ無いとは思いますがね…なんたって姉さんは…)


 トロラは自然と姉の部屋の本棚を思い出す。


(そういう、恋愛小説の王道な展開大好物ですからねぇ…)


 ハンナの本棚には恋愛小説がぎっしりと収納されている。


 ハンナは少しだけ粗野で粗雑な性格ではあるが、結構乙女思考なのだ。


(そんな物語でありそうな展開が自分に降りかかれば…まあ、必然…)


 トロラは赤く頬を染めながらロズウェルと話をするハンナを見る。その様子はもう完全に恋する乙女。


(こうなりますよねぇ………)


「はああぁぁぁ~~~」


 一気に緊張が抜け落ち、息を吐きながら大の字に寝転ぶ。そうすれば、自然と眠気が襲ってくる。


(そういえば、魔力切れを起こしていたんでしたっけ…そりゃあ、眠くもなりますね…)


 眠ってはいけないと思いながらも、睡魔は容赦なくトロラを襲う。抗ってはみたものの、やはり疲労困憊の身である自分が睡魔に勝てるはずもなく、緩やかに意識を手放した。


 余談だが、ここにアリアがいればこういうであろう。


「好きな子に素直になれずちょっかいかける小学生男子か!!」


と。


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