第三十三話 激闘の朝Ⅲ
ツバキは人の姿が見受けられない街をひたすら走る。目的地はハンナとトロラの二人のところだ。
体力の消費が激しい心技を使ったが、体力的にはまだまだ余裕があるので、街を全力で駆け抜ける。
走りながらも周囲の確認を怠ることなく、少しでも音がしようものならすぐさま駆けつけ状況を確認する。
とまあ、そんなことをやっていれば当然ではあるのだが…。
「……ここは………」
ツバキは大きな壁に手を突くとひとり呟く。
「どこでござろうか?」
迷子になっていた。
「しまったでござる。迷子になってしまったでござる…………そのうえ…………」
ツバキは手を突いた高い壁を見上げる。
「これは都市を囲む防壁でござるなぁ………」
都市を囲む防壁の前にいる。つまりは、
「反対側まで来てしまったでござるかぁ…」
元々、ツバキは道に迷いやすい。一人旅をして迷った末にたまたま通りかかったアリア達に遭遇できたのだ。それなのに一人で二人を探そうと思うのが土台無理な話であったのだ。
ツバキは精神力に優れているが、魔法の方はからっきしだ。生活魔法がほんのちょっと使える程度である。そのため、魔力感知も得意ではなく、二人の魔力を追うこともできないし、アリア達の魔力に反応できるわけでもない。せめて、魔力感知に優れている人間に出会えれば状況は変わるのだが、生憎とツバキの周りには人っ子一人いない。
ツバキは自分の状況を鑑みると、一人難しい顔をして腕組みをする。
「まずいでござる。かっこつけて出てきた割に、迷子になってしまうとは……まったくかっこよくないでござる………ユーリ殿に大まかな場所でも聞いておけばよかったでござる」
場所を聞いたとしてもツバキであれば安定的に迷いそうなものであるが、それを指摘する人はここにはいない。
第一にユーリのもとについたのも全くの偶然からであった。
ここに来るとき同様、音の発生源に飛び込んで外れて、外れては飛び込んでを繰り返していたのだ。そうして偶然いいタイミングで乱入できたのだ。
「誰かが剣技を使ってくれていれば一発で分かるのでござるがなぁ…誰か使わないでござるかなぁ~」
ツバキは、魔力感知はかっらっきしだが、放出された精神力を感知するのにはたけている。
だが、心技は、本当に一握りの人間のみが使用できる代物だ。それを使えというのは無茶であり、常人では使えても一発で戦闘不能にまで追い込まれる代物を使えというのは酷なものであった。
ここに心技を使えるものがいれば「無茶言うな」とつっこめるのだが、生憎とツバキは独りぼっち。ツバキの言動につっこみを入れるものは、いるはずもなかった。
だが、ここでツバキの思ったことが起こる。
「………およ?」
突如として発生した強大にして膨大な精神力をツバキは感知した。
「誰でござろうか?…いや、これはもしや……」
ツバキは、頭の中で該当しそうな人物にあたりをつけながらも、その目印に向かって走り始めた。
この時すでに、ハンナとトロラの二人のことはツバキの頭から忘れ去られていた。
今はとにかく、謎の精神力の発生地点に急ぐだけであった。
○ ○ ○
一方、件のハンナとトロラの双子の方はというと。
「くっそ!!避けんな蜘蛛野郎!!」
「ひっどいなぁ~ちゃんと自己紹介したんだから名前で呼んでよ~」
「あんたの名前なんて一秒で忘れたわ!!」
未だにフォールと戦闘中であった。
「だから、ちょこまかすんな!!」
「無理言わないでよ~止まったら当たっちゃうじゃん」
「当たれって言ってんのよ!!わかんないの!?」
「うえ~!ひっど~~~!」
自分の攻撃が当たらずに苛立ち交じりに叫ぶハンナに対し、フォールはいつも通りにおどけた調子で返す。その様子が、ハンナの苛立ちにさらに拍車をかける。
そんな、どこか普通じゃない様子の二人のを黙って聞き、冷静に判断をするトロラ。
「姉さん。落ち着いてください。敵の挑発に乗ってはダメです」
「わかってるわよそんなこと!!わかっててもムカつくのよ!!」
「わかってるなら自重してください。声で位置がバレバレです。さっきから避けられてるのはそのせいです」
「それ先に言ってくれないかなぁ!?」
大分無駄な労力使ったんだけど、と付け足し、ご立腹といった様子のハンナ。
(言っても聞きやしないでしょうに…)
トロラは心中で文句を言う。これを言ってしまえば火に油を注ぐだけと分かっているから心中にとどめているのだ。
そんな二人の様子にフォールは薄い笑みを浮かべながら木の陰から様子を窺う。
(ちぇっ、弟くんにはばれちゃったか。お姉さんよりも大人で、ずいぶん冷静だねぇ)
実際、フォールはあえてハンナを挑発するようなことを言って二人の場所を特定していた。トロラの方は一度も挑発に乗ってこなったが、ハンナの方はほいほいと乗ってきてくれた。
それに、トロラは挑発に乗らないだけじゃなく、フォールの策略を逆に利用しようと考えていた。
(弟くんは、あえて喋らせていたようだね。大方、僕の場所を逆に特定しようとしていたんだろうけど…)
フォールは考察を重ねながらも、ばれないように転々場所を変える。
(生憎、素人に毛の生えた程度の君に見つかるほど僕はやわじゃないんだよねぇ~)
怪しくほくそ笑みながら、フォールは二人を襲撃するべく様子を窺う。こうして様子を窺うのも何回目になるだろうか。そのたびに毎回釘付けになるものがある。
(あれ本当になんなんだろうねぇ…あんなの一度だって見たことないよ)
フォールが釘付けになるそれはハンナとトロラが持っている謎の武器にあった。
サイズは片手で持てるほどの大きさだ。持ち手らしきものがあり、その持ち手から垂直に持ち手よりも少しだけ長い胴体ともいえる部分がついている。胴体の持ち手に近い方から謎の突起が突き出しており、二人はその突起に人差し指を添えている。
(本当、なにあれ)
二人が持つ武器にフォールの見覚えが無いのも無理はない。この世界では、二人の持つ武器は流通していないのだから。
だが、もしアリアがこの場にいたのならば、アリアには見覚えのあるそれに反応を示したことだろう。
先ほど、この世界には流通していないものといった。そう、この世界では、なのだ。アリアが崎三幸助としていた地球では一部流通しているものであった。今でも戦争に使われるくらい、平和な国日本でも警察官が持っているほどに、誰もが一度は目にしたことがあるものだ。
そう、銃だ。
だが、二人が持っているのはただの銃ではない。その銃には実弾は入っていない。それどころか、マガジンも銃口すらないのだ。
ここは、化学よりも魔法の発展した世界。その銃は実弾ではなく魔法を射出する。つまり、魔法を放つための射出代、一般魔法師における、杖のようなものであった。
この銃は、言わば魔銃とでも呼ぶべき代物だ。
通常、魔法師は杖を使う。その杖は魔法の威力を上げてくれるものもるが大抵は照準を合わせるための目印変わりとして使うのがほとんどだ。
魔法の威力を上げてくれるものもあると言ったが、それも小さな杖には杖の下に各属性の魔石一つだけ取り付けることしかできない。一種類の魔法しか威力を上げられない専用武器になってしまう。
大きな杖の先にたくさんの魔石をつけることもできるが。それだと取り回しがききづらく、照準も合わせにくいために、魔法に長けた上級者向けの装備となってしまう。
一つにこだわると違うところで支障が出てしまう杖とは違い、二人の使う魔銃は照準も合わせやすく、威力を増幅させてくれる魔石が全種類入っている。
何より姉弟お手製のギミックとして当たらないとどんな魔法が込められているかわからないという仕掛けが施されている。それに、この魔銃は一から姉弟が作り上げたものなので、世間に出回ってはいない。そのため、フォールが知らないのも無理なからぬことであった。
因みに、この魔銃は便宜上魔銃と言ってはいるが、実際に二人が(というかハンナが)つけた名前は「高性能全魔法強化杖」というなんとも長ったらしく微妙なネーミングなのである。
この世界に銃が流通していないために銃という単語が出てこないのだ。
これまた因みに、銃が流通していないのは安定して銃と弾を生産できないからであるのと、この世界の銃は連射のきかない火縄銃あたりで研究が止まっていているため見限られたのだ。それと、銃弾を魔法防壁で防ぐこともできるというのも理由の一つである。
とまあ、挙げればきりのないほどには理由があるのだが、今は割愛しよう。
ともあれ、フォールにとっては見知らぬ攻撃手段。いくら手練れのフォールといっても攻めあぐねているのにはそのような理由があった。だが――――
(突飛ではあるものの、使い手があれではね…)
武器の性能は良くても、使用者である二人がまだまだ未熟であった。
二人は戦闘経験が少ない。対して、フォールは毎日のように戦闘をこなしている。ここでもまた、経験の差があった。
(それじゃあ、そろそろ終わりにしようか)
二人の背後まで回り込むと木陰から音もなく飛び出す。
(ははっ!背中がら空きじゃんか!素人丸出し!)
二人は同じ方向を向いており、背後はまるで警戒していない。
十分な距離を詰め力強く足を踏み込む。
(はい、終わり!)
薄く微笑みながらワイヤーを振るう。
フォールが暗殺するうえでの常套手段。死角を突いての攻撃は得意中の得意だ。だからこそ自信があった。止められるわけがないと。
だが――――
(――――っ!?)
突如、足元に魔力を感知する。慌てて跳び退くと、数瞬まで自分がいた場所に炎の柱が上がる。
(一体なにがッ!!)
突然のことに混乱するが、すぐに冷静になり考えようとするが、着地すると同時にまたもや足元に発生する魔力を感知する。
(またかッ!!)
フォールはまたも跳び退き、二人から更に距離を空けることになる。
今度は炎の柱ではなく、雷が瞬く。
(なんなんだよこれ!!)
理解の及ばぬ攻撃に苛立ちを隠せないフォール。
(魔法なんて発動している兆候は見られなかった!なのになんで魔法が発動するんだよ!しかもピンポイントに足元にとか、どんな精度なんだよ!!)
「姉さん、どうやら後ろのようです」
「そうみたいね」
苛立つフォールをよそに二人は悠然と振り向く。
フォールはいつもの笑顔を潜め、顔を憎々しげに歪める。
「何をしたって顔してるわね。それに、魔法をうまく使えるほど強くもないって思ってたみたいね」
したり顔でフォールに言うハンナに、フォールは更に憎々しげに顔を歪める。憎々しげに顔を歪めるということは、フォールが図星だということだ。それを見るとハンナは、今度は眉尻を吊り上げて叫ぶ。
「ワタシが弱いことなんて知ってんのよ!!アンタに一人で勝てないことも重々承知!!むしろ勝てるだなんて一パーセントも思っちゃいないわ!!」
「…………なにを……」
「でも!!トロラがいれば確率は一パーセントに上がんのよ!!」
それでも足りない。残りの九十九パーセントは負けているのだから。でも――――
「一パーセントでも勝ってんならそれで十分!!見せてやるわよ!!ワタシとトロラの――――弱いなりの勝利法を!!」




