第三十二話 激闘の朝Ⅱ
「やあやあ。先日ぶりでござるなぁ、ユーリ殿」
突然の乱入者は、マシナリアに来る途中で拾った、クルフト王国の商人、ツバキ・リーリンであった。
ユーリとしては、なぜここに商人であるはずのツバキがいるのか、なぜ逃げていないのかと疑問は尽きないが、それを訊くだけの体力がなかった。
「大丈夫でござるか?とりあえずこれを飲むといいでござる」
ツバキはそう言ってしゃがみ込むと、着流しの懐から小瓶を取り出しユーリの口まで運び、中の液体を流し込む。すると、徐々にだが感じていた激痛が少しだけ和らいでいくのを感じた。
「回復薬でござるよ。さすがに、すぐにはすぐ直らないでござるが、まあ、無いよりはましでござろう?」
「あ…りがと……ございま……」
「ああ、無理に喋ってはいけないでござるよ。傷が落ち着くまで少し休んでいるといいでござる」
ツバキは律儀にお礼を言おうとするユーリを苦笑しながら宥める。
ユーリもツバキの意を汲んでかコクリト頷くと口を閉じる。
それを見てツバキは満足げに頷くと後ろに立っているネクタルに視線を向ける。
「待ってもらって感謝するでござるよ」
「待つも何も、攻撃する隙すら作ってないくせによく言うわ…」
ネクタルの頬を冷汗が伝う。
ツバキの視線と表情が、先ほどユーリに向けていたものからがらりと変わって、冷たく鋭い刃のようになっているからだ。
その変化は後ろで見ているだけのユーリにも伝わっていた。
自分の見知っているツバキからは想像もできぬ気迫にユーリはただ困惑するばかりであった。
「さて、治療も早に済んだことでござるし、決着をつけさせてもらうでござるよ。こちらも、悠長に事を構えている時間はあまりなさそうでござるからな」
ツバキは腰を少しだけ落とし右手を腰に下げた刀にあてる。
ユーリの記憶が正しければ、ツバキが帯刀している刀はマシナリアに来る際にツバキが最初に見せてくれた商品の中には無いしろものであった。よく手入れが行き届いているが、使い古しているのが分かるほどに、ところどころに傷や汚れなどがあった。おそらくは、ツバキ愛用の一刀なのだろう。
だが、よく刀を使い込んでいるからと言ってツバキが強いという確信はない。使い込んでいても弱い者もいる。
それでも、ツバキは揺るがぬ自信と姿勢を保っている。そんな揺るがぬ姿勢のツバキに、後ろから眺めるユーリは強い既視感を覚える。それは、まるで戦闘中のロズウェルを見ているような感覚。圧倒的強者の姿勢。
「いきなり割って入って…本当に勝手なものいいね…………まあ、決着をつけるのには賛成だけど」
「それでは、行かせてもらうでござる」
ツバキは話を終わらせると、一歩踏み込む。瞬間、驚異的な速度でネクタルに迫る。
ネクタルは一瞬驚愕をあらわにするが、即座にツバキの動きに対応する。
ツバキが刀を抜刀し横に一閃する。光を反射させる刀身が鈍色の光の帯を残しながらネクタルに迫る。
高速の一閃をネクタルはワイヤーを巻き付けた左腕でガードするが、見かけによらず重い一撃に少しだけ体のバランスを崩してしまう。
ツバキはそこを見逃さず、バランスの崩れた方に半歩動き手を返してもう一度横に一閃する。
ネクタルは、それを今度は右腕でガードする。今度は、二度目ということもありうまく衝撃をそらすことができたが、それでも少しだけバランスを崩す。ツバキは腕を引きバランスを崩したネクタルに鋭い突きを放つ。
ネクタルは無理矢理に体を反らして突きを躱すが、刃がネクタルの胸を深く切りつける。
「ぐうっ!!」
切り付けられ呻き声を上げるネクタル。
「なぁめるなぁっ!!」
態勢の悪い中、軽く跳びツバキの腕を蹴りつけようと足を振り上げる。それを読んでいたのか、ツバキは突いた腕を引っ込め、数歩後ろに下がるとすぐに肉薄してくる。
その時にはネクタルも態勢を整えており、ツバキが肉薄してくるのに合わせて後ろに下がる。下がりながらも両腕のワイヤーを叩き付けるように振るう。
ツバキは刀を顔の左横につけ、刀の峰を肩につける。
「防ノ型、風乱」
ツバキが振り下ろす。直後、ツバキの前方方向に突風が巻き起こる。
「くうぅっ」
放ったワイヤーが乱され無様に宙を舞う。
突風による風圧がネクタルに襲い掛かる。ネクタルは腕を顔の前にもっていき風圧から遮る。
「何なのよこれッ!!」
見たことのない技に思わず悪態をつく。
そう、見たことがないのだ。魔法でも、魔道具でもない。魔法や魔道具を使うときに出る魔力を一切感じなかった。
一体ツバキは何をしたのか。それが分からず困惑と警戒が強まる。
「どうやら、ご覧になったことがないようでござるな。それなら、教えて差し上げるでござるよ」
困惑顔のネクタルに、ツバキは、少しだけ得意げな顔で刀を前に掲げて言う。
「今のは気付いていると思うでござるが魔法ではないでござる」
「じゃあ、なんだっていうのよ」
「剣技でござる」
「はあ?」
ネクタルはツバキの答えに思わず呆けた声をあげてしまう。
ネクタルは魔法以外に自然現象を引き起こせる方法を知らない。だから、どんなトリックがあるのか気になっていた。
それなのにツバキの言ったことといえば「剣技」の一言だけである。呆けた声をあげてしまうのも無理はないだろう。
ネクタルは若干頬を引きつらせながらツバキに問う。
「剣技って…あんた…なめてるの?」
ネクタルの物言いにツバキは少しだけムッとしたような顔で言う。
「拙者はきちんと答えたでござる。至極真面目でござるよ」
「剣技だけであんなことできるわけないでしょう!?」
「できるでござるよ!現にやったでござろう!」
「嘘つくんじゃないわよ!なんか仕掛けがあるんじゃないの!?」
「無いでござる!剣技だけでござる!」
ツバキは、仕掛けはないと言っているが、実際は仕掛けがある。
ツバキが使ったのは確かに剣技だ。だが、それは普通の剣技ではない。
この世界には魔力の他にも特別な力がある。魔力とは違う力は、俗に精神力である。ゲーム風に言えばSPだ。
精神力とは精神を力として体外に放出するものだ。ツバキは刀を振るうときにこの精神力を纏わせてはなったのだ。イルが剣に魔力をかけた魔法剣の精神力版。精神、つまり心。心の力、心技とでもいうべきものであろうか。
このことは一部の人間しか知らない。精神力は魔力と違い力として放出する難易度は段違いに難しい。そのため精神力よりも魔力の方が世間では流通しており、一部の者にしか精神力の使い方は知られていないのだ。
それに、使えたとしても扱いが難しい上に魔法のように使える幅が少ないのだ。魔法であれば、風魔法でも百種類以上ある。それに比べ精神力は風系統でも十数種しかない。しかも、そのどれもが戦闘系であり、生活魔法のように一般でも使えるものが無い。
そして、何よりの理由としては精神力の消費が早く数発撃つだけで立てなくなるほどの疲労感に苛まれるからだ。
汎用性が無く使い勝手が悪い。それに、すぐに戦闘不能までに追い込まれる。それ故に流通しなかったのだ。
だが、それでも使うものがいるということは魔法よりも優れた点があるということだ。精神力は一撃の精神力の消費量は馬鹿にならないが、その消費量以上の威力を引き出せるのだ。それに、慣れていけば魔法のように精神力の消費を調整することができる。やはり、魔力のコントロールよりも難しいが、慣れれば細かな調整までできる。その慣れるまでが長いのもネックのひとつだろうか。
ともあれ、ツバキが使ったのは不思議な力ではなく、既存の力であり、その力を二人が知らないだけであった。
使用者であるツバキが知らないというのもなんとも間抜けな話なのだが、少しだけ天然でマイペースな彼女らしいと言えばらしい話であった。
戦闘中にも関わらず口喧嘩をする二人を、ユーリは少しだけ呆れたように見つめる。
「………はぁ…もういいわ。あなたの技が脅威だということはわかったから」
「拙者も説明するのに疲れたでござる」
そう言うツバキは心技を使ったとき以上疲れているように思えた。
「まあ、なんにせよもうそろそろ終わらせましょう。もう疲れたわ」
「それには同意でござる。拙者ももう疲れたでござる」
「それじゃあ、次で終わりにしましょう」
ネクタルはそう言うと腰を落とし左手を前に、右手を腰のあたりまで引いた。
ツバキは刀を鞘に納め右足を前に、左足を後ろに下げ、鞘に納めた刀を左手で持ち腰の位置まで落とすと右手で柄を握る。
ネクタルはツバキの見たことの無い構えに眉を寄せる。だが、それを問うこともせず構えを維持する。
二人は、次で終わらせると決めた。であれば、その次を長引かせる気は毛頭無く、もう話すこともなかった。
互いに動じず睨み合う。
冷たく静かな時間が二人の間に流れる。
「フッ!!」
先に動いたのはネクタルであった。鋭く地面を蹴りつけツバキに肉薄する。
驚異的な速度で迫るネクタルに、しかしツバキは動じずネクタルを見据える。
(なぜ動かない?諦めた?いや、違う。なにかある。だけど――――)
「これで終わりよぉッ!!」
後ろに引いた右腕を踏み込みと同時に思いきり前に突き出す。突き出した右腕の袖から幾本ものワイヤーが飛び出る。
「千鉄蛇!!」
多方向から迫るワイヤーに阻まれ逃げ場はない。一方向のワイヤーを切り付けて弾いてもその奥にもワイヤーが待機しており、その数も多い。一方向だけを切り付けても捌ききれない。切り付けている間にも他方向からくるワイヤーに貫かれる。
逃げ道は、無い。
「これは防げないでしょう!!」
先ほどの《防ノ型・乱風》であれば防がれていたかもしれない。だが、構えが全く違う今であれば防がれることはないと踏んでの範囲攻撃であった。
「………」
ツバキは一度瞠目する。
「攻ノ型――――」
静かに目を開き、刀を抜き去る。
「――――華炎・彼岸花」
抜刀された刀身が鮮やかな緋色の炎を帯びる。
そして、目にも止まらぬ速さで幾度となく振るわれる。ワイヤーを一つ一つ弾いていく。弾くたびに炎が弾ける。その様相はまるで彼岸花のようであった。
「な………なによそれえええぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
全てを捌ききるツバキにネクタルは絶叫をあげる。
弾き終えると、ツバキは刀を再度納刀すると一歩踏み込む。
「先の一撃。見事でござったぞ」
ツバキは素直な称賛を送る。
「……………そ…ありがと………」
ネクタルは最後を悟り、満足げな笑顔浮かべると目を瞑る。
「攻ノ型、枯レ花・落チ椿」
抜刀してからの一閃。刀の軌跡に鮮やかな赤が舞う。
姿勢を戻し、刀を一度振るうと納刀する。
チンッと納刀の音が響くと、ネクタルの首がゴトッと落ちる。その様子を眺めながらツバキは言う。
「…いくら凄惨な過去を背負おうとも、それが拙者の友人を殺す理由にはなりえんでござるよ。そなたとはもっと別のところで出会いたかったでござる」
そう言うと、ネクタルの死体に背を向け、ユーリのもとに歩みを進める
た。
「もう、大丈夫でござるか?」
「はい。だいぶ楽になりました………っつ!」
立ち上がろうとして痛みによろけるユーリ。それを、慌ててツバキが支える。
「まだ無理はいかんでござるよ。傷も完治してござらんし」
「すみません。でも、ハンナ達が……」
「ハンナ殿とは…ご友人でござるか?」
「そうです」
「……では、そちらは拙者がむかうでござる」
「…………お願いします」
ユーリは少しだけ逡巡したが、ツバキに任せることにした。自分が二人に”蜘蛛”の相手を任せておいて、自分で向かわずにツバキに任せるのはどうかと思ったのだが、自分で動いてもかえって足手まといになると判断したのだ。
「それでは拙者は向かうでござる」
ツバキはユーリに背を向けると歩き出す。が、すぐに足を止めると首だけ振り返るとユーリを見る。
「ユーリ殿」
「はい?」
「先の者との会話少しだけ聞こえてきたでござるが…」
「はい…」
ツバキはこれほどまでにない真剣な目でユーリを見つめる。
「綺麗事だけでは世の中まかり通らないでござる。それは、理解してるでござるか?」
「はい…」
「……そうでござるか。それなら―――」
「でも」
「?」
「もう少し、よく真剣に考えてみたいと思います。それで、答えを出せたらいいなと思います」
今回、ユーリの敗因は力量差だけではない。ユーリがネクタルの言葉に動揺したこともあった。そして、ネクタルを切る資格が自分にあるのか。それが分からなくなったからだ。
今回のことで、ユーリは強くなる思いだけ先走ってしまい相手を切る覚悟が足りなかったことを自覚した。
相手を前にして、相手の過去を聞いて、足りない覚悟が揺らいでしまった。
だから、もっと知る必要があると思った。自分が切る相手のことを。
「………そうでござるか。うん。それがいいでござるよ」
ツバキはユーリの回答に満足げに頷くと今度こそユーリのもとから去って行った。
残されたユーリは脱力すると壁にもたれかかる。
「とりあえず…今は……」
少しだけ、休むことに決めた。




