第二十三話 夜明けの強襲Ⅲ
襲撃の一報は、シスタの所にもしっかりと届いていた。
「そうか。分かったよ。こちらも準備ができ次第向かわせてもらう」
「はっ!それでは自分はこれで」
報告に来た兵士に自分も戦う旨を伝えると、兵士に伝えた言葉通りに、戦うための準備に取りかかる。
「イルくん。聞いていたと思うけど、そう言うことだから」
「分かりました。俺も準備をします」
準備と言っても別段時間がかかることはない。
シスタは、槍に不備がないかを確認して軽鎧を着る。イルもだいたいそんな感じだ。
ふと、イルは思い出したようにシスタに訊ねる。
「シスタ様。左手は大丈夫ですか?」
「ん?ああ、問題無いよ」
そう言うとシスタは魔工義手を動かす。
「生身の腕よりちょっと動きは遅いけど…まあ、戦うのに支障はないかな」
「魔工義手での初の実戦ですからね…不具合を感じましたら、すぐに引いてください」
「それは問題ナッシングぅ~~~!!」
イルの言葉に応えたのは、ババーンと扉を勢いよく開けたハンナであった。
「調整は細部まで終わらせましたから、不備なんてぇござぁません!!激しい戦闘にも耐えきれるようになってますのでご安心を!!」
「そ、そうですか…それは、なによりです…」
突然の登場、そのすぐ後に勢い良くまくし立てられたイルは、思わず引き気味になって答える。
「更に更に!ギミックの方も二つ追加!あぁあぁご安心を!正常に作動するので肝心なときに使えないなんてぇことは……………えっと、どうしました、シスタさん?」
上機嫌に説明をしていたハンナであったが、シスタがこちらをジッと見つめているのに気付くと、説明を中断させて訊ねた。
「いや、もう大丈夫だなと思ってね」
「ほえ?」
「昨日のことが後を引いていないようでなによりだよ」
「あ。ああ~、そのことですかぁ…」
シスタの言葉を受け、なぜシスタがこちらを見ていたのか思い当たったのか、ハンナは恥ずかしそうに笑う。
「いやぁ~ワタシも大人げなかったというか、現実を見ていなかったというかなんというか…………まあ!要するに、大丈夫です!!」
「そっか。それなら良かったよ」
シスタはそう言って一度にっこりと微笑むと準備に戻った。
「姉さん。僕達も避難の準備をしましょう」
「…………」
「姉さん?」
トロラが声をかけるも反応を示さないハンナ。そのことを疑問に思いながらも、再度声をかける。
「姉さん。準備を…」
「…………てき…」
「はい?」
何かを喋ったのは良いものの、声が小さく聞き取れなかったためトロラはハンナの口元に耳を近づけた。だが、それがいけなかった。
「シスタ様の笑顔素敵すぎますごちそうさまでしたブハアッ!!」
「うるさっ!?それと汚っ!?」
興奮したようにそう叫ぶと鼻血を吹き出して倒れるハンナ。そして、耳を近づけていたことで大声と鼻血のダブルパンチを食らってしまうトロラ。
「ああもう!!なにしてくれてんのさ姉さん!!とりあえず血拭くから!!ほら行くよ!!」
大量の鼻血をドバドバと流しながらトロラに背を押され部屋から退場するハンナ。そんな二人を(と言うよりはハンナを)引きつった笑みで見送るシスタ。
そんな光景を見てイルは、内心で大丈夫なのだろうかと不安を抱えつつも準備を進めるのであった。
○ ○ ○
場所は移りマシナリア王城。
城では、マシナリアの騎士団を中心に住民の避難誘導の指示や、城の警備を固めるなどの対策をしていた。
その中でユーリは、伝令からの連絡を受けると隊に指示を出す、言わば、司令塔の役割を担っていた。
「第一、第三隊は東地区に向かってください!!第二、第五隊は西地区へ!!」
「ユーリ様!!南地区の避難が完了しました!!」
「南地区担当の半数を西地区へ!!もう半数を住民の警護にあててください!!」
せわしなく動く現状に、間髪入れずに指示を出すユーリ。その手腕はたいしたもので、魔工都市の騎士団団長を唸らせるほどのものであった。
ただ、唸らせるほどの指揮だろうが、現状は厳しいものであった。
「南地区で二人の"蜘蛛"を確認しました!!現在交戦中です!!」
「くっ!!南地区ならシスタ様とイルさんがいるはずです!!お二人に出動していただくようご報告してください!!」
「了解しました!!」
「き、北地区にて二人の"蜘蛛"と交戦中です!!援軍を!!」
「第六隊の一班から三班までを向かわせてください!!」
指示を出しながら、ユーリは歯噛みする。
次々と寄せられる報告は、どれもこちらの劣勢を知らせるには十分のものであった。
魔工都市内で使うには十分である遠距離通話の魔道具を各隊に持たせて、普通よりも素早く指示の伝達ができるのだが、それでも"蜘蛛"の殺戮の速度に追いつくことが出来ないでいた。
しかも、援軍に向かわせた隊もすぐに死傷してしまい、いたずらに人を死なせるだけの結果となっていた。
騎士だけではない。兵士も、冒険者も総出で"蜘蛛"の対応にあたっているが、やはりその結果はかんばしくはなかった。
工業に力を入れている国なので、騎士達の力が他の国よりも劣るのは致し方ないことだ。それに、マシナリアの周辺は比較的に弱い魔物しか出現しないため、騎士団や兵団はその魔物を倒すことの出来るレベルにまで持って行けばいいだけなので、必然的にその実力がそこで止まってしまうのも無理なからぬことであった。
実際、今まではそれでどうにかできていたのだ。ただ、今回のようなイレギュラーな存在が相手ではそれがネックとなっていた。力量差がありすぎて思うように戦えないのだから。
それに、ネックとなっていたのはそれだけではなかった。
通信の魔道具をアリア達が所持していなかったことだ。昨日の内に渡しておけば良かったのだが、都市内だけとはいえ、通話ができる魔道具は、魔道具が溢れる魔工都市といえど、かなり貴重なものだ。準備にあと数日はかかるとアウェリアに言われ、アリア達は所持してはいなかったのだ。
様々な準備が整いきる前に襲撃をされ、全てが後手に回っているこの状況。ユーリが歯噛みするのも無理はなかった。
それに、今発見されている"蜘蛛"は二人一組が二つの四人だけだ。残りの四人はまだ見つかっていない。
どこから来るのか予想が出来ないため、対策も立てられない。いや、多少ならば対策も立てられるだろうが、それに割く人員が足りない。死傷者、出動者合わせてかなりの数が出払っている。そのため、他のことをカバーしきれないのだ。
城に常駐している戦力も薄く、"蜘蛛"の捜索に徒に人員を割くことも出来ない。
全てが後手に回っていて受け身で行くしかない。現状はかんばしくはなかった。
「ユーリちゃーん!!」
道行動すべきかを考えていると、不意に声をかけられる。
また悪報かと苛立ち混じりに視線をやれば、そこにいたのは騎士ではなく、ハンナとトロラであった。
なぜ二人がこんなところに?と、驚きに目を見開くが、ハンナが手に持っているものを見て理解する。
「ユーリちゃん!通信の魔道具持ってきたよ!!」
理解するが、同時に、何故?とも思う。通信の魔道具は貴重だ。それこそ、現状まったく数が足りていないくらいに数が少ない。それを何故ハンナが持っているのか疑問に思った。
「ありがとうございます。ですが、なぜハンナさんが?」
お礼を最初に言って理由を聞く。例え気になることがあれども礼を欠くことはしないのだ。
「うちで自作したやつです!通信の魔道具作ってるおっちゃんに作り方教わったので試しに作ってみたんですよ!」
「そうですか。助かります」
作り方を教わって作ったから持っているのかと、納得するユーリ。だが、周囲でそれを聞いていた者は、それだけにとどまらなかった。
通信の魔道具は、作り方が非常に複雑だ。様々な魔石や、魔石を溶かして作った魔導線などを複雑に配置して作り上げられる。その作業はあまりにも細かく、職人の繊細な技が無ければ到底作れない代物であった。
その職人も今は数が少なく、十人しかいない。そして、その魔道具を作れる十人は《至高の十職人》と尊敬と羨望を込めて呼ばれている。その職人達がそう呼ばれるほど、通信の魔道具の製造は難しいのだ。
しかも、送受信を受け持っている感応石という魔石自体が高価な物で、一般人がそう易々と手に入れられるような代物でもないのだ。
そんな、《至高の十職人》が作る、至高の魔道具と呼んでも良い魔道具を、ハンナは教えられたから作ったと言うのだ。そんなことが出来るハンナの技量は天才を超えていた。
至高の十職人をも上回るであろう技術力と、感応石を買えるほどの財力。その二つの事が、周りの者を戦慄させていた。
だが、そんなことは、魔道具の事なんぞ少しかじった程度にしか知らないユーリには預かり知らぬことであった。
「それで、魔道具の数は?」
「シスタ様とイルさんに一つずつ渡しましたので、手持ちはあと五つですね」
「そうですか。では、アリア様とロズウェル様に一つずつ渡すべきだとして、本部に一つ、残りの二つはお二人が持つ。という形のほうが良いですね」
「え?ワタシ達は別にいらないと思うよ?あとは避難するだけだし。ねえ?」
「ええ、シスタ様に頼まれたのはこれだけですので、後はすぐに避難します。他にあててくださってかまいません」
二人が魔道具のことを思い出し、シスタとイルに渡すと、シスタに城に持って行くよう頼まれたのだ。そのため二人は避難もせずにここまで来たのだ。
「シスタ様に頼まれたのですね。危険をかえりみずに持ってきてくださりありがとうございます」
軽く頭を下げてお礼を言うユーリに、ハンナは若干照れながらも言う。
「なんにも出来ないかもだけど、せめてこんぐらいはしたかったのよ」
「それに、僕らよりも、ユーリさん達の方が危険にさらされているんです。僕らも、これくらいはやって当然ですよ」
「そうですか。とは言え、本当にありがとうございます。誰か、この二つをアリア様とロズウェル様のところへ届けてきてください!」
「了解しました!」
ユーリが声をかけると近くにいた騎士の二人がそれぞれ一つずつ持って走っていく。
迷い無く走っていったが、二人がどこにいるのか知っているのだろうか?とも思ったが、おそらくは他の班と連絡を取りながら行くのだろう。戦場に出ていれば、アリア達を見ることもあるだろうから、通信の魔道具で連絡すれば場所はすぐ分かるだろう。
「それじゃあ、僕らは行きますね」
「ユーリちゃん、怪我しない程度に頑張ってね!」
「いえ。相手は強いので、怪我をしないのは無理だと思います」
「じゃあ、死なない程度に頑張って!!」
「…はい。頑張ります」
思わず苦笑いで答えるユーリ。
前線では、もうすでに死者は出ているのだ。皆が死ぬ気で頑張っているのに自分だけ命惜しさに戦うなど出来るはずもなかった。
それを気取られまいと、ユーリは言葉を紡ぐ。
「お二人も、お気をつけーーー」
「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!?」
「ーーーっ!?」
突如として発せられる叫び声に、ユーリは素早く抜刀しハンナとトロラを庇うように前に出て声の方を睨み付ける。
そこには地面にひれ伏す騎士の姿とその騎士を跨ぎながらこちらに歩いてくる二人の黒衣の者がいた。
「"蜘蛛"ッ!!」
一瞬でその二人が誰だかを悟ると、ユーリは思考を巡らせる。
考えをまとめると、ユーリは振り返ることもなく後ろの二人に声をかける。
「お二人ともいいですか?」
「な、なに?」
ハンナも相手が誰であるかを理解しているのか、その声はいつもよりも堅い。
「私があの二人を引きつけます。お二人はその間に逃げてください」
「だ、ダメ!!それはダメ!!それじゃあユーリちゃんが危ないじゃん!!」
「そうするより他ありません。ここには騎士団を指揮できる人が私と騎士団長しかいません。失礼ですが、騎士団長は私よりも弱い。であれば、必然的に私があの二人を相手にするほか無いのです」
「ユーリちゃんが騎士団長よりも強いとして、あの二人に勝てるの!?無理だよ!!」
「無理でも…無理でも今はそれしかないんです!!私が戦うしかないんです!!」
いや、違う。そうじゃない。戦うしかないんじゃない。
「私は戦うんです。そのために、ここに来た」
もう誰かが傷ついているときに動けないだなんて嫌だった。あのときみたいな思いはしたくなかった。だからここまで付いてきたのだ。
戦える彼らの強さを知りたくて。戦えなかった自分の弱さを乗り越えたくて。
「………ううん。やっぱりダメ」
「ダメと言われても戦います。それに、私の行動を制限されるいわれはありません」
「そうだね…うん、そうだよ」
なにやら納得したようにうんうん頷くハンナ。
「それじゃあ、ワタシ達も戦うよ」
「はい!?」
「うん?戦うって言ったの」
「え、いや、ダメですよ!!お二人は逃げないと!!」
「ダメって言われてもやりますぅ~。ユーリちゃんにワタシ達の行動を制限されるいわれはありません~」
「なっ!?」
まるっきり自分が放った言葉を言い返され、驚きつつも若干苛立つユーリ。
「子供みたいなこと言わないでください!いいから、お二人は避難してください!!」
「やーだよっ!!逃げない!!」
「聞き分けのないことを言わないでください!!」
「やだったらやだ!!」
"蜘蛛"を後目に言い争う二人。そんな二人は完全に隙だらけなのだが、襲いかかってくることもなく、なぜか見守っている"蜘蛛"。
そして、年下であるユーリよりも言葉遣いと言い方が子供っぽい姉に、トロラは若干めまいを覚える。
「ああもうっ!!いい加減にしてください二人とも!!敵が目の前にいるんですから集中してください!!」
いい加減堪えきれなくなったトロラが二人を叱る。
「「だってハンナさん(ユーリちゃん)が!!」」
「だってじゃありません!!」
まったく、と呆れたように溜め息をはくトロラ。
「とりあえず、ユーリさん。僕からもお願いします。戦わせてください」
「ですが…」
「別に、討ち取ろうとか考えてる訳じゃないんです。ただ、時間を稼げたらそれに越したことはないでしょう?ですので、僕らは時間稼ぎに徹するつもりです。大丈夫です。無茶だけはしません」
「…………」
「お願いします」
「…………………分かりました」
ユーリは一度溜め息をはくと、渋々といった感じで承諾をする。
「ですが、無理だけはしないでくださいね」
「分かってます。命あっての物種ですから」
「おーっし決まりね!!それじゃあ…」
ハンナは元気よくそう言うと不適な笑顔を貼り付けながら"蜘蛛"を見る。
「お・待・た・せ~」
「いやいやぜ~んぜん待ってないよぉ?」
「そうそう、待ってないわよ~ん」
「そ、ならいいや」
「そうですね。それでは…」
「ええ、始めましょうか」
 




