第二十二話 夜明けの強襲Ⅱ
襲撃の一報は即座にアリアのところまで知らされた。
アリアは起き抜けの緩んだ顔をすぐに引き締めると、以前から使っている戦闘衣装に着替える。
着替えが終わると、外で待機していたロズウェルを伴い城の外へと出るために早足で歩く。
「ロズウェル。詳しい状況は?」
「襲撃の報告と、壁上の警護にあたっていた者が二人を残し全滅したという報告のみです」
「人数も分からないのか?」
「分かりません。ですが、恐らくは"蜘蛛"でしょう」
「その可能性が一番高いな…」
そう答えると、アリアは、ロズウェルが用意した軽食を口に運ぶ。普段であれば歩きながら食べるのは行儀が悪いと小言をもらってもおかしくはないのだが、状況が状況なのでロズウェルもなにも言わない。
アリアは軽食を食べながら考える。
今回の襲撃はまず間違いなく"蜘蛛"の仕業だ。あの高い壁の上まで容易く登り、二人を残して他を全滅させたのだ。その手腕は並大抵のものではないだろう。
二人だけを残した理由は分からないが、まあ、単なる気まぐれといった可能性が高いだろう。
さて、襲撃者の目星はついた。次は目的だ。
目的の方もおおよその見当はつくのだが、それだと"蜘蛛"のイメージに合わない。が、現状、考えられる可能性として一番高いのも確かなのだ。
奴らの目的は捕らえられたら仲間の奪還。それが、アリアの立てている予想だ。
イメージに合わないというのも、"蜘蛛"は好き勝手に殺戮を繰り返すといったイメージであり、そのため仲間同士でも好き勝手にやっていそうだからだ。好き勝手にやっているのだから仲間意識は薄いものだと考えていたのだが…まあ、これも憶測の域を出ないので、何ともいえない。合ってるかもしれないし、間違っているかもしれない。
なんにせよ、結局はこれから"蜘蛛"と闘うのだ。目的がどうであれアリアは敵を倒すだけだ。
だがしかし、初手で先手を打たれるとは思っても見なかった。
"蜘蛛"の一人を捕まえて、やっと手がかりが一つつかめたところで間を置かずにすぐに襲撃だ。しかも、一人捕まえることの出来た安心感という油断があるその日の内に攻撃を仕掛けてきたのだ。それも、深夜ではなく、これまた日が昇ることによる油断がある時間帯にだ。
それに、こうも早く動くとは思わなかった。敵も、一人捕まっている以上、慎重に動くものだと思っていた。
まあ、常人には理解しがたい思考の持ち主どもだ。常人の斜め上を行く考えで行動を起こしても不思議ではない。
ともあれ、先手と少なくない被害を受けてしまった。そのことに苛立ちを感じ八つ当たり気味に軽食を咀嚼する。
「アリア様。お行儀が悪いです」
「…は~い」
「あ、アリア様!」
「ん?おお。ユーリか」
アリアに気付いたユーリがこちらに駆け寄ってくる。
「襲撃の報は聞きました。それで、私はどうすれば?」
「そうだな…」
アリアは考えるように顎に手を当てる。
状況は理解している。ただ、理解しているがどうすればいいかは分からないのだ。
長く考えても答えが出そうにない。
結局、場数を踏んでいるロズウェルに訊くことにした。
「ロズウェル。どうするべきだ?」
「そうですね…とりあえず、ユーリさんは城の防衛に加わってください。この国にも手練れの者はいると思いますが万が一があります。アリア様と私は"蜘蛛"の撃破に向かいましょう」
「了解」
「分かりました!」
ロズウェルの説明が終わると、丁度よく城の外へと出た。
「それでは、お二人共お気をつけて」
「お前も気をつけろよ、ユーリ」
「ユーリさん、ご武運を」
ユーリは二人の言葉に軽く一礼すると、城の騎士と配置などの話をするため走っていった。
アリアはそれを見届けながら《停滞の箱》から《憂愁の大剣》を取り出す。
「さて、それじゃあ私達も行くか。この急務、すぐに終わらせるぞ」
「畏まりました」
そうして二人も走り出した。
○ ○ ○
魔工都市のとある拘置所。そこの最奥部に位置する光の射さない独房に、一人の少女が鎖でつながれていた。
少女は楽しげに歌を口ずさみながら拘置所の騒がしい会話に耳を傾ける。
「あらぁ…皆我慢が利かなくて来ちゃったんですのねぇ」
クスクスと楽しそうに笑う。
「おい、なにを独り言を呟いている。静かにしていろ」
「ごめんあそばせぇ~」
少女の人を喰ったような謝り方に、多少苛立ちはすれど、突っかかることはしない。
「さあ、早く助けてくださいな」
助けてくださいと言っていてもそこに懇願は無い。さりとて一筋の光明に縋るでもない。
彼女は確信しているのだ。必ず助けが来ると。その助けが、必ず自分をここから解き放つと。
少女の確信めいた言葉に薄ら寒いものを感じながらも、守衛は平常心を装い仕事を続行する。
外には女神様がいるのだと、不安に思う心を押さえ込む。
そしてまた、少女は歌を口ずさむ。
ーーーー命は時の流れに消え逝く 消え逝く命は天へと還る
美しい歌声に一瞬だけ心を奪われそうになるが、守衛は首を振りそれを振り払う。
ーーーー天へと還る命は慈しむ光に包まれるだろう 光に包まれやがて浄化されるだろう
ーーーー浄化される命は白に戻る 汚れのない白に
ーーーー白に戻れば光に成らん 光に成れば道標となろう
ーーーーそうして次は貴方が示す 命の行き先を 永久の安寧を
ーーーーだから安心なさい 死は還るだけ 無ではないのだから
歌い終わったのだろう。少女はふぅっと軽く息を吐くと得意気に守衛に話しかける。
「これ、鎮魂歌なんですわよ?美しいと思いませんこと?」
「……………」
「ワタクシこの歌がお気に入りなんですの。心洗われるようですわ」
「……………」
「何か仰ってくれません?独り言は寂しいですわ」
「死人に口無しって言うだろ?だから無理だよ」
少女に返事を返したのは軽薄そうな男の声。その声が聞こえた途端、守衛がバラバラに崩れ落ちる。
直後、鉄格子もバラバラと崩れ落ちていく。
「はあ~い!囚われのお姫様、迎えにきたよ?」
「……その囚われのお姫様というのは気に悔いませんが…まあ、お礼は言って差し上げますわ。よくやりました」
「うわぁ、すごい上から目線の上にそれお礼じゃなく無い?」
「貴方にはこれくらいで十分ですわ、フォール」
「ひっどいなぁ。フーカは捕まってもっとしおらしくなってると思ったよ。まあいいか。それより、はいこれ」
フォールが懐から服と武器を取り出し手渡す。
フーカはそれを素直に受け取ると着替え始める。
実は、他にも隠し武器があると思われて服を全部はぎ取られ、今は薄布一枚だけの状態であったのだ。
流石に、空調も利いていない独房で薄布一枚だけでは寒かった。
着替え終わると、二人は拘置所の外へと出た。
外へ出ると他の仲間も待っていた。
フーカは軽く伸びをしてから皆の元へと近づく。
「フーカは無事奪還。さて、この後はどうする?帰るか?」
ダフの言葉に皆からはまっさかあといった雰囲気が流れ出てくる。
「ここまで来てそれは無いねぇ。やるなら皆殺しがいいや」
無邪気にそう言うのはフォール。
「そうだの。我もそれがいい」
ケティは軽めにそう言う。
「まあ、都市陥落っていうのも一度やってみたかった」
ゼルウィも掠れた声で賛同する。
「良いわねぇ。いい男漁っちゃおうかしら?」
ネクタルは欲にまみれた声音でそう言う。
「メリアもやる~!」
メリアは元気一杯に答える。
「そうですわね。ワタクシもまだ食べ足りませんわ」
「そうやって欲を出して今回は捕まったのだぞ?」
「分かってますわ。もうへまはしませんわ」
フーカのセリフにダフが苦言を呈す。
「………………………………それじゃあ、このまま殺しましょうか……………」
アラクネラの宣言に、皆がそれぞれ返事を返す。
「………………………………二人一組ね…」
言葉足らずなアラクネラの命令ではあるが、皆はそれで理解したようであった。
適当にペアを組むと方々の体で散っていく。
「それじゃあ行きましょう、アラクネラ」
「…………………………………うん…」
フーカに促され歩き始めるアラクネラ。薄いヴェールの奧にある綺麗な顔は愉悦を浮かべており、今の状況を楽しんでいた。
「…………………………………狩りを始めましょう…」
アリアとロズウェルはまず、フーカが拘置してある拘置所まで向かった。敵の目的が仲間の奪還である以上、敵の目的を潰すに越したことはないと思ったからだ。
それに、救出され戦力を増やされるとこちらも更にやりづらくなるのだ。
そう考え、拘置所に向かったのだったが、どうやら遅かったようだ。
拘置所の周辺を警備していた者は皆殺しになれており、拘置所の中に入って確認をしてみたが、フーカの姿も見あたらなかった。
「クソッ!遅かったか!」
「そのようですね」
悔しさに奧歯を噛みしめながらこれからの指針を考える。と、地面にある足跡が一度一カ所に集まってその後バラバラに散っているのを見つけた。
「ロズウェル、足跡がバラバラに散ってる」
「…そのようですね…」
「奴らは四方に散ったわけだ。となると、私達二人だけじゃ数が足らない。そのうえ私達が固まっていれば作業効率も落ちると思うんだ」
「……アリア様の仰りたいことは理解しました。ですが、了承しかねます。何かあったときにアリア様のお近くにいなくては、いくら私と言えども対応できません」
「大丈夫だ。奴らの攻撃は目で捉えられた。やられたりしない」
「ですが、万が一というものが……」
「ロズウェル。今こうしている間にも何人も死んでいるかもしれないんだ。今私達は我が身可愛さで行動するべきじゃない」
アリアの言いたいことが分かったのか、ロズウェルは押し黙る。
「ですが…」
「大丈夫だロズウェル」
不安げな顔をするロズウェルの手をとると、微笑みかける。
「私は死なないよ。まだやらなくちゃいけないことがあるんだ。死ねるわけがない」
「……………分かりました………別行動をしましょう」
「うん。ありがとう、ロズウェル」
お礼を言い、掴んでいた手を離す。が、今度はロズウェルに手を掴まれる。
急なことに驚きつつも、どうした?と小首を傾げて問いかける。
「どうか、ご無事で…」
ロズウェルの簡潔な、それでいてアリアのことを思ってだされた言葉に、アリアは笑って答える。
「任せろ」
それだけ言うと、アリアは今度こそその場を後にした。その背中を見送りながら、ロズウェルもその場を後にした。
ロズウェルには、アリアのやりたいことというのがなんだかは分からない。それでも、あの覚悟の決まっている目を見ればそのやりたいことがアリアにとって大切なことなのだろうことが分かる。だからこそ、アリアの提案を渋々ながらも受け入れたのだ。
そこまで考えていると、他の所より一層騒がしい所があることに気付く。ロズウェルはアリアのことを一旦頭の隅におき音のする方へと向かった。




