第十六話 関与
「ワイヤーか…」
アリアはイルの言った可能性に、なるほどと頷く。
確かに、ワイヤーであれば遠目からは見づらいし、光沢があり光を反射することもある。それに、魔力付与など何らかの工夫をすれば切れ味だって各段にあがるだろう。なるほど、確かに目撃情報と一致している武器といえる。
「確かに、それならば目撃情報とも合致しますね」
アウェリアもアリアと同じ考えに至ったのかなるほどと頷く。
「そうだな。その線が一番高いだろうな」
「それにしてもよく思いついたね~。やるねイルくん」
シスタが感心しつつイルに訪ねる。
だが、シスタに褒められたのにイルの顔は少しばかり険しかった。その顔を怪訝に思う面々。
「前に戦ったんです。ワイヤーを使って戦う奴と」
「なるほど。それならその可能性に行き着くのも納得がいくね」
「だけど、だからって何でそんな顔するんだ?」
アリアの何気ない質問。イルの一言で彼の顔が険しい理由が分かると同時に、皆が驚愕する。
「その相手は、セリア大森林で見たんです」
「なっ!?」
「そ、それじゃあ、つまり…」
「はい。バラドラムの配下の者です」
バラドラム。その名を聞いて、自然と眉が寄りギリッと奥歯を鳴らす。
「アリア様落ち着いてください」
ロズウェルに窘められゆっくりと気を落ち着かせる。確かにこんな所で怒りを露わにするわけにもいかない。
もっと冷静にならねばと思いながらもロズウェルに礼を言う。
「すまない。ありがとうロズウェル」
「いえ。それが私の役目ですから」
ロズウェルが何でもないように一礼をする。
「どうやら…なにか一悶着あったようですね。その、バラドラムと言う者と」
アリアが落ち着いたところで、アウェリアが確認のためか、そう言う。
その言葉に、アリアは少しだけ言いづらそうな素振りを見せる。
アリアが気にしているのは、シスタだ。
彼としては、バルバロッセが死に、自身の片腕を失う理由となった人物だ。今も表面上は穏やかであるが、その心の内は怒りの炎が渦巻いているのかもしれない。
シスタはポーカーフェイスがうまいので、そこのところはアリアが思っている通りかどうかはいつもであれば分からないが、漂わせる雰囲気から察するに、心中穏やかでは無いのは確かだろう。
だが、そんなシスタではあったが、表情だけとはいえ怒りを露わにしてしまったアリアとは違い、平静のまま言葉を紡ぐ。
「ええ。僕の兄のような人と、この左腕を奪った人物です」
「……それは、不躾なことを聞いてしまいましたね。すみません」
「いいえ。バラドラムが関与している可能性が出て来た以上、話さないわけにはいきませんから、お気遣いなく」
大人の対応をする両者を見て、見習わねばと思いつつアリアはイルが申し訳なさそうにしているのに気づき、話を逸らす。
「それより、今後の予定と対策を練らなくちゃ。バラドラムが関与している事を視野に入れて"蜘蛛"を倒さなくちゃいけないんだからさ」
そう、バラドラムが関与をしている可能性が出て来ただけで、まだ決定的な事実は出ていないのだ。
「そうですね。関与しているかどうかも、一人捕まえて吐かせる必要がありますね」
「ただ、そう簡単に捕まえられるかが問題ですがね…」
イルの心配ももっともだ。"蜘蛛"は曲がりなりにもAランクの冒険者に勝てるほどの者なのだ。そう簡単に生け捕りに出来るとは思えない。
だがそれは普通ならばだ。アリアの仲間にはアリアを含めて普通じゃないのがいる。
「まあ、王国最強が一人いるんだ。そこは何とかなる……いや、何とかしてもらわなくちゃな」
「お任せを。アリア様のご期待に必ずや答えましょう」
「頼りにしてる」
そうは言うが、その実アリアは、ロズウェルだけに頼るつもりは毛頭無い。自身も普通じゃない規格外の内の一人なのだ。ロズウェルと一緒に頑張らなくてはならない。
「僕も、魔工義手がどういう物かは知らないけど、両腕が揃えばそれなりに出来るよ」
「ああ、シスタも頼りにしてる」
シスタはこの中でダントツの最年長だ。経験豊富だろうし実力もある。頼りにしていないわけがない。
イルとユーリも何かを言おうとしているのだが、自分達が二人に比べ頼り無いことを知っているため結局はなにも言えずにいた。
それに苦笑しながらもアリアは二人に言う。
「大丈夫。二人もちゃ~んと頼りにしてる。頼りにしてなきゃここまで連れてこないよ。ロズウェルもシスタも、私も」
二人はアリアの言葉に一瞬だけ目を丸くするも、すぐに嬉しそうに頬を緩める。
「さてさて。脱線しちゃったね。それじゃあ、生け捕りの方はロズウェルくんとアリア様に任せるとしてだ。僕らは相手を倒すことだけを考えよう。二人とも、絶対に生け捕りにしようとか考えないようにね?」
「はい」
「分かりました」
生け捕りにするにはそれ相応の実力が必要だ。相手を手加減して丸め込めるほどの実力が無ければ出来ないことだ。残念だが、隻腕のシスタと実力が少しだけ足りない二人では無理があるのだ。
それが分かっていてシスタは釘を差したのだ。まあ、二人もそのことは重々承知しているようなので、問題はないと思う。
「そう言えば、"蜘蛛"の出現情報とかってあるのか?」
アリア達は一ヶ月馬車の旅をしていたのだ。その間に緊急の連絡がなかったとは言え、"蜘蛛"が動いていないという道理はない。何かのアクションはあってしかるべきなのだ。
アリアの質問に、アウェリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あります。ここ数日中にですと三件。月の総合は十六件に及びます」
「そんなにか…」
どうやらここ一ヶ月で"蜘蛛"はかなりの頻度で活動をしているようであった。これ以上の被害が出る前に、早急に動き出した方がいいだろう。
「分かった。取り敢えずは、情報収集や対策の立案とかを優先しよう」
とは言ったものの、対策なんてそう簡単に立てられるものでもない。"蜘蛛"は情報が少ないから尚更だ。
「そうですね。それでは、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
アリアはそう言うと、ユーリの膝の上から降りる。
「そうだ。早速で悪いんだが、魔工技師の居場所を教えてくれないか?」
「ああ、そうでしたね。それでは、地図を持ってこさせます」
アウェリアはそう言うと、懐からなにやらベルを取り出しておもむろに鳴らし始める。
上品な見た目にそぐわず、ベルが奏でる音色も上品で、思わず聞き入ってしまうほどに澄んでいた。
ベルの音が鳴り終わると扉がノックされる。アウェリアが入室を許可すると扉が開かれる。入ってきたのは、アリア達を案内してくれたレキアという男であった。どうやら、さっきのベルはレキアを呼ぶための物立ったようだ。
「陛下、ご用は何でしょう?」
「ああ、魔工技師の二人の家までの地図を持ってきてくれ」
「陛下、僭越ながらご意見をさせていただきたいと存じます」
「構わん」
「ありがとうございます。陛下。アリア様ご一行は我が国にとっての国賓でございます。地図一つ渡してあとはご自分で、というのは国の対応としてはいかがなものかと」
レキアにそう言われると、アリアもそう言えばと思い至る。
アリアとしては、国賓だとか言われてはいるが、そんな扱いは今だ慣れてはいないし、国賓に対する対応なんかもよく知っているわけでもない。レキアの言葉に、確かそんな感じだったなと思う程度である。
前世で一般人であったアリアがアウェリアの対応に疑問を抱かないのは分かるが、王であるアウェリア自身がその対応をするというのはどう言ったことなのか。
アウェリアの顔を見れば彼はしまったといった顔をしていた。
「申し訳ありませんアリア様。私の失態でございます」
深々と頭を下げながら謝罪をするアウェリアに、アリアは何でもないと言った風に手をひらひらと振る。
「別にかまいはしないさ。こちらとしては地図だけ貰っても別にいいしな」
「寛大なお心に感謝いたします」
アウェリアはそう言った後顔を上げ、レキアに案内人を手配させた。
「…僭越ながらアウェリア様。お言葉をよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ、ロズウェルさん」
「ありがとうございます。失礼ですが、アウェリア様はもしや商人の出ではないでしょうか?」
ロズウェルの言葉に、アウェリアは少しだけ驚いたような顔をするもすぐに優しげな笑みになる。
「よく分かりましたね。そうですよ。私は昔商人でした」
「え、そうなの?」
「ええ。この国は、国王を国民が選びます。四年に一度の選挙で多数決の結果で決めるのです。その結果、白羽の矢が立ったのが私、と言うことになりますね」
アウェリアの言葉に、アリアは素直に感心と驚きを示す。
この制度が何年続いているかは知らないが、それでもこうして現実としてあるのだ。皆が決めた代表によって率いられる国があるのだ。それは絶対王政が多いこの世界ではかなり希有なものであると言えるだろう。
メルリアは絶対王政ではないにしろ、王が多大な決定権を有し、代々王家の子孫が継いでいっている。
だが、マシナリアは民選で選ばれるのだ。そのシステムを受け入れた国も王家も凄いと思った。いや、王家が受け入れたかどうかは微妙なところだ。反乱の結果こうなったのかもしれない。こちらに来てからまだ半年ほどのアリアには歴史はよく分からない。
まあ、何であれ。そう考えると国民の期待を背負っているアウェリアが、途端に大きく見えてきた。
「でも、驚きですね。どうして分かったんですか?」
「アウェリアという名前に聞き覚えがありましたのと、何より、案内人よりも先に地図を渡そうとなさっていたので、商人なのではないかと」
「なるほど。そんなところから見破られましたか」
この世界では、商人というのは忙しい。なまじ国同士が仲が良いために稼ぎ口はどこにでもある。そのため、一つの商売が終われば、一度本拠地に戻り、また次の街、次の領土、次の国へとせわしなく移動をする。そのため、商人は身軽な方がいいのだ。だから案内人をあまり雇うようなことはしない。地図だけですませてしまうそうなのだ。
「でも、そう考えると凄いなアウェリアは。皆に期待されて王になったんだろう?」
「そうでもありませんよ。私に比べれば、アリア様の方が凄いですよ。その小さな体で国を守る指名をこなしているんですから」
「私の体は何かと規格外だからな。幾分か無理が利くんだ」
「だからといって、もう無理はしないでくださいね?」
後ろで心配そうな声音で苦言を呈するロズウェルに、アリアは苦笑しながらも答える。
「大丈夫だよロズウェル。さすがに私も疲弊した状態で神罰魔法を二発も撃つようなことはもうしないさ。それに、そんな状況がそう易々と起こってたまるか」
「そうだね。あれは特例と言ったところだろうね」
「あのときは頭に血が上っていたからな。冷静じゃなかったしな」
と、そこまで話したところで扉がノックされる。アウェリアが入室許可を出せば、入ってきたのは案の定レキアであった。
「陛下。案内人の準備が完了いたしました」
「そうか。それでは、皆さんをご案内しなさい」
「かしこまりました。それでは、皆様、こちらへ」
レキアの案内に従い、アリア達はアウェリアの執務室を後にした。
城の入り口まで着くと、そこにはアリア達の馬車があり、御者台には案内人とおぼしき者が座っていた。どうやら、案内人に加え御者も兼ねてくれるようだ。
アリア達は馬車に乗り込み王城を後にした。




